役立雑学新聞拾い読み |
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12/6毎日新聞『余禄』より。
江戸時代の和算の数学的水準を示すのによく引き合いに出される話がある。
ノーベル化学賞の受賞学者が1930年に発表した「ソディーの六連球の定理」は
、すでに1822年に相模の寒川神社に奉納された算額に書かれていたのだ▲算額は和算の問題と回答、解いた人物名を書き、神仏に奉納した木の額だ。各地の社寺に900枚以上残るが、火事などで失われた額の数は想像も付かない。高等数学を
庶民が楽しみながら解いて神に奉じる文明は無論他に例がなかろう▲石川英輔さんの「大江戸テクノロジー事情」(講談社)によると、大阪府の寺に残る算額には、
「傘屋竹次郎」「樽屋平吉」「鳥屋辰吉」などいろいろな職業を示す名があった。
農村や漁村の算額も多く農閑期や海が荒れた日は農民や漁民が数学の難問に取り組んでいたわけだ▲和算家の弟子には女性や子供もいたと言う。そんな昔の数学熱を振り返りたくなったのも15歳男女の国際的な学力調査で日本の生徒の理数系学力がトップクラス転落したからだ。そればかりか科学を学ぶ「楽しさ」はじめ理数学習への意欲と感心は、参加国中最低レベルであった。(以下略)
『うねびの主より一言』科学者のなれの果てとしては、非常に、悲しい文面である。タダわが長女・長男は、一応なぜか親父と同じ理系に進んでくれたのが、せめてもの救いかな〜!。然し世の小学校の先生には、昔のように、「科学クラブ」を作り子供を、楽しませてあげようと言う、熱意のある先生はいないのであろうか
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