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【聖書】たといそうでなくても
発行日時: 2007/8/18〓〓†【聖書を開けば・・・】〓〓 第346号/07.08−18 〓〓〓
おはようございます。
連日猛暑が続きます。所によっては日中温度が40度を超えたとか。
家にいても熱中症にかかることがあるので、毎度のことながら、水分
補給はくれぐれも早めに、そしてコマメに・・・
無意味な我慢は禁物ですヨ。
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φ(^O^)/ [聖書を開けば]: たといそうでなくても
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今日の聖書個所 : ダニエル書 3章 1−2、4−5節
ネブカデネザル王は金の像を造った。その高さは60キュビト、その
幅は6キュビトであった。彼はこれをバビロン州のドラの平野に立て
た。そして、ネブカデネザル王は人を遣わして、太守、長官、総督、
参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官を召集
し、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に出席させることにした。
伝令官は大声で叫んだ。「諸民、諸国、諸国語の者たちよ。あなたが
たにこう命じられている。あなたがたが角笛、二管の笛、立琴、三角
琴、ハープ、風笛およびもろもろの楽器の音を聞くときは、ひれ伏し
て、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝め。ひれ伏して拝まない者
はだれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。」
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今日のお話に入る前に、前回の出来事を振り返ってみます。
私が見た夢を解き明かせと命じるネブカデネザル王に対し「王様の見た夢が
どういうものか知らないでその意味を解き明かすことなんて、神様以外には誰
にもできませんよ」と応答した側近の学者や知恵者たち。
彼らは「自らの人間としての限界」を十分に知っていたからこそそのように
正直に答えたのですが、そんな彼らに期待し、これまでその助言を大いに信頼
してきた王は、ここで消極的否定的意見を耳にしたことに我慢ができませんで
した。大いに怒りたけった王は、不甲斐ない彼らを全員処刑せよと、興奮のあ
まりとんでもない命令を下したのでした。
王の怒りの対象者の中に、ダニエルをはじめとする三人のユダヤ人青年たち
も含まれていました。命令を知ったダニエルは、急いで王の侍従長アルヨクの
仲介を得て直訴にでました。『時間の猶予をいただければ、王の夢を解き明か
してご覧にいれます』と。王には、また例によって命乞いのための時間稼ぎか
とも思えましたが、はっきりと「できます」と答えた彼の言葉に期待して、な
んとダニエルに猶予を与えてくれたのでした。
ダニエルは三人の友と彼らの神に助けとあわれみを祈り求めました。すると
彼らの神すなわち全知全能の神はその知恵と導きをもって、王の見た夢が何で
あったか、またその夢の意味は何であるかをダニエルに教えられたのです。
ダニエルは、ただちに神によって与えられた答えをもって王の前にで、解き
明かしのすべてを語ってみせたのでした。
これを聞いた王は、語られた夢のすべてが王の見た通りだったので大いに驚
き、ダニエルの神こそ《神々の神、王たちの主、また秘密をあらわす方だ》と
ほめたたえました。そして王は、部下に発した処刑命令を直ちに取り下げ、国
中の知恵者・学者たちのいのちを危機から解放したのでした。王はダニエルの
今回の功績を認め、彼を国中の知恵者たちの頂点に立つ者とし、彼を高い地位
につけて自分の執政をサポートする最高位の助言者としたのでした。
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それから間もなくしてのことでした。
あれほどダニエルの信じる神をほめたたえていた王でしたが、やはり人の心
というものはそうそう簡単に変わらるものではないんですね。
ある時ネブカデネザル王は、ドラと呼ばれる平野に大きな金の像を造りまし
