【殺気ある文学】……見沢知廉を読む |
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【殺気ある文学】……見沢知廉を読む vol.13 修正版
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「<文学>は、遊戯やツールではなく、まさに<殺気>である」
見沢知廉著『日本を撃て』(メディアワークス刊)より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※一部記事掲載漏れがありましたので再配信致します。ご迷惑をおかけして
申し訳ありません。(白血球團運営委員会)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
[H19.1.7]1.16配信,1.18再配信
<目次>
■巻頭言
■特報!見沢知廉が「舞台」になる!?
■寄稿「何が私であるのか」見沢知廉という男の再生(高木尋士)
■見沢文学に救われた(たけし)
■『極悪シリーズ』を読んで 〜「極悪」と「遊撃」に絡む〜(中村幸雄)
■お知らせ 掲示板の廃止とホームページリニューアルについて
■編集後記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
【巻頭言】
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
メールマガジン読者の皆様、ご挨拶が遅くなりましたが、おけましておめで
とうございます。昨年中は当ファンクラブを御支援いただきましてまことにあ
りがとうございました。本年も何卒宜しくお付き合いくださいませ。
現在ファンクラブの活動としてはこのメールマガジンの配信くらいしかでき
ておりませんが、ファンクラブとしてやりたいこと、やるべきことは山積して
おります。メールマガジン配信すら遅れがちな現状としては難しいことも多々
ありますが、活動を継続し、ひとつひとつ実現して参りたいと存じます。心あ
る皆様のご協力をお願い申し上げます。
さて、年明け早々ビッグニュースが飛び込んできました。なんと見沢知廉の
生涯が舞台化される運びとなったのです。昨年は深笛義也先生原作で漫画化さ
れるなど注目を集めたわけですが、今年は一層、見沢知廉の生涯が世間に再評
価されるのではないかと思います。私たちファンクラブ・白血球團としても、
この流れを注目し、応援して参りたいと存じます。
(朱斑羽)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
【特報!】見沢知廉が「舞台」になる!?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
昨年(平成18年)の大晦日、突然「見沢知廉ファンサイト・白血球」のメ
ールフォームに或るメールが投函されました。それは劇作家の高木尋士氏から
のコンタクトでした。メールによれば、平成19年の9月に「見沢知廉追悼公
演を企画」しているとのことでした。見沢知廉のお母様と一水会の協力を得て
『天皇ごっこ』の舞台化が決まったというわけです。私は驚喜してすぐに返信
しました。高木氏はすぐに舞台の企画書と御著書を郵送してくださいました。
企画書によれば「劇団再生」という劇団が平成19年9月に中目黒の劇場で
「天皇ごっこ」と題して見沢知廉原作、高木尋士脚本・音楽による追悼公演を
おこなうというものでした。
以下に高木氏による「あらすじ」を転載します。
<46年の生涯。
その12年を刑務所で過ごした一人の男。
彼が獄中で書いた小説が一つの賞を受賞する。
男の名前は『見沢知廉』
小説家として彼が描こうとした世界はどこにあったのか。
彼の人生を追いながら、その複眼的な足跡に途方にくれる。
思想と行動、思索と執筆、精神と反逆、血と無垢。
思いつく限りのキーワードを原稿用紙に散りばめる。
だが、そこに現れるのは、あの日…。
2005年9月7日、彼が死んだ日。
あの立ち止まってしまった、深い喪失。
物語は、実際に彼が体験してきた人生を追いながら、
同時に「彼が描こうとした世界」が、「見沢知廉」を追うという構成をと
る。
獄中の彼が「見沢知廉」を裁く。
執筆をする彼が「見沢知廉」を描く。
右翼活動をする彼が「見沢知廉」をアジる。
女と暮らす彼が「見沢知廉」を抱く。
彼を知る多くの関係者への綿密な取材を経て、
実際に生きて死んだ一人の人間の人生が、
舞台という虚構の物語の中で再生する。>
高木氏は「略歴」によれば、寺山修司作品の舞台で作曲・音響に多く携わり、
テアトロ新人戯曲賞・新日本文藝大賞・岸田國士戯曲賞などにノミネートされ
た新進気鋭の劇作家さんです。
高木尋士氏公式サイト http://www.takagigokko.com/
メールマガジン「殺気ある文学・見沢知廉を読む」では、高木氏と劇団再生
の挑戦を見守り、新着情報があれば逐次お伝えしていきたいと思います。
尚、公演に関するお問い合わせは [takagi@engeki.ne.jp] へどうぞ。出
演者及びスタッフを募集しているとの事です。
(朱斑羽)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
【寄稿】「何が私であるのか」見沢知廉という男の再生
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
by 高木尋士(たかぎ・ひろし)
初めて出会ったのは、いつだろう?
