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斎藤吉久メールマガジンNo.392「神社行事の祝辞が違憲ならカトリックは?」
発行日: 2008/4/22 今月7日、名古屋高裁金沢支部で下された政教分離判決の判決文がネット上に公表されましたので、あらためてこの問題について、とくにカトリック教会の問題と対比させながら、考えてみます。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0020?action_id=search&hanreiSrchKbn=04&recentInfoFlg=1
▽奉賛会発会式で市長が祝辞
まず事実関係です。
石川県南部・白山市(旧鶴来町)に白山比め(口偏に羊、しらやまひめ)神社という有名な大社があります。加賀一ノ宮で、全国に3000社あまりあるといわれる白山神社の総本社です。日本三名山の1つ・霊峰白山を神体山とし、「石川県に世界遺産を」という世界遺産登録運動の中心の1つです。
http://www.shirayama.or.jp/
今年は御鎮座2100年というお祝いの年にあたり、10月には50年に一度の大祭が予定されています。そのために奉賛会が組織され、役員となった角市長は平成17年6月25日(土曜日)、市内ホールでの奉賛会発会式に出席し、祝辞を述べました。
この市長の行為について、住民が、憲法の政教分離原則に違反する、として訴訟を起こしました。第一審では請求が棄却されたことから、住民はこれを不服として控訴していました。
そして今回の二審判決は、原判決を変更する違憲判決でした。
▽問われていない祝辞の中身
裁判所の判断についてのポイントは以下のようになります。
1、まず最初に指摘したいのは、じつに興味深いことに、判決文には論点の欠落があります。少なくとも二審の判決文には市長の祝辞の内容についての言及がありません。高裁支部は祝辞の中身ではなく、もっぱら市長の行為について法的判断を下しています。
市長は何を祝辞として語ったのでしょうか。たとえば白山信仰を広め、信者獲得を目的とするような発言をしたのなら、「国およびその機関は宗教的活動をしてはならない」という憲法の条文に明らかに反します。
たとえば、関東大震災と東京大空襲の犠牲者の遺骨を安置する東京都慰霊堂の大法要で、私は導師の大僧正が「皆さん、南無阿弥陀仏を唱えましょう」とよびかけ、参列者が唱和するのを見たことがあります。これに類することを市長が出席者に話したというのなら、違憲判決は妥当ですが、この裁判では問われなかったとすれば不思議です。
▽「特定宗教団体の援助・助長・促進」
判決文を少し拾い読みします。
2、白山比め神社は宗教団体にあたり、神社の大祭は宗教上の祭祀である。奉賛会の事業は宗教事業であり、奉賛会は宗教上の団体である。奉賛会の発会式の目的は、宗教活動遂行の意思を確認し合い、団体発足と活動開始を宣命することにある。
3、したがって、市長が発会式に出席し、祝辞を述べた行為は、宗教活動に賛同・賛助・祝賀を表明したのであり、神社の宗教的祭祀を奉賛・祝賀する趣旨の表明と解することができるし、市長自身そのように意図したと認められる。
4、発会式は境内の外にある一般施設で行われているが、それであっても、上記の判断は左右されない。
5、市長の発会式出席・祝辞は、時代の推移によって宗教的意義が薄れ、社会的儀礼化しているとは考えられない(筆者注。この点について判決文には明確な論拠が示されていません。判決は発会式そのものが宗教的か否かを判断していますが、そうではなくて、宗教性というのは出席者との相互関係によって見出されるべきだと思います。たとえば宗教関係者にとっては宗教的行事であったとしても、行政関係者にとっては社交である場合もあり得るでしょう)。
6、以上のことから、市長の行為は、神社の大祭を奉賛・賛助する意義・目的を有し、特定の宗教団体に対して援助・助長・促進する効果を有するものといえる(筆者注。この判決はいわゆる目的・効果論に立ちながら、つまり絶対分離主義をとっていないはずなのに、結論は絶対分離主義になっています。これでは市長は神社であれ、お寺であれ、およそ宗教団体と名のつくところとは交際ができなくなり、逆に無宗教といいつつ、非宗教を援助・助長・促進することになります)。
