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【PUBLICITY】1739:1年生になったら(中と下の間)

発行日時: 2008/5/8

 
 
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わたしはその群衆のなかで、きわめて繁華な都会にある便利さ
を何ひとつ欠くことなく、しかもできるかぎり人里離れた荒野
にいるのと同じくらい、孤独で隠れた生活を送ることができた
のだった。

デカルト『方法序説』p44
谷川多佳子訳、岩波文庫、1997年7月16日 第1刷
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■■メールマガジン「PUBLICITY」No.1739 2008/05/08木■■


▼5月6日の東京は湿度が低くて温暖で、まるで夏のチェスキ
ー・クルムロフのように快適で、今年最も美しい一日でした。
で、7日は湿度が高まって、いつもの東京に戻っちった。


▼さて、大学1年生になったら。

デカルト『方法序説』谷川多佳子訳、岩波文庫。360円+税。

落合太郎訳は、註が多くていいのだが、訳文は、新しい谷川訳
の方が当然現代風で読みやすいやね。他に、中公の野田又夫訳
などもある。お好きなものをどうぞ。

▼まず、『方法序説』といえば、やっぱり「良識はこの世でも
っとも公平に分け与えられているものである」で有名な冒頭で
しょう。しかし、「良識」=「bon sens」って、ほんとに「公
平」に分け与えられてるんかね? これを疑わしいとニラむ精
神の働きは、「良識」なのかな?

そもそもこの「良識」ってのが、「もとより不十分」(落合太
郎)な訳で、「正しい分別」とかいろいろ補足の訳語が載って
いる。つまり翻訳不能な言葉の一つらしく、冒頭から甚だ心許
ない。

▼翻訳不能といえば、一例を挙げれば、「もののあはれ」をプ
ログレッシブ和英中辞典で引くと、

pathos;〔中古の文学に見られる〕an aesthetic response to
the transience of beautiful things

とあり、

「物の哀れを感じる」
「be sensitive to the pathos of life」

という、どうにも物足りない用例が引かれている。

▼さらに、「萌え」ってどうなの?と思い、丁度『英語で秋葉
原を紹介する本』という本が新刊コーナーにあったからみてみ
たら、「萌え」も翻訳不能なのだそうだ。そりゃそうだわナ。
そういう言葉は「説明」するしかない。

bon sensの訳語たる「良識」は、フランス人の眼にはどう映る
のだろうか。

古田武彦は、聖書や初期仏典の冒頭を調べ、どの宗教でも、神
は本来「複数」だったのではないか、ある段階で誰かの都合で
「単数」にしたのではないか、という仮説を論じていた(書名
失念)。全然異なる意味合いだけれども、『方法序説』の冒頭
もまた、尽きせぬ思索の泉を湛えている。

▼でもって、「わたしは、真らしく見えるにすぎないものは、
いちおう虚偽とみなした」(p16)の箇所から始まる、デカ
ルトの思索の結論、かつ出発点に触れておかないと。


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すべてを偽と考えようとする間も、そう考えているこのわたし
は必然的に何ものかでなければならない、と(気づいた)。

そして「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する〔ワレ惟ウ
、故ニワレ在リ〕」というこの真理は、懐疑論者たちのどんな
途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なも
のを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、た
めらうことなく受け入れられる、と判断した。(p46)
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▼『方法序説』は、“これらの原理に則って、これからいろい
ろ学問をしていきますよ”、という連作の最初の部分だから、
『方法序説』っていわれてるんだね。

のちに「近代精神を確立した」と言われるようになったチョー
有名な一文であり、聞けば、ああ、あれね、ってなもんだが、
「近代」と呼ばれる時代の光も闇もこの一文から始まったので
あり、ああ、あれね、ではとても済ますことの出来ない重量を
有している。

▼デカルトの第一原理はあまりにも単純なように見えるし、読
むとついついわかったような気になるのだが、こいつが危ねえ
ところだ。

デカルト自身が「ある種の精神の持ち主は、他人が二十年もか
かって考えたことすべてを、二つ三つのことばを聞くだけで、
一日で分かると思い込み、しかも頭がよく機敏であればあるほ
ど誤りやすく、真理をとらえる力も劣り」(p100)と、読
む者の心の中を見透かしたような警句を書いている。

「きわめてゆっくりと歩む人でも、つねにまっすぐな道をたど
るなら、走りながらも道をそれてしまう人よりも、はるかに前
進することができる」(p8−9)とも。ひょえ〜、その通り
です〜。