書店で手にした「天皇ごっこ」。
今から10年以上も前だ。
その名前は知っていた。
その事件も知っていた。
見沢知廉。
「天皇ごっこ」の中の十数人に及ぶ「彼」は、あがいていた。
手足をばたつかせ、水面に顔をあげ、無我夢中で足掻きつづける十数人に及
ぶ彼。
勇気のある言葉がページを埋め、いつか、
舞台化したい、と感じたことを覚えている。
演劇に携わり、25年近くが過ぎようとしている。
脚本を書く。深い言葉の森の中で一言一語を探しながら、25年。本当のこ
とを書くことは、勇気がいるものだ。そう気付くのに長い時間がかかった。一
人の人間を言葉で描くことの果てしない徒労。一枚の風景を言葉で書ききるこ
との不可能性。年間300冊の本を読み、言葉を捜す。
見沢知廉。
彼は、言葉を見つけた。彼は自身の言葉を探すのに、言葉の森には足を踏み
入れなかった。「天皇ごっこ」を読めばそれが良くわかる。作家や劇作家、詩
人や評論家が誰でも迷い込んでしまうあの森に、彼は足を入れることはなかっ
た。
彼は、自身の言葉を見つけた。彼が彼の言葉を探し回ったのは、見沢知廉と
いう体内、彼自身の森だった。自分の思考を自分の血液に乗せ、体内を駆け巡
る。自分の感情を電気信号にのせ、脳内を探索する。自分の熱情を自身の熱と
し、体内を発熱する。
舞台化することの難しさ、を感じながら、彼を追いつづけてきた。
彼の作品を読み漁り、雑誌を読み漁り、彼の軌跡を追い、彼の思想を追い。
あの日、東京は晴れていた。
訃報は、メールで届いた。
「ああ、そうか・・・」としか口に出来なかった自分。
悲しみよりも、深い深い、喪失。
喪失、彼がいなくなってしまった事の、深さ。なんという、深さ。
何が自分であるのか、と探しつづけ、
あの真っ黒の箱を開けてしまった、一人の男。
自分の中に、
全く見ず知らずの自分自身を見つけてしまった、一人の男。
俺を俺と思うことも、
俺を俺と思わぬことも、
一つの同じ思考だと証明してしまった、一人の男。
見沢知廉。
あの日、一人の友人と話した。「彼の作品を舞台化するよ」と。
夕方になっていた。少し早い秋の風が東京を駆けた。
バイクにのり、「天皇ごっこ」と呟いてみた。
駐輪場にバイクを止め、「見沢知廉」と呟いてみた。
玄関の鍵を開け、「天皇陛下」と呟いてみた。
パソコンの前に座り、「・・・死んだ・・・」と、呟いてみた。
2007年9月7日、見沢知廉3回忌。
追悼公演を上演することが決まった。多くの関係者の方々の協力により、実
現にこぎつけた。昨年、一水会顧問鈴木氏に上演の企画を話したら、「いいん
じゃない。お母さんも喜ぶよ」と言われた。そのお母様は、嬉々として、息子
のことを話される。
タイトルは、「天皇ごっこ〜母と息子の囚人狂時代〜」
今後、この場を借りて、定期的に制作報告をしていければと思っている。
そして、見沢さんの狂気の森に迷い込んでいる自分と同じように、さまよい
つづけている多くのファンの方々と、出会いたいと思っている。
(高木尋士)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
【見沢文学に救われた】
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
by たけし
たけしです。名文引用によく寄稿していました。さて、前回のメルマガで結
城さんがうつ病であることを告白していました。実は私もうつ病です。高校二
年生のときから、約10年間精神科医に通院しています。なんとなく調子の悪
いときは、布団にくるまっていることが多いですが、精神的に不安定なときは
リストカットをしています。僕の左腕には、無数の切り傷があります。
男なので力が強く入りすぎて、はっきりと切った跡が線になって残っていま
す。皮膚科や美容整形にいけば、傷を直すためのレーザー治療があるらしいの
ですが、10万円くらいかかるので諦めています。
また、精神科医から処方された睡眠薬を過剰摂取(OD)してラリったりす
ることもあります。ドラッグソムリエだった見沢氏が聞いたらどんな顔をする
でしょうか。
そんな精神的に病んでいる僕ですが、見沢文学によって随分救われました。
小説以外のエッセイ本にも勇気づけられました。見沢文学は精神科治療より効
