【PUBLICITY】1737:再生と死。そして生〜「北方水滸伝」と「ちりとてちん」
発行日時: 2008/4/19
■■メールマガジン「PUBLICITY」No.1737 2008/04/19土■■
▼「1年生になったら」は上下で終わるつもりだったのだが、
『苦界浄土』を読み直していたら、書きたいことが次から次へ
と。で、「中」を挟む格好になりました。
次は当然、大学1年生と社会人1年生とにすすめる本について
書くわけだが、その前に、ひとつ書いておきたいことがあるの
で、「下」は次号以降に。
▼と、「上」の感想を一つ、抜粋して紹介しておこう。
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Subject: ファンレターです
Date: Thu, 17 Apr 2008 23:00:39
竹山様
PUBLICITY1735を読ませていただいて、無性にお便りしたくな
りました。
図書館に行くついでがあったので、「父は空 母は大地 イン
ディアンからの手紙」を読んできました。
心が洗われるというか、心臓をギュッとつかまれるというか、
大空を漂う気分というか、そんなものがごちゃまぜの感想を持
ちました。
そもそも、いつからPUBLICITYの配信を受けているのか、どん
なきっかけで知って登録したのか、まったく覚えていないので
すが、出会えたことにとても感謝しています。
しばしば、大いに共感したり、ぐさっと刺激を受けたりしてい
ます。
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▼メール感謝です。『父は空〜』、いい絵本ですよ。
また、「中」に対する反応として、『苦界浄土』の第2部につ
いて熱く書き込む読者もおられた。同感。ただし、第2部は値
段が高いんだよねえ。買って読んだが、買いにくいし、読みに
くい。集中すると関係なくなるのだが、やっぱり文庫にしてほ
しいやね。商売にならないのかも知れないが。
現存する「作家」で、新作を目にしたら必ず手に取るのは、今
は石牟礼道子、宮城谷昌光、佐藤優、かなあ。他にもいるかも
知れないが、すぐに思い浮かぶのはこの3人くらい。小田実は
亡くなってしまったし。
と、こういうことを書いていると、自分もいずれ死ぬのになん
で本なんか読むのか、文なんか書いてるのか、という、いつも
の虚無な問いがアタマを擡げてくる。ひぇぇおっかねえ。
▼さて。「北方水滸伝」の文庫化は、成功だったか失敗だった
か、「お前は当然成功だと思っているんだろう?」と言われそ
うだが、成功だったとはいえないのではないか、と考えている。
なぜかといえば、文庫本をくまなく読んだ人であればお察しの
通り、文庫版にくっついている解説のなかに、ひどいものが多
いからだ。ウムムと唸らせる解説は、数えるほどしかなかった。
そのなかで最終巻・第19巻の解説(ムルハーン千栄子)は、
悪いわけではなく、むしろ平均点以上なのだが、その結びが、
「ホメロスのトロヤ戦争叙事詩をはじめ、『源平盛衰記』や『
平家物語』や『風と共に去りぬ』と並んで、北方『水滸伝』は
《敗北の美学》を称える文学の系譜を彩る」となっている。
この結論に対して、ぼくは異論を書こうと思う。
▼もちろん「北方水滸伝」には「敗北の美学」が色濃い。各巻
の解説は、当該巻の内容に触れるものとなっているので、遂に
梁山泊が陥落する第19巻は、当然、この結論でいいと思う向
きもあろう。
しかし、そうではない。「北方水滸伝」全編は「敗北の美学」
の系譜を辿っていない。それは末尾の1行を読めば明らかだ。
と書いていると、最後の数頁を引用したい気持ちがわんわん鳴
り響くわけだが、これを引用してしまうとその罰で即死してし
まいそうなので書かない。ただし、、、うーむ、但し書きも書
けない! あの、19巻を読み終わったときの感情を、未来の
読者から奪うことは出来ない。
だから物語そのものではなく、ぼくはぼくが愛する物語に共通
する結構について書こう。ま、結局ネタバレだといえばネタバ
レで、きわどいところは適当に誤魔化すが、嫌な人はここから
先は読まないでネ。
▼北上次郎は「北方水滸伝」の特長を次の一文で見事に指摘し
た。
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北方謙三が本書で試みたのは、不可解な「水滸伝」を徹底的に
解体し、現代の物語として再度構築する作業であり、その本質
である「義に生きる好漢たちの物語」を現代に蘇らせる壮大な
実験なのである。朝日新聞2000年10月29日
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北方水滸伝の凄味は、複雑な原典をまさしく「徹底的に解体」
し、再構築に成功したところにある。そしてもう一つ、その再
