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【PUBLICITY】1736:1年生になったら(中)
発行日時: 2008/4/17
■■メールマガジン「PUBLICITY」No.1736 2008/04/17木■■
▼高校1年生になったら。
石牟礼道子『苦界浄土』講談社文庫。
▼『輝ける嘘』を書いたニール・シーハンは、湾岸戦争に際し
て言った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
国民が政府の政策を支持すべきかどうか迷っている時、政府は
その目撃者であるジャーナリストを排除したがる。だからこそ
私たちジャーナリストは、勇気を持ち真実を追究し、戦い続け
なくてはならない。
いつも成功するとは限らないが、報道なしには成功もないのだ。
NHK「その時歴史は動いた」から
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
▼この、「報道なしには成功もない」という真理を「かたち」
にし得た国がアメリカだとすれば、「報道がないから成功しな
い」列島社会においてどのような散文表現が可能なのかを、極
限まで求め抜き「かたち」にした作品が『苦界浄土』である、
と書けば、当時のマスメディア業界で働いていた人は怒るだろ
うね。
しかしいま流通している本のなかで『苦界浄土』(700円)
よりも廉価で、詳しく、「日本の公害」の歴史と、その歴史を
通して国家や政府という生きものの生態と、人間の生死の愛お
しさを伝えてくれる本はないだろう。ちょっと活字が小さいけ
ど。公害史を考えるとき、2006年に発刊された、宇井純の
『合本 公害原論』(亜紀書房)は欠かすことができないが、
3800円と、チト高い。
▼『苦界浄土』はジャーナリズムと文学の融合だといえるが、
うまくカテゴライズしようとしても、どうしてもはみ出してし
まうものがある。しかもはみ出してしまうものの方が収まるも
のよりもはるかに多い。
『苦界浄土』は惨劇の告発であり、小説であり、一地域の風土
記であり、インタビュー集であり、類い稀な国家論であり、民
衆運動のルポルタージュであり、なによりも石牟礼道子自身の
自叙伝である(渡辺京二は『苦界浄土』を「石牟礼道子の私小
説である」と評している)。
それらの要素すべてが一冊の本の中に融合している。にもかか
わらず、ではなく、そうであるからこそ、本書は全編が「詩」
である。しかも扱っているテーマに到底そぐわぬ、「美しい」
という形容を使わざるをえない詩である。
『苦界浄土』の副題は「わが水俣病」。石牟礼道子自身は本書
を「誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの」
と位置づけた。まさに言い得て妙だ。
事実の羅列でも、情報の断片でもない、なによりも「人間の物
語」として『苦界浄土』は読まれなければならない。「わが」
の一言に、石牟礼道子の愛情が込められている。
▼「月ノ浦方面の猫は、舞うて死ぬ」(p78)という噂は、
猫の身だけにとどまらなかった。新日本窒素肥料株式会社(現
チッソ株式会社)が海に流していた廃液によって、「舞うて死
ぬ」人間が続出した。
「う、うち、は、く、口が、良う、も、もとら、ん。案じ、加
え、て聴いて、はいよ。う、海の上、は、ほ、ほん、に、よか
った。」(p127)
この本に収められた数々の言葉には、その一言一言に、死ぬに
死にきれなかった死者の魂魄がとどまり、その周りを神々が巡
っている。ホイットマンは、『草の葉』に触れる者は人間に触
れるのだと書いたが、『苦界浄土』に触れる者はカミに触れる。
読者は知るだろう。万葉の昔から「言霊(ことだま)の幸(さ
きは)ふ国」と詠われた列島に、言語芸術の伝統は20世紀ま
で途切れなかったという事実を。そして人間によって生み出さ
れた「正義」という言葉が、同じ人間によってどれほど薄く軽
く都合よく扱われるかを。個別具体の事実、因果関係、背景、
固有名詞を捨象した「正義」が、その言葉を使う人間の中身を
、どこまでもスカスカで空疎にする、恐ろしいものなのかを。
水俣病を放置した国の責任を最高裁が認めたのは、公害発生か
らじつに半世紀以上も経った2004年のことだった。
▼また、たとえば「ふかい、亀裂のような通路が、【びちっ】
と音をたてて、日本列島を縦に走ってひらけた。なんと重層的
な歳月に、わたくしたちはつながれていることであろう」(p
256、【】は原文傍点)という一節を読むとき、読者は、そ
の通路は色や形を変えて、まっすぐに今までつながっているこ
とを実感する。
著者のあとがきに、本書の出自が記されている。
「本稿一部は1960年1月「サークル村」に発表、同年「日
本残酷物語」(平凡社刊)に一部。後、続稿をのせるべく19
63年「現代の記録」を創刊したが、資金難のため、チッソ安
定賃金反対争議特集号のみに止まり、1965年、「熊本風土
記」創刊とともに稿をあらため、同誌欠刊まで、遅々として書
きつづけられた。原題『海と空のあいだに』である」(p30
2)
20世紀日本最高の散文作品が、東京以外の地域の、いわゆる
ミニコミ誌から生まれたということ。そして職業作家でない女
性が書いたということ。この二点は、圧倒的に東京偏重、男性
偏重である日本の言語表現の歴史において、どれほど強調して
も強調しすぎることはない。
この社会に縦横に走る「亀裂のような通路」は、今もたくさん
ある。しかし、「これは亀裂だ」「これは通路だ」と、気づく
人、そして、名指す人──「名付ける」という「暴力」を振る
う人──がいなければ、誰もその通路に気づかない。
高校生でこの「気づく癖」がつけば、その人の人生は豊かなも
のになり、その人の住む社会もまた豊かなものになるだろう。
ただし、この癖をいい癖といっていいかどうかはわからない。
この癖によって、その人自身が幸福になるか不幸になるか、外
からは決してわからないから。
幸か不幸かはその人自身が決めることである。おそらくルポラ
イターとは「気づく」こと、そして「書く」ことが己の幸福で
あると定めた人のことだ。
拠って立つものは?
自由。
▼「極限状況を超えて光芒を放つ人間の美しさと、企業の論理
とやらに寄生する者との、あざやかな対比をわたくしたちはみ
ることができるのである」(p302)
寄生する者を批判するためには、羅列や断片だけでは事足りな
い。それではますます生きづらい。『苦界浄土』に出て来る人
々、光芒を放つ人間群の背後には、必ず彼らを支える精妙な「
物語」がある。
人間には、「生き死に」に纏わる分厚い「自由な物語」が必要
なのではないか、という単純な問いを、『苦界浄土』は読者に
突きつけている。
だから、そんな「物語」は必要ないと思っている人は、『苦界
浄土』を読んでもピンと来ないだろうと思う。また、ピンと来
ない人は、「物語」の必要ない、強い人だ。その人はそのまま
「物語のない世界」で「物語のない人生」を生きていくだろう。
願わくばその人が、なにものにも「寄生」せずに人生を全うさ
れんことを。中途半端に強い人が「寄生」の道を選んだら、厄
介な事態になることをも、『苦界浄土』は鋭く照らしている。
freespeech21@yahoo.co.jp
http://www.emaga.com/info/7777.html
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