くのかもしれません。これからも、うつ病の自分と向かい合いながら、自分の
人生を歩んでいきたいと思います。そして、見沢文学の素晴らしさを感じてい
きたいと思います。
(たけし)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
【『極悪シリーズ』を読んで 〜「極悪」と「遊撃」に絡む〜】
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
by 中村幸雄(なかむら・ゆきお)
▽殺気
とどまるところを知らぬ、氏の筆力・遊撃が開始されている。かつてユダヤ
の宗教書は「昔かつて起きたこと、現在起こっていること、未来起こるであろ
うこと」が、今語られているという言説を与えた。
当書も著者特有の覚悟、鬼気迫る殺気、エネルギーが読むたびに得られるの
だ。「文学は殺気である」という言葉にひかれた。そう、かつてはそうであっ
た。ドストエフスキーなどのドロドロした小説や、フランス文学を読めば誰も
がそう思うであろう。
しかし20世紀も終わりとなり、21世紀になった現代…そんな作家は激減した。
否、絶滅の危機にさらされている。しかも作品が美術館・博物館に並ぶような
「殺気」鑑賞記念館と化し、化石化してしまった。古典作家は今や図書館に安
置されているのに、いまだに本を開くたびにエネルギーを感じる。ならば、執
筆されていた当時はいかほどの過激さをもっていただろうか。そう思いを馳せ
る。過激な見沢知廉の本も、筆者の殺気のほか、深い時代背景の善悪や思想を
余すところなく、さらけ出してくるからこそ、「過激」なのではないだろうか。
それこそ、後世から見れば、古典のように冷淡に眺め得るかもしれない。格闘
者のエネルギーのみを。だが、私たちは彼の才により、同時代の「現実」を見
せられてしまう。そこに格闘者のほか格闘している同時代も暴露されるので、
当書のような過激な本になるのではないか。書き出すことでつくられる空間に
は驚嘆する。
▽管理
―12年間閉鎖環境にいて、世間に出て、最も変わったのは何ですか?
FAX、留守電、JR改札、携帯、ビデオ、ワープロ、パソコン…?」とマス
コミの人に質問されると、「いや、そういったハードはもちろんですが、やっ
ぱり個人や情報の管理が凄まじく進んでいることですね。ビルの屋上にも上が
れないし、クレジットカードがなければ、パソ通やインターネットも難しいし
―」といつも必ず答えていた。(P.103〜4)
とある。
―考えすぎ―と、言う人もいるだろう。単にナンバーディスプレイや通話サ
ービスを<また当局の管理主義>と発想するのは、全く左翼的な、考えすぎと
いってもよい。が、これがNシステム、ナビゲーター、住民基本台帳法、バー
コード、日の丸、君が代、新ガイドラインの後方支援―などと同時に行われて
いるのを、冷静になって遠くから眺めてみると―被害妄想でもなんでもない、
一つの大きな流れが見てとれると思う。(P.41)
そしてこの箇所はシャレにならない。今、これがメディアや世間の話題に登っ
ても来る。5年前は、一部の言論を行う富俗層や、文化人たちの間、または活
動・運動をしていたり、興味のある人たちの間で、騒がれたに過ぎなかった。
しかし今は違う。テロとインターネット掲示板の問題、国民番号制による国家
管理の問題、金融・証券市場における番号導入の問題、ユビキタス社会へ向け
ての番号識別管理などにおいて、フツーに騒がれているのだ。
海の沖合は波が激しい。高く、うねっている。だが、波打ち際にいれば、あ
たりまえの平凡な流れに見える。5年前の氏が闘っていた沖合の問題は、何事
もなかったかのように陸地に皆に押し寄せて日々流れているかのようだ。
▽畜群
−だけど今の時代、ザ・サード・ミレニアム―全てがドロドロと崩れ、熟し
過ぎたトマトは地面に落ちてドス黒く赤い血を点々と周囲に散らし、重い空気
は粘液のように垂れ―そうとも、数百万人の大失業、初めて3万人を突破した
自殺者、不況、カルトや新興宗教が全盛の中、右も左も巷から消えてアノミー、
アパシーが世を覆い、政治や経済のプロたちは近経もマル経も信じられないと
呻きつつ、2千円札を刷ったり商品券を配ったりしてまた呻く、カードがなけ