▼でもさあ、だいたい「方法」っていうからには、便利な道具
なわけで、どしどし使えばいいと思うんだが、『方法序説』の
場合は勝手が違う。なにしろこの方法は、「(自分で)自分を
教育しつづけていこう」(p40)という、デカルト自身にと
っての方法でしかないのだ。彼は釘を刺している。

「わたしの目的は、自分の理性を正しく導くために従うべき万
人向けの方法をここで教えることではなく、どのように自分の
理性を導こうと努力したかを見せるだけなのである」(p11)

まじかよ〜デカルト専用かよ〜、デカルト専用ザク(←違う)
。量産型はねえのか、と文句を言ってもダメだ。本人がそう書
いてんだから。捉え方を変えれば、真理を認識するための方法
ってそういうもんでしょ、という真理を、デカルトは教えてく
れているのかも知れない。

▼それにしても「われ思う、ゆえにわれあり」は有名だ。単純
明快に見えるから、「一日で分かると思い込み」たくなる。こ
こに、『方法序説』の永遠の難しさがある。そして、難しさを
解く手がかりもまた、『方法序説』の中に入っている。

手がかりは人によって違うが、現代の読者なら誰でも必ず立ち
止まる問題点の一つは、デカルトの信仰だろう。『方法序説』
執筆の目的は、「神の存在と魂の存在を証明するため」(p5
7)だった。

また、「神はわれわれ一人一人に真と偽とを分かつ何らかの光
を与えた」(p40)のであり、彼は「わたしの信念のなかで
つねに第一であった信仰の真理」(p41)とも書いている。

神とは。何がデカルトの目的なのか。

▼で、だ。たぶん、デカルトが使っていた「宗教」や「信仰」
や「理性」という言葉の意味を、現在のニッポン社会で消費さ
れている「宗教」や「信仰」や「理性」という言葉と【同じ意
味である】と捉えると、その瞬間に、『方法序説』の内容は、
まったく理解不能となるのではないか。

そりゃ言い過ぎか。言い直すと──その瞬間に、『方法序説』
に張り詰めている、信仰と理性との緊張関係を感じることが出
来なくなるだろう。デカルトの時代と現代とでは、宗教とか理
性とかの、【言葉の中身そのものが違う】と考えた方が道理に
適う。

だとすれば、人間にとって理性とは何だったのか。そして今は
何なのか。人間にとって宗教とは。知識とは。「知る」という
ことは。「意識」とは。「心のありさま」そのものが変容した
のか。

▼……と、ここら辺までは前号を出した翌日には書いていて、
その後、ピタッと止まってしまったのだ。なぜかというと、こ
れって極めて面白いテーマでして、悪い癖が出まして、ついつ
い関連する本を漁ってしまったのだ。

主なものを挙げると、前にも紹介したと思うが、

エレーヌ・ペイゲルス
『禁じられた福音書──ナグ・ハマディ文書の解明』
青土社

それに

山内志朗
『普遍論争──近代の源流としての』
平凡社ライブラリー

そして
リチャード・E・ルーベンスタイン
『中世の覚醒──アリストテレス再発見から知の革命へ』
紀伊國屋書店

特に『中世の覚醒』は、超弩級の面白さだった。一言でいうと
、アリストテレスの哲学がイスラム教世界を経て再びヨーロッ
パで「発見」され、それから「信仰」と「理性」が分離してい
く過程を描いた壮大な物語(一言じゃねえじゃん)。

イスラム文化の素晴らしさは「12世紀ルネサンス」などと呼
ばれているが、これは奥が深いわ。わがフリードリヒ2世も登
場します。

いわゆる「ジャケ買い」というか「帯(おび)買い」というか
、出会い頭に殴られたようなものだったが、まあ、騙されたと
思って読んでみておくんなさいよ。原題は「アリストテレスの
子どもたち」。いいタイトルだ。世界は広い。

この問題は広大な領域に関わっており、本誌で本腰を入れて書
くには、ぼくはまだまだまだ力足らずだ、ということを確認し
た2週間でした。


▼『方法序説』に戻ろう。ってもうすぐ終わるけど。多くの読
者にとって最も強く印象に残る箇所は、やっぱり「旅」「本」
のとらえ方だだろう。まず「旅」について。


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すべて良書を読むことは、著者である過去の世紀の一流の人び
とと親しく語り合うようなもので、しかもその会話は、かれら
の思想の最上のものだけを見せてくれる、入念な準備のなされ
たものだ。(中略)

