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西洋思想の散歩道 No.91

発行日: 2002/12/18

◆◇◆「思想の世界」Vol.2 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
No.91                            2002.12.18
             西洋思想の散歩道
                 -A Promenade of Western Thought-    
                             K. Wiseman著
                               Assisted by Mai 
◆◇ Presented by K`s Community ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

読者の皆さんへ:

 街を歩けば讃美歌が流れ、イルミネーションが瞬き、本当にもうクリスマス
ですね。

4〜5世紀頃のローマ帝国の冬至祭から発達してきたキリスト教のクリスマス
行事も、今では非宗教的な文化行事として社会に定着し、プレゼントの交換を
中心に華やいだ雰囲気を漂わせていますね。街のデパートは、不況にも関わら
ず大にぎわいでした。

 しかし、聖書のキリスト誕生を伝える物語もそうですが、クリスマスに織り
なされる物語は、本当はどこか悲しげで、孤独であることや生きることの厳し
さをひしひしと伝えてくれているような気がします。

たとえば、アンデルセンの名作『マッチ売りの少女』が路上で寂しく息を引き
取ったのは、クリスマスの朝でした。

マッチが売れないと帰ることを許されないという厳しい境遇におかれた少女は、
クリスマス・イヴの夜に、声を限りにマッチを売り歩きますが、一本も売れま
せん。

クリスマスを祝う幸せそうな人々とは無縁に、彼女は、一人ぽっちで、寒さに
震えながら路上を歩きます。そして、路地裏で、冷えきった手を温めるために、
最後の手段として手の中のマッチを擦るのです。

一瞬の暖かみ。その一瞬の暖かみの中で、女の子は亡くなったおじいさんやお
ばあさんとの幸福な光景を見ます。また、マッチを擦ります。再び消え去った
光景が浮かびます。

こうして彼女は、その一瞬を追い求めてマッチを擦り続け、やがて、クリスマ
スの朝に路地裏でマッチを擦りつくした少女の冷たい体が発見されるのです。

 僕は、この物語を思い起こす度に涙を禁じることができません。そして、決
まってクリスマスの夜、この物語を思い起こすのです。

プレゼントを交換したり、パーティで楽しく過ごしたりするクリスマスを過ご
すことも素晴らしいと思いますが、路地裏にしゃがみ込んで、かじかんだ小さ
な手でマッチを擦り続ける少女の魂に思いを寄せるようなこともクリスマスら
しいと思うのですが。

ともあれ、愛と平和を祈りたいですね。

では、今週の散歩道は、「家族」の思想のその8です。

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第3章 人間と社会
          =================================
                   1.「家族」の思想(8)
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 前号で、家族を考えていく上で、「家庭の再生」ということが重要な課題で
あると述べましたが、ここでは、その「家庭の再生」の問題を、家庭が持つ諸
機能を検討することによって考えてみたいと思います。

 これは、おそらく、「家庭機能論」と呼ぶことができるかも知れませんが、
家庭においてはその果たしている機能と形成が互いに関連しながら起こるから
ですし、また起こるべきものだからです。

つまり、他の多くの自然発生的な集団形成や人間の自然な行為と同じように、
家庭は、ある機能を果たしながら形成されていきますし、そこで形成されたも
のが、また新しい機能を果たしていくようになります。こうして機能と形成は
家庭の中で相関的に働いていくのです。

 たとえば、すれ違いの多い「共働きの家庭」では、できるだけ共有する時間
が多いようにお互いが努力して協力体制をとったり、子どもの教育という機能
を果たすためにそれぞれに工夫された家庭のあり方が取られたり、それによっ
て家庭内におけるそれぞれの役割が分担されたりしていきます。

 家庭の機能を考えることは、こうした役割分担の問題も含めて、家庭そのも
のを考える上では極めて有効ではないかと思われます。

 では、家庭は、いったいどんな機能を果たしているのでしょうか。あるいは
果たすべきなのでしょうか。


 第2節 家庭の第一義的機能


 1。「休息をとる場所」(ホーム)としての家庭

 「家庭」を意味する英語の「Home(ホーム)」は、住居や住まい、「うち」
や故里、国など、いろいろな意味を持つ言葉ですが、基本的には、人間の帰属
場所、根元的なアイデンティティーを見い出す場所を意味していると言っても
良いでしょう。

「ホーム」の語源であったギリシャ語の「ケイスサイ」は、本来、横たわった
り眠ったりすることを意味する言葉で、人が休息をする場所を意味しています。

つまり、ホームとしての家庭は、人が安心して休息をとり、生きるための生命
の根元的な活力を得る場所を意味しているのです。
 
 ですから、家庭の第一義的な意味は、人が安心して休息をとり、生きる活力
を得るというホームの役割と機能からきており、いわば、人間にとっての帰還
基地のような機能を持つ場所を意味していると言えるでしょう。

 人間は、第一に、生物として生きるために休息を必要とします。人間の組織
や細胞は休息なしにその活動を継続することができません。休息は生物として
の人間にとって必要不可欠なものであり、人間はそのための空間と場所を必要
としています。

そのため、外の脅威から守られ、安心して休息がとれる場所を、人は自らの手
で形成しようとします。それが「家庭」です。それは、人間の生物学的本能的
行為であり、家庭はこの行為の延長として形成されるのです。

 ですから、家庭を作る家族は共同してこの休息の場所を形成しようとします
し、そうして形成された場所としての家庭が休息の場であることを第一義的に
期待します。

 「家に帰るとほっとする」とか「安心する」とかいうのは、この家庭の第一
義的な機能が良く働いている場合です。そして、反対に、「家庭の崩壊」とい
われる場合は、この「安心して休息をとる」という家庭の第一義的機能が破壊
された状態であることがあるように思われるのです。

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☆ここでは、家庭というのをその持っている機能の面から考え直してみようと
 しているのですが、この思考自体は、家庭や家族の「なぜ」を問うのではな
 く、「いかに』を問う倫理的なものであることを、あらかじめご了承頂けた
 らと思います。

☆また、その「いかに」も、すでに「家庭」という概念が社会的に認証されて
 いることを前提にして論を展開しています。そのため、家庭の『なぜ」につ
 いては、ここでは単に生物学的な前提に軽く触れただけです。

☆「安心して休息を取る場所」。これだけとっても、これは家庭のひとつの理
 想なのかもしれません。居心地のいい場所と関係。端的にいえばそういうこ
 とですが、何を居心地がいいと感じるかが問題ではあります。

☆良いクリスマスをお迎え下さい。ではまた。
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発行者   :K. Wiseman
E−メール :wiseman@hamal.freemail.ne.jp
関連HP「思想の世界」 http://homepage.mac.com/berdyaev/
◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇Presented by K`s Community◆◇◆

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