ればインターネットやニフティにも入れず、アドレスを持っていかなければ、
ハイテク社会の落ちこぼれ、新風営法はアメとムチで<店>の存在は青少年に
悪影響があると縛りあげ、おかげでデリバリは病気を持って大流行、フードル
は顔NGどころか堂々と風俗情報誌にランキング―と、インターネットに代表
されるように、一見、非常に自由なようでいて、実はこの社会、窒息寸前のよ
うに重苦しく、“空間”(ブタ小屋のような!)にすっぽりと覆われている。
(P.84〜5)
まさにブタ小屋になってきた世相だ。まんが喫茶という都市空間、子どもや
老人までもが金権により分断されている土地空間、人身管理されるモノのよう
なフリーター、超小型携帯システムに左右される生活、超大型サーバーシステ
ムに翻弄されていく社会、ユビキタス社会へ向けての統制、犯罪を未然に防ご
うという監視の強化、あいまいなだべれるいいかげんな空間の粛清…などであ
る。
▽強弱
かかる現代社会に支配的な性質を筆者は分析する。一言で斬ってしまう。
―イデーがあって、それを狂信できる時代や、ダイナミックな歴史的転換の
時代には、人は自分より強い者と闘うことができるし、又、遥かに強い者をも
剣で斬り殺すことができた。
しかし逆に歴史的過渡期―イデーなき時代、神話も希望も信じられるものが
ない時代―いいかい、こういう時代には、人間ってのはね、<自分より弱い奴
しか殺すことができない>んだ! それも、その<弱い奴>が、自分を害した
というフケではなく、自分より強い奴を恨んで殺したいと思った時それが、全
く本人の頭の中で葛藤することなしに、<代わりに>自分より弱い奴を<生け
贄>として、いとも簡単に殺してしまうわけだ。(P.85)
この言から見えてくるものは何であろうか。イジメ、逆ギレ、他人卑下、勝
ち組、無責任…という品格すらなき国家というやつだ。なんと!である。見沢
氏の筆力は2001年にも、今にも、何も変わらず通じるのである。まるですぐ隣
から過激なメディアを引っ張り出して、スイッチを押せば、今から流れてくる
かのようなこの現代性は何であろうか。
▽奴隷と処理
ニートやうつ病を弱者・病者と片付ける世間の考え方を仮に認めてみよう。
そしてその枠からはずれた正当な人たちとやらをじっくり観察してみるといい。
「『目的のある趣味』と『しっかりとした仕事』を持つべきだ」と称して、社
会の力(power)はわれわれを目的のある「自己満足な嗜好」→(「処理
」)と経営者の奴隷に位置づけようとするのである。そしてそのすべてを管理
・統制しているのが、我々の心理にも無意識に影響を及ぼしている、情報社会
というきれいごとである。
一つの線分としてこの論は確実に、今存在しているかのように私には思えて
ならないのだ。
観察―今の社会システムや政府が要求してくる生活をよく見てみると、言語
中心主義に流されないで反省せず見続け受け入れていると、自由な観念で<モ
ノ>と<コト>をとらえていると、―をしていると、自分たちが動物化してい
ることに気づく。「奴隷」「飼育」「虐待」という古代から最も嫌悪されてき
た行為をネットサーフィンのようにむさぼっていることに気づく。
システムは奴隷と処理に使われる。Yes、Noしかない。論理しか働いて
いないからである。システムの内部では自己言及することができない。※人は
他者と接し合い社会参加する中で、はじめて自分を知っていく。それは自己の
確認作業のようなものだ。人は自分が同時に集団の一員であるときに矛盾を感
じる。だがそれを言葉にして発し、矛盾に落ち込んでこそ成長や「人間の偉大
さ」が生まれてきたのではなかったか。ネットには有機質の香りがしない。シ
ステムの内部で、人は暴力を行い続けているからだ。「カテゴリーの内部では
罪は許される」という命題に人たちは縛られて生きているようにいつも見える。
ともあれ、奴隷と処理の社会は高度なシステムの普及により、人工論理に縛ら
れ始め、進行しているかのようだ。氏の文体は連想を働かせる。本質を一撃で
仕留める力(ability)がある。
※ラッセルの思想に登場する論理。うそつきの例が有名。例にすれば、「す
べての日本人はうそつきである」という命題。日本人というシステムの内では
