【聖書】再確認
発行日時: 2006/8/19 〓〓†【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第297号 〓〓
おはようございます。本日もご愛読ありがとうございます。
むし暑い日が続きますが、お元気ですか?
夏バテしてませんか? 盆休みはゆっくり出来ましたか?
キリスト教ではお彼岸も盆も関係ないことですが、先日墓掃除へ行っ
てきました。長い間放ったらかしでしたので、さぞかし雑草がたくさ
ん生えていることだろうと覚悟して行きましたところ、何とまぁ、こ
のところのあまりの暑さで、みごと雑草は総枯れ状態に。
普段の半分近い時間で作業は終了。
暑さから逃げるようにして、そそくさと帰ってきました。
◆◆ 今日のメニュー ◆◆◆◆
φ(^O^)/ [聖書を開けば]: 再確認
φ(^O^)/ [マメマメ知識]: パウロとバルナバの反目
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今日の聖書個所 : 使徒の働き 15章 36節
幾日かたって後、パウロはバルナバにこう言った。
「先に主のことばを伝えたすべての町々の兄弟たちのところに、また訪ね
て行って、どうしているか見て来ようではありませんか。」
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以前キリストの福音伝播のためにアンテオケ教会から布教に旅立ったパウロ
とバルナバは、予定の行程を行き巡ったのち再びアンテオケ教会に戻り、その
後しばらくは同教会において、新しく加えられる信者たちのために教師として
指導の奉仕にあたりました。
そのころ、外国人の中に続々とキリスト者が誕生しているとの報告を受けた
エルサレム教会は、さらに詳しい情報を収集するため、数名の人々をアンテオ
ケ方面に派遣しました。この時、派遣されたユダヤ人キリスト者が「救いに関
する教義」について特別な指示を受けていないにもかかわらず『あなた方は我
々と同様、割礼を受けなければ救われません』と教え、割礼は救いと不可分の
関係にあると外国人キリスト者たちに割礼と律法の遵守を求めたのでした。
パウロを通してキリストの福音を説き聞かされていたキリスト者たちは、エ
ルサレムから来たユダヤ人キリスト者が求める割礼の一件で当惑し、彼らの間
に混乱が生じたのでした。
それを知ったパウロは、直ちに彼らと激しい論争を展開しますがラチが明か
ず、結局彼らを遣わしたエルサレム教会において「キリストの教えに基づく統
一された見解とその意思決定を図る」ため、他の使徒たちや長老を集めて再討
議することにしたのでした。これが前回紹介した『エルサレム会議』と呼ばれ
るものでした。
会議の結果、救いはキリスト・イエスに対する信仰のみによって与えられる
「神の恵み」であり「神の一方的祝福」であることを確認。また、神が律法の
うちに与えられた教え・戒め等については「神のことばに聞き従え」という点
において重要なことではあるが、これを完全に守り行なうことが救いを受ける
ための必要条件であるとは神ご自身言われていない、ということも確認したの
でした。実際、どんな人間でも神の律法を完全に守り行なうことは不可能なこ
とです。と言うことはつまり、律法を追い求めることによっては誰も永久に救
われない、ということになります。
のちにパウロが語っていることですが、律法は、私たち人間の無力さを明ら
かにするために神が与えられたものであり、私たちをキリストの福音に導くた
めの「養育係」だったのです。
救いは、ただキリスト・イエスを信じる信仰のみによって与えられる!
キリスト者となったユダヤ人たちは、もともとその歴史的宗教的民族的背景
にユダヤ教律法を持っており、かつてはこの律法に導かれ支えられて生きてき
ました。そんな彼らがいまキリストの福音に触れ、神が与えられた新しい契約
(と言っても、実はそれは古い契約の成就と更新を意味するものでした)を知
り、これを信じ受け入れたからこそ「神の子イエス様の命令に従って、罪の悔
い改めと水によるバプテスマを受け」キリストの信仰に入ったのです。
とは言え、そこはやはり基本的にユダヤ人である彼らのこと。長年の慣習、
つまり割礼の習慣は「異邦人と交わってはならない」「異教徒の家に入っては
ならない」等など、彼らが他の異教徒とは違う「神に選ばれ、聖とされた特別
な民である」との自覚・意識を持たせるための「しるし」になっていました。
ですからキリスト者となって以後もユダヤ人たちは、割礼を受けていない異邦
人キリスト者との交わりにためらいを感じざるを得ず、そこで先走った思いか
ら「彼らにも割礼を求めるべきだ」との考えに至ったのです。
エルサレム会議で決められたこと、それは異邦人キリスト者に対して「次の
ことだけを特に注意するように」との指示でした。すなわち《偶像に供えた物
と、血と、絞め殺した物と不品行とを避けること》これ以外のことは、強いて
何も求められることがありませんでした。そして、このことを記した諸教会宛
の手紙が「ユダとシラス」という二人の弟子に託され、彼らはパウロたちと共
にアンテオケ方面へと向かって行ったのです。
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さて実は、例の「救いに関する誤った考え方」はすでにユダヤ人キリスト者
