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【聖書】私たちのために
発行日時: 2008/3/22 おはようございます。
あす3月23日は、十字架にかかって死なれたイエス様の甦りを記念す
る「復活祭」つまりイースターにあたります。彼の誕生を祝うクリスマ
スと共に、この日はとっても大切な記念日です。
なぜかって言うと、彼の身に起こったことのすべてが、実は私やあなた
自身に深く関係する事柄だったからです。
■□■ 本日のコーナー ■□■
1.聖書のお話 : 私たちのために
2.ちょこっと聖句: 罪人を招いて
3.雑談喫茶室 : ティッシュに込められた思い
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★☆★☆ (^^)/ [聖書のお話] コーナー (^^ゞ ☆★☆★
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《今日の聖句箇所》 旧約聖書 イザヤ書 53章 5a節
しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、
私たちの咎(とが)のために砕かれた。
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イエス様がこの世に来られる約700年前。イスラエルの国にイザヤという預
言者がおりました。神様はこの預言者に語って示されました。後のイスラエルに
メシヤすなわち救い主を遣わすと。
以来人々はメシヤ到来を来る日も来る日も待ち続けました。イスラエルの霊的
現状を打開し、あらゆる悪の束縛から解放し救ってくださるメシヤを、彼らは待
ち続けたのです。
このメシヤに関しては《その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデ
の王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これ
を支える。今より、とこしえまで。》と語られています。それゆえに多くの人は
救い主が王族に繋がる高貴なお方として、それにふさわしい姿かたちでこの世に
やって来られるものと思っていました。
確かに、神様の約束なさった方が時満ちてこの世にお生まれになった時、彼を
訪ねてはるばる東の国からやって来た博士たちが目指した先も、当時イスラエル
を統治していたヘロデ王の住む宮殿でした。しかし実際には、メシヤは宮殿にお
いてではなく、ごく普通の、いいえ、それ以下のみすぼらしい家畜小屋で、密か
にお生まれになったのでした。世の救い主が、こんな場所で・・・。
イエス様がメシヤとしてこの世にご自身を示し始められた時も、当時の人々は
彼をそのお方として認め、受け入れることをしませんでした。「イエスは大工ヨ
セフの子ではないか」「我々は彼のことを小さい時から知っている」と言って、
その肉的外見にとらわれるあまり、神様の御計画や約束の御業を信じることが出
来なかったのです。
これについても、神様はイザヤの口を通してすでに語り聞かされていた事でし
た。すなわち聖書にこう書いてあるとおりです。《彼には、私たちが見とれるよ
うな姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。彼はさげすまれ
、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。》と。
しかし神様は、確かにナザレ人イエスを私たちのメシヤとして、私たちの救い
主として、私たちが住むこの世界に遣わし送ってくださったのです。
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では救い主イエス様は、何から私たちを救い、また救いはどのようにして実現
するというのでしょう?
聖書は、イエス様は「罪とその束縛の力から私たちを救い出してくださるお方
である」と語っています。また私たち人間の現状については《私は、私の肉のう
ちに善が住んでいないことを知っています。私には善をしたいという願いがいつ
もあるのに、それを実行することがないからです。私は、自分でしたいと思う善
を行なわないで、かえって、したくない悪を行なっています。それを行なってい
るのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です》といい、またこうも語っ
ています。《罪の支払う報酬は死》ですと。
私たちが皆その内に罪を宿していることは真実です。日々の行ないと心の思い
がそれを証明しています。義人はいない、とあるとおりです。
罪を内に宿す私たち罪人は皆、やがてその罪ゆえに必ず死にます。死、それは
単なる肉体の死を意味するだけでなく、霊において創造者なるまことの神様から
永遠に切り離される事であり、言いようのない恐怖と絶望、暗黒の支配する中に
永久に身を置くことです。
然るに神様は、その悲惨な状況下にある私たちをあわれんで、根本的原因であ
るところの罪から私たちを救うため「救い主」を遣わす御計画を立ててくださっ
たのです。
救いは、キリス・イエス様の十字架によって完成し成就されました。神様はか
つて「血を流すことなしには罪のゆるしはない」と言われています。また「木に
かけられるものはのろわれる」とも。
十字架に架かられたイエス様の姿、その有様は、まさにイザヤを通して告げら
れたメシヤの姿そのものを示しているのです。冒頭の聖句でメシヤはどうなると
言われていたでしょうか。《彼は私たちのそむきの罪のために刺し通され》ると
あり、また《私たちの咎(とが)のために砕かれ》る、と預言されているのです。
そむきの罪。それは私たちが創造者である神様を裏切り、御声に聞き従わなか
った、逃避した罪を指しています。神様からどんなに深く愛されている自分であ
るかをまったく理解せず、いつまでたっても自分中心的考えから離れられない愚
かな人間のために、主イエス様は十字架の上で文字どおり《刺し通され》たので
す。それによって流されたイエス様の血で、私たちの罪は完全に洗い清められま
した。
私たちの咎。それは的外れを意味します。本来神様と共にいるべきところから
大きく外れ出た私たちは、さらに自分勝手な道へと歩み、遂にはその終わりが死
に至るというのです。イエス様は咎それ自体が持つ危険性を私たちに教え、御自
身の身代わりの死をもって咎の力を完全に砕いて下さいました。
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キリスト・イエス様の十字架における死は、私たちを捕らえて放さない罪とそ