た。それは彼が信じるところの神であり、まさにビッグな偶像でした。
しかし何故彼はそんなものを造ろうと考えたのでしょうか。おそらく、先に
起こった一連の出来事で、ダニエルたちが信じる神の存在が大きくなっていた
ことが考えられます。つまりネブカデネザル王の信じる神々が、ダニエルの神
の登場によっておろそかにされていくことに一抹の不安を感じ始めたのです。
王が信じる神々は、即ち彼の家臣や人民たちがこれまで信じてきた神々でも
あるわけで、その神を王自身が粗末に扱えば、へたをすれば人心が王から離れ
去ってしまうことにもなりかねなかったのです。しかし正直言って、この時の
王の心は『まことの神』への思いで揺れ動く何かを感じていたのではないでし
ょうか。
ネブカデネザルはみんなの王として、その信仰を威厳と共にあらわさねばな
りませんでした。そこで自らの信仰を確認するかのように、彼はドデカイ神の
像をこしらえたのです。高さ約30メートル、幅約3メートルの金の像を。
これが完成したとき、王は奉献式に国中の主だった人々を招集しました。彼
は自分の信仰と共にこの国の王としての権威・権勢・権力の大きさを、目の前
にそびえたつ巨大なモニュメントをもって人々にアピールしようと考えたので
す。
王は多少の不安を隠しつつも、王としての威厳をもって人々の前に立ちまし
た。そして人々に命じました。『これにひれ伏し、礼拝せよ』と。彼は家臣に
この像を拝ませることで、自分に対する彼らの忠誠心をあらためて確認しよう
としたのです。家臣の心が自分から離れているか、いないかを探り知ろうとし
たのです。ただやはり、どうしても消えない不安があったためか、もし王の命
令に従わなければ《ただちに火の燃える炉の中に投げ込む》との罰則付きで命
令を与えたのです。
人間のつながりというものは、本来互いの信頼関係の上に成り立っているも
のです。しかし主従関係においては「力づく」による支配で、それを無理から
成り立たせている場合がほとんどです。そんな状況においてもし不信が広がれ
ば、全体は容易くバラバラになってしまうわけで、それを避けるためにはどう
してもさらに強大な「力」に頼らざるを得なくなります。この時ネブカデネザ
ル王は、家臣たちをしっかりと掌握しておくためにも、是が非でも王への従順
を誓わせる必要がありました。偶像を拝むこと、これがその試金石として用い
られたのです。
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さて、実はこの時三人のユダヤ人青年すなわちシャデラク、メシャク、アベ
デ・ネゴたちもこの席に召集を受け、他の高官たちに混じって奉献式に参列し
ていました。やがて王の合図と共に楽器の音が高々と会場に響きわたります。
参列者はあらかじめ求められたように、全員が金の像に向かってひれ伏し、王
への忠誠と神々への畏敬の念を(うわべだけであるにしても)それぞれにあら
わし示したことでした。
ところがそんな中で、特段目だった人々がいました。あの三人の若者たちで
す。号令と共に全員がひれ伏すなか、彼ら三人だけはその場に毅然として立っ
ていたのです。想像してみてください。楽器の合図と共に何十人あるいは何百
人という参列者が王の命令に従って一斉に地面にひれ伏すとき、たった三人だ
けが命令に従わず、その場になお立ち続けているという光景を・・・。
三人のユダヤ人青年たちは自分が信じる神への信仰ゆえに、あえて王の命令
と指示には従いませんでした。そんな彼らに気づいたのは、夢の解き明かしの
一件でダニエルたちを通していのちを助けられたカルデヤ人たちでした。そし
て実は彼らは、ある程度この事態を予測していたのです。なぜなら、ユダヤ人
たちの神に対する信仰心・忠誠心が、この世のどんな権力にも屈することのな
い不動のものであることをよく知っていたからです。
では、カルデヤ人たちはこの時どうしたでしょう。
彼らは王を恐れるのあまり、密告者・告発者として行動したのです。彼らは
王の命令に従わない者、時の流れに反抗する者たちを告発することで、いま自
分たちが如何に王に対して忠実な者であるかを印象づけようとしました。それ
は、先の夢の解き明かしの一件で失った王からの信頼をこれで何とか取り戻せ
るのではとの考えたから出た思いでもありました。さらに、命令への不従順、
王への反抗がもたらす結果の恐ろしさを考えたとき、先に彼らを名指しで告発
しておけば、あるいは自分たちにも及ぶかもしれない怒りの火の粉をここで断