成立するが、そこを離れては成立できず、矛盾に陥ってしまうというもの。真
と仮定すると、この人は本当のことを言っているのに「うそつきである」とい
うことになり矛盾が生じる。偽と仮定すると「すべての日本人はうそつきでな
い」のにこの人は偽って述べていることになり矛盾が生じる。
この問いは、論理数学上は解決されたが「自己言及のパラドックス」がシス
テムの内部、コンピューターの内部、情報社会の内部で生じる重要な盲点であ
ることに変わりはない。
(中村幸雄)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
【お知らせ】掲示板の廃止とホームページリニューアルについて
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
現在、見沢知廉ファンサイト・白血球のリニューアルを構想しておりますが、
リニューアルに先立って現在設置しております掲示板を廃止したいと思います。
白血球開設当初は作家の没後すぐということもあり、追悼のコメントを多数
いただきました。ファンクラブとしては頂いたコメントを整理し別項に掲載す
るとともに、追悼式典で配布し、作家の墓前にも捧げさせていただきました。
その後も掲示板を通じて関連情報等をいただいておりましたが、もうその役
割を終えたと判断し、廃止することに致しました。これまで「見沢知廉文学掲
示板」をご利用頂いた皆様には深く御礼申し上げます。
また、現在「白血球」は手作業でのみの更新しかできない状態のため、管理
人が多忙な現状ではどうしても頻繁な更新ができかねます。そこで、ゆくゆく
はファンクラブの皆様にも簡単に参加いただけるようなウェブサイトを目指し、
リニューアルを進めたいと考えています。
リニューアルが完了するまでは、ソーシャル・ネットワーキング・サイトの
「mixi(ミクシィ)」に設置している白血球團コミュニティを掲示板の代替と
します。mixi IDをお持ちの方はお気軽にご参加ください。
見沢知廉ファンクラブ・白血球團 @mixi
[ http://mixi.jp/view_community.pl?id=1392993 ]
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
【編集後記】
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
見沢知廉の生涯が舞台化されるという噂はファンクラブの女の子から聞いて
いました。彼女もスカウトされたとかされないとか。劇団再生では参加者を募っ
ているそうですので、もしかしたら読者のあなたも舞台に立てるかもしれませ
ん。見沢ファンが見沢劇に出るとしたら、素晴らしいことです。私も何として
でも観にいきたいと思います。
昨年末に、当選者へ「見沢知廉追悼文集」を送付しましたが、誤って二度お
送りしてしまった方がいるようです。混乱させて申し訳ありませんでした。も
し「当選の知らせを受けたのにまだ届いていない」という方がおられましたら、
下記メールフォームへお知らせください。
http://chiren.sejp.net/mail.html
(朱斑羽)
このメルマガへの寄稿はこちら↓
http://chiren.sejp.net/mail.html
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
[PR] がんばれ!新風 育てよう、明日への力。日本の輝き
私たちは日本を強くする維新政党・新風を応援します。
click!! → [http://simpu-oendan.jugem.jp/] (新風応援団)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
発行責任:見沢知廉ファンクラブ【白血球團】運営委員会
見沢知廉ファンサイト・白血球 [http://chiren.sejp.net]
このメールは送信専用です。お問い合わせは[chiren@sejp.net]迄
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