たちを通してアンテオケ以外にも広く異邦人キリスト者の群れに伝播していた
らしく、その悪しき影響を誰よりも心配していたパウロはエルサレム会議から
戻ってしばらくしてのち、かつて行き巡った宣教地をぜひ再訪問したいとの思
いに導かれたのでした。正しい信仰のあり様を再確認するためでした。
ところで、最近起こっている様々な事件・事故を見ていますと、安全に関す
る基本的事項の確認が徹底して為されていないことが原因ではないか、と思わ
される節が多々あります。マニュアルはきちんと整えられているのに、これを
用いる人間の側の意識が薄く、再確認がおろそかにされているのです。毎回毎
回うんざりするほどに、安全に関する基本確認は繰り返されるべきです。『も
う十分わかっていますヨ』と言いたくなる気持ちも、わかります。でも「うっ
かりミス」をやってしまうのが人間です。何が、どんなことが事故のきっかけ
になるか分かりません。これぐらいは大丈夫だろうと思うその気持ちが、誰か
の尊いいのちを奪うことになるやも知れないのです。
パウロは、かつて自分が蒔いた福音の種によって新しく生まれたキリスト者
たちが、もし再び例の誤った福音によって苦しみの道に逆戻りしているとする
なら、それを「見てみぬ振り」でいることなど到底出来ない、と考えました。
いいえ、健全な信仰を維持するにおいて「この危険な状況」をただ黙って見過
ごしていることなど、パウロには出来なかったのです。なぜなら、パウロは彼
らを同じキリストにある兄弟として愛していたからです。彼ら一人一人の魂の
安全について、これを神から委ね任されていたからです。使命感、責任感のゆ
えに、彼は手をこまねいてはいられませんでした。
イエス様はかつてこう言われています。《わたしを信じるこの小さい者たち
のひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、
湖の深みでおぼれ死んだほうがましです》と。つまずきを与える者はのろわれ
るべきですが、そのつまずきとなる原因に対して「無関心でいること」は同罪
なのです。パウロは、そうした意味からも「じっとしていることができなかっ
た」のです。
時にパウロは、前回同様バルナバと共に出かけるつもりでいました。ところ
が「従兄弟のマルコを同行させたい」と願うバルナバとの間で意見の対立を生
じ、結局二人はやむなく「別行動」をとることになりました。
パウロはあらたにエルサレムから来ていたシラスを同行者に選び、陸路を北
に向かってデルベ、ルステラの町へと足を進めました。これがパウロの第二回
伝道旅行の始まりとなりました。
一方のバルナバは、従兄弟のマルコを伴い、前回と同じく船でキプロス島へ
と渡って行きましたが、聖書はその後のことについて何も記していません。こ
れは、実はこの『使徒の働き』を記録した記者ルカがパウロたちと行動を共に
していたからです。ですから当然のことながら、これ以降の記録においてはパ
ウロの行動がメインとなり、ルカの目から見た詳細な記録が残されることにな
るのでした。
□□ 聖書のことば □□
しかし、私たちであろうと、天の御使いであろうと、
もし私たちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ
伝えるなら、その者はのろわれるべきです。
(新約聖書 ガラテヤ人への手紙 1章 8節)
しかし、人は律法の行ないによっては義と認められず、
ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、
ということを知ったからこそ、私たちはキリスト・イエスを
信じたのです。
(新約聖書 ガラテヤ人への手紙 2章 16a節)
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パウロとバルナバの反目
パウロが、バルナバと共に第二回目となる伝道旅行に出かけようとした際、
バルナバの従兄弟マルコのことが原因となり、とうとう二人は別行動をとるこ
とになった。
そもそもマルコは、先の伝道旅行においてパウロたちに同行を試みるも、彼
らが異教の地を目指してさらに奥地へと進んでいくことに一抹の不安を覚え、
結局キプロス島からパンフリヤに渡った時点で一行から一人離脱して、そそく
さとエルサレムへ帰ってしまったのであった。
パウロはこのことがよほど気に食わなかったらしく、今回再び伝道旅行に彼
を参加させたいとするバルナバに対し、激しく反対したのであった。聖書には
「パウロは、大切な仕事を放っぽり出して途中棄権するような者は、一緒に連
れて行かないほうが良いと考えた」と書いている。
キリストの福音宣教のために活動するも、その意気込みと使命感の深さの違
いは、時としてこのような反目を生じさせる。パウロとバルナバはこれ以降別
行動をとることになるが、しかし神はいずれの働きも尊く用いられた。
パウロとバルナバおよびマルコとのその後の関係であるが、彼らは和解をし
特にマルコについては、パウロがローマの獄中から手紙を書いたときには共に
おり、パウロは彼のことを同労者とも呼んでいる。
(参考資料: 新聖書注解 、 パウロの伝道旅行記 他 )
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