しかしわたしは、語学ばかりか、古い本を読むことにも、そこ
に書かれた歴史や寓話にも、もう十分に時間を費やしたと思っ
ていた。

というのも、

ほかの世紀の人びとと交わるのは、
旅をするのと同じようなもの

だからだ。(中略)(旅は)自分たちの流儀に反するものはす
べてこっけいで理性にそむいたものと考えたりしないためにも
、良いことだ。

けれども旅にあまり多く時間を費やすと、しまいには自分の国
で異邦人になってしまう。
p13−4
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▼次に「本」について。


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以上の理由で、わたしは教師たちへの従属から解放されるとす
ぐに、文字による学問〔人文学〕をまったく放棄してしまった
。そしてこれからは、わたし自身のうちに、あるいは

世界という大きな書物

のうちに見つかるかもしれない学問だけを探求しようと決心し
、青春の残りをつかって次のことをした。

(中略)

(そこから引き出した最大の利点は)ただ前例と習慣だけで納
得してきたことを、あまり堅く信じてはいけないと学んだこと
だ。こうしてわたしは、われわれの自然〔生まれながら〕の光
をさえぎり、理にしたがう力を弱めるおそれのある、たくさん
の誤りからだんだんに解放されたのである。

p17
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▼世界という大きな書物、という一言を読んだ時の驚きは、今
も忘れられない。そうか世界が書物なのか、という驚き。そし
て、世界という書物を殆ど読まない裡に青春が過ぎ去ってしま
った驚き。青春が過ぎ去ってなお、生きている歓び。


▼最後に、都会生活について。

これは、冒頭に引用した一節にすべてが書いてある。読んでみ
て、ヒリヒリしませんか? ぼくはヒリヒリするんだなあこれ
が。衝迫感。デカルトは、オランダという

きわめて繁華な都会で、
便利さを何ひとつ欠くことなく、
できるかぎり人里離れた荒野にいるのと同じくらい、
孤独で隠れた生活を送ることができた

という。なんと似通った生活を、この文章を読み得る環境にい
る人の多くが、日々、過ごしていることだろう。

▼そしてこの一文は、ついさっき引用した、

「旅にあまり多く時間を費やすと、しまいには自分の国で異邦
人になってしまう」という一言と、響き合っているようにぼく
には感ぜられる。

デカルト自身が、「自分の国で異邦人になってしま」ったので
はないだろうか。そのかなしみが、頁の端々に滲んでいるよう
に、ぼくは感じる。

人は物理的な旅をしたとき異邦人になる。言うまでもなく、こ
こでデカルトが言っている異邦人とは、物理的な意味だけでは
ない。

物理的な旅とともに、「世界という大きな書物」を読むという
精神的な旅を十全に旅した時、人は、自らの意に反して、【ふ
るさとにおいても異邦人になってしまう】のだ。

そう、望んだ旅の果てに。

▼環境が精神に影響を与えたのか。精神の方で環境との「関係
」を変ええたのか。おそらく両方だろう。異郷でも故郷でも異
邦人となった人にとっては、もはや人生のすべてが旅である。
還るべき故郷はなくなる。しかし、デカルトには神がいた。

時が経った。ふるさとでも、異郷でも、異邦人として生きざる
をえなくなったデカルトが生み出した方法は、「近代の方法」
となった。いつの間にかデカルトの神は、何処かに行ってしま
った。

そして人は、物理的にも精神的にも十全な旅をしない儘、どこ
にいても、自分自身に対して、なにかしら違和感を覚えながら
生きて、死ぬようになった。

異邦人としての自覚がないにも拘わらず、そもそもそんな生き
方を望んでいないにも拘わらず、生活の一部始終に、まとわり
ついてくる違和感。緩やかな焦燥感。異邦人として、ではなく
、異邦人【のように】生きざるをえない近代の社会。

デカルトの神は、どこへ行ったのだろうか。
大学1年生にとってこそ、考える価値のある問いだと思う。


願わくば、青春の裡に。
読書のような旅を。もしくは、旅のような読書を。
できうれば、両方を。

その旅と読書が、bon sens を自分の裡から引き出すための、
前提となる。今月ぼくは、『方法序説』を、そういう「方法」
の手引き書として読んだ。

この「方法」からは、もちろん「近代」が出て来るだろう。
しかし、出て来るものは「近代」だけではないはずだ。
なにが出て来るかは、わからないけれども。


freespeech21@yahoo.co.jp
http://www.emaga.com/info/7777.html
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