ちょっと長くて申し訳ない(週刊 自転車ツーキニスト151)
発行日時: 2003/12/15----------------------------------------------------------
【週刊 自転車ツーキニスト】"Weekly Bicycle Tourkinist"
150号の続編の151号
■大統領、久しぶり!
フセイン元大統領が、ついに捕まりましたな。
やはり生きていたんだなぁ、フセイン。ビンラディンもどこかで生きてるということなのだろうか。ひょっとして彼も「間もなく」?
それにしても、映像というのは実に饒舌で、髭モジャ顔に深い皺が刻まれたサダムの表情には、やはりリアリティがあった。
でもなぁ、これからどうなっていくんだろうなぁ……。
■渋谷「陣馬そば」のラーメンの行方
前号の井の頭線渋谷駅高架下の立ち食いラーメン屋の話。結構、反響がありまして、でも、結局、誰もあのラーメンがどこに行ったのかを知らない。
みんな「ある日突然、無くなってしまって、目が点」という印象だったらしい。
で、「ビルが新しくなったら、1階のテナントととして入るんだろう」ぐらいに構えていたら、そのまま今生の別れとなってしまった。
「いつまでもあると思うな」なのは、親や金や人気だけでなく、ラーメン屋もなんだ。「別段これといって有名ってんじゃないけど、俺は何となく好きだったよ」という手合いは特にそうなんだろう。
■穴蔵お好み焼き屋
で、今はなき、その「陣馬そば」の横っちょに、これまた今はなき、穴蔵があったのをご存じだろうか。
単なる「地下1階」という意味ではなくて、コンクリート壁の下に掘られた、まさに「穴蔵」。ホント80年代によくこんなものが存在していたものだと、今となっては不思議に思うけど、それは確かにあった。元は何かの貯蔵庫だったのか、何かのタンクでも入っていたのか、そういう風情の奇妙な穴蔵。
その中には、なぜかお好み焼き屋が入ってた。自分で焼くタイプじゃなくて、単に食わせるだけの店でね。細い階段を10段ほど下りていくと、8畳程度の客席があって、そのさらに奥の下がったところに厨房がある。いわば穴蔵イン穴蔵が厨房という感じ。
そこから料理人は手で持ち上げるようにして皿を渡し、客が手を足下に差し出して、受け取る、と、とんでもなくスペシャルなお好み焼き屋だった。
そして、学生時代、私はその「穴蔵お好み焼き屋」の常連の1人だったのよ。
■穴蔵で何を考えていた?
お好み焼きは、安いといえば確かに多少は安かったが、そんなに大したもんじゃない。美味いか、と問われれば、どちらかというと不味いぐらいだった。
厨房の料理人は限りなく無愛想で、普通にいえば、魅力のカケラもない食べ物屋だったと思う。店の屋号は……、何て言ったっけな。たぶん屋号なんて、なかったと思う。
私はそこで、大抵は何か本を読みながら、いつも1人孤独にお好み焼きを食べていたのだ。ベチャッとしたブツに、芥子マヨネーズが細く細く、網状にかかってた。そうだ、思い出したよ、アレは確かに旨いなんて代物じゃなかったな。
不思議なのだ。
私は何で連日のようにそんなところにいたのだろう。
思い出す光景はいつも冬の夜。渋谷駅までは、やって来たけど、アパートにも帰りたくないし、でも、特に、いるところもない。で、あの穴蔵に入り、多少安いというだけが取り柄の、ソースにまみれた物体を、時間をかけて食べた。それにあえて理由を付けるなら「自らの孤独をかみしめるため」だ。ほとんどマゾだな。
私の他に、そのお好み焼き屋にいたのは、ジャンパー姿の男たちだらけだった。皆、私と同じく無言で雑誌を読みながら黙々と食べていた。そうして皆んな自らの孤独を噛み締めていた、昭和の夜……。(←何コレ?)
■味よ匂いよ
そんな貧相な夜に戻り、ましてやアレを食べたいなんて、毛頭思わない。だが、そうだなぁ、安っぽいソースと、これまた安っぽい芥子マヨネーズが絡まりあい、ジャンクを極めた味と匂い。あれは確かに独特といえば独特だった。で、仮に目の前にそれが置かれたとする。あの時と全く同じ味、同じ匂い、同じ温度のそれが。で、それを一口食べたとする。
たぶん、目の前には、ものすごいディテールを伴って、あの穴蔵の風景が広がるよ。
今、パソコンに向かってる私にとって、あの穴蔵お好み焼き屋は、ぼんやりとした記憶の彼方のモヤモヤした風景でしかないけれど、匂いと味は、必ずそれを鮮明に浮かび上がらせてくれる。
誰でもきっと覚えがあると思う。
懐かしい味や匂いと一緒に、その当時の映像が目の前にふわぁぁぁっと現れる感覚。合わなかったピントが一瞬だけピタリと決まり、思い出しもしなかったような事柄が、不意に「そうそう、あの頃はそうだったよなぁ」と現出する、あの感じ。
それを考えると、あのお好み焼きをもう一度、食べてみたいなと思うのだ。
そうしたら、その瞬間、なぜか知らないけれど暗かった大学2年生の冬に、私はそこで何を考えあぐねていたのかを、思い出せるのかもしれないと思ってね。
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【ヒキタ解釈のオススメ本(たまに非オススメあり)】
「誰か」宮部みゆき著(実業之日本社)
宮部みゆき「模倣犯」以来の長編現代ミステリー。出た瞬間に買ってしまった。
長さの割りには小品。だが、佳品だ。
自転車事故による、ある運転手の死、その真相を主人公が追っていくというのが、物語の縦軸となる。ただし、その縦軸は必ずしも物語の主旨じゃない。テーマは別にある。これはある種の恋愛小説でもあるのだ。
宮部作品にしては珍しく途中「たるいな」と思う部分があった。全体としても、多少、冗長といえば冗長。実は私は全379ページの中、300ページあたりまでは「どうした、どうした宮部、こんなの宮部クオリティじゃないよ」と思っていた。
ところが、ラストになって全部辻褄が合い、テーマがまったく別のところにあったことが知れる。そこで読者は、ある人物とある人物の造形の見事さに驚くだろう。そのラストに至るまで、冗長ながらも、しみじみまったり優しく読ませるワザは「さすが宮部」というところだ。ついでに言うと、ラストはちょっと苦いよ。
私は、探偵役となる主人公とその奥さんに関しては、レギュラー化すべきだと思った。彼らは十分、次作の主人公ともなり得る。で、私はそれを読んでみたい。というのか、続編を読まないと収まりがつかない何かが、この作品にはある。
さて、そういう話とは別に、この小説のきっかけは「自転車によるひき逃げ」である。おお、自転車サブジェクト。
だが、宮部みゆきのすごいところは「ひき逃げの暴走自転車」ですら「絶対悪」としないところだ。この稀代の物語作家は、いわば自転車事故の本質すら捉えている。優れた物語作家は、往々にして、優れてジャーナリスティックな視線を持つ、ということの生きた見本だ。某テレビ局、某新聞社は、宮部先生の爪の垢でも煎じて飲むといい。
宮部先生が普段、自転車に乗るか乗らないかは知らない。だが、私はこの作家は「自転車的なるモノ」の本質を知っていると思うのだが、どうだろうか。
まあ、冒頭20ページの5行目と6行目に関してだけは、ご愛敬とは思うけどね。
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