▽「社会的儀礼の範囲を超えている」
さらに判決は、特定宗教の援助・助長ではない、とする市長側の主張に対して、次のように斥けています。
7、市長側は、神社の大祭は市の観光イベントで、市は関わりがある。市の行為は儀礼的交際、と主張する。友好・信頼の維持増進が目的と客観的に見ることができ、社会通念上の儀礼の範囲なら、許容されるが、市長が儀礼の範囲を逸脱していることは明らかで許されない。(筆者注。なぜ「明らか」なのか、明確な論拠が示されていません)
8、市長側は、大祭は観光イベントだと主張するが、神社自身の個別的事業であり、それにとどまっている。観光イベントとして習俗化されていると認めるべき事情は見当たらない。
さらに判決文は続くのですが、このへんで止めます。
判決の内容を簡単に言えば、神社の年祭は宗教活動であって、観光イベントとはいいがたいから、奉賛活動に行政が参加することは儀礼とはいえず、憲法に違反する、ということかと思います。
▽行政が関与した二十六聖人記念碑建設
書きたいこと、書くべきことは山ほどありますが、とりあえず思い起こされる2点についてのみ申し上げます。1つは長崎市の市有地にある二十六聖人記念碑、もう1つはこれまた長崎で県をあげて現在進行中の教会群の世界遺産登録運動です。
JR長崎駅前の丘に建つ二十六聖人記念碑は昭和37(1962)年に完成しました。殉教百年を記念したもので、市が所有する西坂公園内にイエズス会が建てたのでした。むろん今回の判決が依拠する完全分離主義ではなく、緩やかな政教分離政策の結果といえます。
当時のカトリック新聞によると、記念碑建設計画はさかのぼること15年前、敗戦直後の新憲法公布のころ、つまり占領前期に、行政を巻き込んで、始まったようです。
「昭和22年、二十六聖人殉教350年祭にあたって『日本二十六聖人聖地保存会』が田中耕太郎氏(筆者注。のちの最高裁長官。カトリック信徒)を総裁に、北村徳太郎氏(政治家。芦田内閣の蔵相)を会長として発足して以来、長崎県知事、長崎市長、財界、文化人たちの有志によって、二十六聖人殉教者の偉徳を顕彰しようとの動きは年々引き継がれてきたが、一昨年あたりからふたたび急激に二十六聖人ムードが盛り上がり、世界の聖地として相応しい施設を建設し、あわせて聖人列聖百周年を盛大に祝おうとの意欲が高まった。幸いに記念施設がイエズス会の尽力によって立派に完成しつつあるし、さらにメキシコ、スペインなどから多数の巡礼団がやってくるというので、長崎市でも列聖百年記念行事と観光とを結びつけてその準備や宣伝、巡礼団受け入れなどに非常な努力をしてきている」
▽記念碑の除幕は市長
そして列聖記念百年祭が始まり、6月8日には大浦天主堂で荘厳ミサが、10日には西坂公園で記念式典が行われ、内外の信徒一万人が参列しました。5000人の信徒のロザリオの祈りになかで、記念碑の除幕、資料館のテープカットを行ったのは田川市長でした。聖歌の大合唱のあと、長崎大司教が祝辞、市長のあいさつ、ローマ教皇ヨハネス23世の祝辞が続いたと伝えられます。
また長崎市の記録によれば、市が中心となって『日本二十六聖人列聖百年記念観光行事委員会」が特設され、参列者の受け入れなどに万全が期されました。百年祭は翌年の5月まで続きました。
今回の違憲判決のように、神社の年祭は宗教活動で、これに伴う施設建設事業などのための奉賛会活動に行政機関が参加することが憲法違反だとするならば、二十六聖人の列聖百年記念行事に行政が関わることも違憲となるでしょう。しかしそのような議論は聞いたことがないばかりでなく、私の取材では、記念碑はその後、市に寄贈され、しかしカトリックの公式巡礼地とされた公園では毎年、野外ミサが行われています。他方、聖人の遺骨が安置されているという記念館はいまも市有地にあり、しかも税金免除の特典を受けているといいます。