ち切っておくことができると考えたからでした。ネブカデネザル王がいかに激
しやすい性格の人物であったかは彼らのよく知るところでしたから、今回もど
んなとばっちりを受けないとも限らなかったのです。そうした恐れや彼ら自身
が抱いている不安、そして自己防御などの思いが、結局は彼らをしてあの三人
を告発する者へと導いたのでした。
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案の定でした。王は王として抱いていた一抹の不安が、またカルデヤ人は王
の態度の急変に対して抱いていた恐れ、不安が的中しました。
三人のユダヤ人青年によって、ネブカデネザル王は王としての自分の威厳が
家臣の面前で大いに損なわれたと怒りたけったのです。王はすぐさま彼ら三人
を連れてこさせ「もしお前たちが、いまここで金の像を拝み礼拝するなら、犯
したこの罪は無かったことにしてやろう」と偶像礼拝を迫り、そして命乞いを
するよう求めたのです。《しかし、もし拝まないなら、あなたがたはただちに
火の燃える炉の中に投げ込まれる。どの神が、私の手からあなたがたを救い出
せよう》と。
この世の国家や制度・規則が、もし自分の信じる思想信条に反することを求
めてきたら、その時私たちはどのようにそれらと関わっていけば良いのでしょ
うか。過去の歴史を振り返るとき、そのことでどれほどの人々が自らの尊い命
を危険にさらしてきたことでしょう。
自分の考えや信条を翻すことは、ある意味簡単なことです。しかし真実を偽
ってまでそれを行なうことには、誰でも疑問と抵抗を覚えるのではないでしょ
うか。ましてや、まことの神を裏切ることなどできないことです。
三人の青年は、自分たちの信仰とその信条をはっきりと語ってこう言いまし
た。《もしそうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い
出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します》と。
そしてこうも付け加えたのです。《しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承
知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこ
ともしません。》と。
なんと彼らは、まことの神に仕えるためには、自分の命さえいとわなかった
のです。それは世の多くの人々に、なんと愚かな行為かと批判の機会を与える
ことでしょう。神に対する信仰というものが、そうまでして貫き通すメリット
のあるものなのかと、疑問に思う方も多いことでしょう。
でも考えてみてください。もしキリストの神が天地万物を造られた「まこと
の神」であって、私に「いのちを与え、またこれを取り去るお方」であるとす
るなら、この方に一切をお委ねすることほどに私たちの心の平安・安心はない
のです。
これまでにも彼らは危険な目に出会ってきました。町を破壊され、生活のす
べてを奪われ、全く知らない土地に連れてこられ・・・ でも、その都度彼ら
はキリストの神の助けを得てこの世にあって生きて来たのです。神に喜ばれる
ことは何かを常に考えながら、右の道を選ぶか左の道を選ぶか、祈りつつ選択
し歩んできました。その祈りに神は応えて、最善の道を示し、これを進むよう
にとみ声をかけてくださったのです。
人は裏切ることがあります。しかし神は、その言葉は決して裏切ることがあ
りません。だからこそ、どんな状況の中にあっても神への信頼は揺るがないの
です。たといその時自分が望んだように事が運ばなくても、神の御心であると
の確信が与えられれば、私たちは喜んであるがままを受け入れることができる
のです。
三人の青年シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは、まさにその心境にあっ
たのです。ですから王に対して、恐れることなく自分の信じるところをはっき
りと言うことができました。彼らの心には平安がありました。奪われることの
ない希望がありました。
王の最後通告にさえ従わなかった彼ら。なんという強情者かと、世間の人は
言うでしょう。これでは殺されても仕方がない、と同情もしてもらえないこと
でしょう。
しかし神は生きておられます。聖書の記録は、事の結末がどうなったかにつ
いて、こう書いています。