の力から私たちを解放し、罪・咎それ自体を砕き滅ぼす御業です。こうして私た
ちに対する神様の救いの御計画は実現されました。この事実を信仰によって受け
止めるとき、救いに関する神様のもろもろの約束が私たちの身の上に成就するの
です。
神様は、救い主イエス様をこの世に遣わし、十字架の死による贖いの御業を実
行させることをもって私たちの罪を取り扱い、砕き、清め、その祝福を受け継ぐ
にふさわしい者へと造り変えてくださいました。
□□ 聖書の言葉 □□
キリストは、すべての人の贖いの代価として、
ご自身をお与えになりました。
これが時至ってなされたあかしなのです。
(新約聖書 テモテへの手紙第一 2章 6節)
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■◇◆□ (^^)/ [ちょこっと聖句] のコーナー (^^ゞ □◆◇■
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新約聖書 ルカの福音書 5章 32節
── わたしは正しい人を招くためではなく、
罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。 ──
神様の御言葉が、いつもあなたの心に留まっていますように。
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■◇◆◇ (^^)/ [雑談喫茶室] のコーナー (^^ゞ ◇◆◇■
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ポケットティッシュ1個に込められた思い
昨日のことでした。振り込み手続きをしなければならない用事があって、私は
時折バイト帰りに利用するある郵便局に立ち寄りました。朝の九時半ごろのこと
です。
開局してまだ間もない時間でしたから「多少は混んでいるかな」と覚悟を決め
つつ中に入ってみると、二つある窓口にはそれぞれ応対を受ける客の姿がありま
したが、それ以外には客が一人もいないことに気づき、内心「ラッキー」と私は
叫んでいました。すぐにでも自分の順番がやって来ると考えた私は、待合室のイ
スにも座らず、一人の客の後ろに立って待つことにしたのです。
ところがどうでしょう。五分経っても十分経っても、二人共なかなか用事が終
わらないのです。
一人は家族に頼まれた年金に関する手続きらしく、本人確認がどうの、印鑑が
どうのと、局員は丁寧に説明を与えながら事に当たっているのですが、いまいち
相手には通じていないようで、先ほどから堂々巡りの会話が続いています。
もう一人は私と同じく「振込み手続き」に来ているようでした。この人はどう
やら近くに住む常連客らしく、手続きの間中親しげに局員に話しかけています。
局員は彼の世間話に耳を傾けつつも、早くこの事務処理を終わらせて、後ろで
待つ私への応対に取り掛かりたいと思っていたようで、その焦りからか少々イラ
ついているように見えました。もちろん私自身は「先に終わるとしたらこっちの
客だな」と思い、先ほどからその人物の後方で、立って待っていたのです。
ところがこの客。何を思ったのか、いきなり記念切手の話をしだしました。ち
ょうどこの窓口の右隣には記念切手コーナーがあって、その一つに目が留まった
のでしょう。「これはいつの記念切手や?」「シートで買わなあかんのか?バラ
では買えんのか?」
局員は私の顔を申し訳なさそうに見ながらも、彼の質問に一つ一つ丁寧に答え
ていきました。たしかに彼もお客さんの一人ですから当然ではあるのですが、そ
れにしても「なんでやねん!もうちょっとで終わるのに!!」
結局二十分近くを待たされて、ようやく私の順番がやってきました。そして自
分の事務手続きに要した時間はたったの一分でした。
帰り際、私の応対に当たった局員は「本当にお待たせしてすみませんでした」
という詫びの言葉と共にポケットティッシュを1個、手渡してくれました。
俺って、そんなに怖い顔して待っていたのかなぁ・・・????
〓【 通信後記 】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 † 〓〓
■本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご意見、ご感想などありましたらコメントをお願いします。
■キリスト教テレビ番組『ライフ・ライン』の御案内です
※ 受信局によって放映日時が異なりますので御注意ください
≪土曜日放映局≫
青森テレビ 朝6:00〜 福島放送 朝6:00〜
新潟放送 朝5:30〜 千葉テレビ 朝7:00〜
テレビ埼玉 朝8:00〜 静岡第一テレビ 朝5:00〜
≪日曜日放映局≫
びわこ放送 朝7:15〜 サンテレビ 朝7:00〜
北海道放送 朝5:00〜 群馬テレビ 朝7:00〜
テレビ神奈川 朝8:30〜
◆3月の放送予定(番組内容が変更になる場合もあります)
第1週 「みんなの森」 ─ 永見 とくよしさん ─
神奈川県横浜市に住む音楽家永見とくよしさんは、音楽活動のほか
不法投棄のゴミでいっぱいだった森を地域の人々の憩いの場に変え
るなど、様々な活動を行なっている。そのあたりのお話を伺う。
第2週 「教会は神の家族」─ ダニエル アイバーソンさん ─
アメリカ人宣教師のダニエルさんは、千葉県千葉市の「あゆみ野キ
リスト教会」で牧師をしている。今年1月、彼の子供や孫たち、総
勢20人のファミリーが一堂に集まった。教会のゴスペルクワイヤ
活動などの様子を紹介する。
第3週 「Natural Comfort」─ 森 文香さん ─
染色家の森文香さんは、武蔵野美術大学を卒業後、茨城県で伝統工
芸の織り子として働いた。2006年からは地元である横浜で草木
など自然の素材で染めた糸で織った布を用いて独自の作品作りに取
り組んでいる。作品作りに対する思いや願いを伺う。
第4週 「イースターのよろこび」
村上のぶ道牧師がキリストの十字架と復活の意味を聖書から語る。
またイースターを象徴するものの一つである卵。その殻にアートを
施すエッグアートを西村マリ子さんに紹介していただく。
第5週 「いのちの輝きに魅せられて」─ 市川 正美さん ─
広島県在住の布絵作家市川正美さんは、身近な草花や野菜、魚など
を、古い布を使って表現している。作品を作る中で、どんな小さな
ものにも「いのちの輝き」があることを知ったという。作品を通し
てお話を伺う。
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