政教分離裁判といえば、神社についてばかり取り上げられる傾向がありますが、このように似たような事例は他の宗教についても枚挙にいとまがないほどあり、そして容認されています。白山市長の違憲判決が確定し、厳格主義が広がれば、行政に一大混乱をもたらすことになります。
▽県が主導する「教会群」の世界遺産登録運動
もう一つ、思い起こされるのは長崎教会群の世界遺産登録運動です。県庁内に事務局が置かれ、県のサイトに特別のホームページが掲載されるなど、県をあげて推進されています。
白山比め神社の訴訟は、奉賛会の発会式に市長が出席し、祝辞を述べたのに際して、公用車の運転手の聞く務時間外手当など15,800円などを請求するもので、名古屋高裁金沢支部は、奉賛会は宗教上の組織で、市長のその参加は特定宗教への援助にあたるとし、費用の返還を求めています。
これに対して、教会群の世界遺産登録はむろん宗教団体の宗教活動ではありません。しかし行政が組織的に多額の公費を投じて登録運動を推進することは、この訴訟の論点である特定の宗教団体に対する援助・助長・促進にあたらないのかどうかが問われます。
すでに世界遺産として登録されている熊野であれば、神社もあれば、お寺もあるでしょう。これから世界遺産を目指している白山比め神社のある石川県も同様でしょうが、長崎の場合はもっぱら「教会群とキリスト教関連遺産」に限定した世界遺産登録だからです。
▽厳格主義か否か、それとも二枚舌か
しかも長崎教区の高見三明大司教は名にし負う政教分離論の伝道師で、厳格主義を以前から布教しています。たとえば、「信教の自由と国家」(『信教の自由と政教分離』カトリック中央協議会、所収)では、「憲法20条の諸規定は、できるだけ厳格に解釈されるべきです。なお、憲法89条では、公金が宗教団体の青、便益または維持のために支出されることが禁じられています」と述べられています。
であれば、もし本気で絶対主義を唱えるなら、高見大司教は県主導による登録運動を辞退すべきです。白山比め神社を含む石川県の世界遺産登録運動が地元経済団体に事務局をおいて推進されているように、行政主体で進めなければならない理由はどこにもないからです。
逆に、たとえば今年の3月、長崎県教育委員会が主催し、大浦天主堂を会場に開かれた世界遺産シンポジウムに高見大司教がパネリストとして参加しているように、行政の支援を求めたいのであれば、厳格主義が判例とならないように、高見大司教は白山市長の上告審を応援すべきです。
大司教のとるべき道は2つに1つです。そうでなければ、ご都合主義もしくは二枚舌のそしりを免れず、真理を語る宗教者としての資格性を問われます。
□2 お知らせ
その1。日本政策研究センター発行「明日への選択」4月号の「一刀両断」に拙文「無私の祈りこそ危機を克服する」が掲載されました。
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その3。アーカイヴズに「見直される伝統的木造建築」と「『親日派』金玉均の朝鮮独立運動」をアップロードしました。
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http://homepage.mac.com/saito_sy/korea/H170829JSkim.html
その4。人形町サロン「今月の識者」に拙文「多神教文明の価値」が載りました。
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この記事へのコメント
全1件表示の動きは不可解極まると思います。政教分離のみならず、外国人参政権を基調とする
人権擁護論を展開するなら、仏教善光寺の
ように中国のチベットに対する人権弾圧に明確な抗議を表明すべきです。この二枚舌
的対応にむしろ、現在のカトリック指導層
の馬脚を現したかのように感じる今日この頃です。今後も、多角的な面からの実状を
お知らせ頂くことを期待しております。日時:2008年4月26日
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