《ほむべきかな、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。神は御使いを
送って、王の命令に背き、自分たちのからだを差し出しても、神に信頼し、自
分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まないこのしもべたちを救わ
れた。それゆえ私は命令する。諸民、諸国、諸国語の者のうち、シャデラク、
メシャク、アベデ・ネゴの神を侮る者はだれでも、その手足は切り離され、そ
の家をゴミの山とさせる。このように救い出すことのできる神は、ほかにない
からだ。》
今回も神は、神に対して忠実・誠実に生きる者たちを捨て置かず、全能の力
をもって守り支えられたのです。この方が「まことの神」だからこそ、彼に信
頼する者を神は守られるのです。
キリストの神を信じるメリットは何でしょう? しいて言えば、魂に平安が
与えられること。この世の人生を歩む中で、常に安心と希望を維持できること
でしょうか。これって、すばらしい祝福、幸いだと思いませんか。
□□ 聖書のことば □□
ネブカデネザル王が、全土に住むすべての諸民、諸国、諸国語の者
たちに書き送る。
あなたがたに平安が豊かにあるように。
いと高き神が私に行なわれたしるしと奇蹟とを知らせることは、
私の喜びとするところである。
そのしるしのなんと偉大なことよ。
その奇蹟のなんと力強いことよ。
その国は永遠にわたる国、
その主権は代代限りなく続く。
(旧約聖書 ダニエル書 4章 1−3節)
〓〓 【通 信】 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 † 〓〓
■本日も最後までお読みいただき感謝します。
記事を読んで、何かお気づきの点やご意見、ご感想、ご質問などありまし
たら遠慮なく下記までメールをお寄せください。
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■好評、毎週放映中!キリスト教テレビ番組『ライフ・ライン』
受信局によっては放映日時が異なりますので、下記をご確認のうえ
お楽しみください。
≪土曜日放映局≫
青森テレビ 朝6:00〜 福島放送 朝6:00〜
新潟放送 朝5:30〜 千葉テレビ 朝7:00〜
テレビ埼玉 朝8:00〜 静岡第一テレビ 朝5:00〜
≪日曜日放映局≫
びわこ放送 朝7:15〜 サンテレビ 朝7:00〜
北海道放送 朝5:00〜 群馬テレビ 朝7:00〜
テレビ神奈川 朝8:30〜
◇8月の放送予定分(番組内容は変更になる場合もあります)
第1週 「尽きぬ愛を携えて」─ アリ・レジャイアンさん ─
神奈川県小田原市に住むイラン人牧師アリ・レジャイアンさんの
2回目(前回は7月8日に放送)。来日して16年、イランでの経
験を生かしてサッカーのコーチや演劇活動など、牧師の働きとと
もに様々な活動をしている。自分を救ってくれたキリストの愛を
多くの人に知ってほしいというアリさんの活動を紹介する。
第2週 「ライフ・ラインのつどいin新潟」─ 関根 弘興牧師 ─
新潟県魚沼市で行われた「ライフ・ラインのつどい」から、「変
わらない約束」と題して語られた関根弘興牧師による聖書のお話
をお届けする。
第3週 「栄冠をめざして」 ─ 佐藤 健さん ─
千葉県船橋市に住む佐藤健さんは、67歳で国際協力機構JICAの
シニアボランティアとしてチリに派遣され、卓球ナショナルチー
ムの技術アドバイザーコーチとして選手の指導にあたってきた。
かつて日本の大学や実業団の監督として活躍した佐藤さんに、若
い選手たちの指導者として、またクリスチャンとしての歩みにつ
いてお話を伺う。
第4週 「竹工芸一筋60年」─ 小菅 吼月(こうげつ)さん ─
新潟県南蒲原郡に住む小菅吼月さんは、竹工芸作家として60年
間、独自の造形美を追求し続けている。現在の作品にはキリスト
教の信仰が反映しているという小菅さん。制作の様子や作品を紹
介しつつお話を伺う。
**********************************************************
■永遠のベストセラー「聖書」を進呈中!
未だ聖書を読んだことがないという『あなた』に無料進呈します。
希望される方は住所・氏名など、送付に必要な情報を下記までご連
絡下さい。進呈する聖書は『新約聖書』です。(注意:文字極小)
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