構築された舞台の上で、原典にないまったく新しい人物像を構
築したところにある。すなわち、楊令だ。
北方水滸伝は、途中までは魯智深が男たちを再生する物語でも
ある。一度腐った男たちが、再生し、悔いなく死んでいく。通
途の水滸伝は、それで終わる。「敗北の美学」だ。うまく書け
ていれば、それでもぼくは充分満足だ。
しかし、北方水滸伝にはまったく違う力が働いている。楊令と
いう少年の存在に男たちの生死の錘(おもり)が糾合されてい
き、ある時点から、楊令が梁山泊の死を背負い、生き始めるの
だ。事実、再生の要である魯智深がうにゃむにゃむにゃ。
北方水滸伝は、(原典という)既存の世界観を解体し・再構築
した新たな舞台で、「再生と死。そして生」を描ききる物語で
あった。
そしてこの物語の構図は、「ちりとてちん」にもあてはまる。
▼圧巻の大団円で終わった「ちりとてちん」だが、DVDって
出るんですかね。いやはやすごいドラマだった。まさかあんな
に誇らかな「母への讃歌」で終わるとは。
で、まだ全てを観ていないのでなんとも言えないのだが、脚本
の藤本有紀もまた、「落語」という既存の世界を、解体・再構
築して徹底的に活用し、ドラマの主題や伏線を縦横に張り巡ら
せた。また視覚上、聴覚上の楽しみを与えるために、落語とい
う題材を活かしきったといえる。
そうやって創造(再創造)された舞台の上に、師匠=草若や弟
子たち……そう、一度は腐った人間が登場する。彼らが、徒然
亭一門の再結成というかたちで「再生」する。そしてむにゃう
にゃ「死」が訪れ、素敵な「生」を迎えて完結するわけだが、
それらすべての中心に、落語界には非常に少ない女性落語家の
道を選んだ主人公の喜代美がいる。
つまり、「北方水滸伝」と「ちりとてちん」は、
・既存の世界観の解体と再構築による舞台設定
(水滸伝と上方落語)
・既存の世界にいなかった人物像の創造
(楊令と喜代美=徒然亭若狭)
・その舞台上で描かれる「再生と死。そして生」
(うにゃむにゃ)
という結構が、非常に似ているのだ。だからかどうかはわから
んが、それぞれのラストシーンは、まったく違う世界であるに
もかかわらず、共通した力強さに溢れている。
かたや小説19巻。かたやNHKの連続テレビ小説=6カ月。
長編作品であるという点も、共通しているのかも知れない。
▼舞台設定が斬新であってもなくても、「再生と死」を描いた
ドラマがぼくは好きだ。映画の「グラディエーター」しかり。
しかし、「その先」にある「生」まで描こうとするドラマは少
ない。
そもそも、「その先」に生があるのかないのか、人間にはわか
らない。死と生とはつながっているのか、断絶しているのか。
たとえ描かれたとしても、描かれた「生」に説得力がある作品
は、もっと少ない。
「生」は「死」よりも読者に近しい。近しいものを描くのは、
遠いものを描くよりも常に困難である。鬼は簡単に描けても、
犬は修練を積まないと描けないようなものだ。
「ちりとてちん」は、テレビドラマにおいて、再生と死をくぐ
った「その先の生」に触れた稀有の作品である。ドラマの延長
線上に触れられた「生」に、有無を云わさぬ必然性、説得力が
宿ったところに、観る者のえもいわれぬ歓びも生まれた。
▼北方水滸伝の続編である「楊令伝」は、前作に爛々と脈打っ
ていた「再生・死・生」のリズムに撃たれた読者が、読み続け
ている。
しかし、その完成度、緊張感において、前作を超えることは難
しいだろう。再び「再生・死・生」のリズムに乗ると、それだ
けだと芸のない二番煎じになってしまう。
今度はおそらく、必然的に、「生の退屈さ」とのつきあいとい
う、読者の(また作家自身の)日常により近しく、近しいがゆ
えにおそろしい、前作とは似て非なるリズムに乗らねばならな
いのではないか。
革命とは実務であると竹中労は言った。実際に国を倒す戦いが
、血湧き肉躍るものであるはずがない。キューバ革命をモチー
フにした北方水滸伝の続編が、この点に正面から向き合わなけ
れば、リアルもヘチマもない。
「ちりとてちん」の続編がつくられるとすれば、これも楊令伝
と同様の「生みの苦しみ」を強いられることになるだろう。同
じ世界を、まったく違うリズムで描く。しかも大人数のスタッ
フで取り組む。成功させるのは至難の業だと思う。
しかし、「北方水滸伝」も「ちりとてちん」も、既存の世界観
を解体し・再構築する作者の徹底的な苦労、周到な準備から出
発した。この出発点を間違えなければ、必ずまた成功するとぼ
くは思う。
どれだけ力を「ためる」ことができるか。
注意深く意志を貫けるか。
人間の生死の境界線を描こうとする、
すべての作家たちに幸運あれ。
freespeech21@yahoo.co.jp
http://www.emaga.com/info/7777.html
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