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【聖書】救われるための条件
発行日時: 2006/8/12 〓〓†【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第296号 〓〓
おはようございます。本日もご愛読ありがとうございます。
毎夏この時期に行なわれる「びわこ花火大会」── 今年は台風7号
接近のため開催が当初予定から三日ずれ込み11日(金)にありました。
以前にも書いたことですが、私はここ数年直接花火を見に行ったこと
がありません。なにせ「あの人ごみ」が大嫌いなんです。行き帰りの
ことを考えるだけで相当疲れますからねぇ。
地元テレビ局のライブ中継があり、我が家はこの「箱」を通しての見
物でした。もっともテレビのことですから、途中で無粋なCMは入りま
すし、臨場感、迫力なんていうものもありません。そういうところが
お祭好きの家内には実に不満なようでして・・・・
いいえ、現場に連れて行こうとしない「私」に不満なようです!
皆さんの地域では、この夏、どんなイベントが予定されていますか?
ひょっとして、もう済んじゃいましたか?
◆◆ 今日のメニュー ◆◆◆◆
φ(^O^)/ [聖書を開けば]: 救われるための条件
φ(^O^)/ [マメマメ知識]: エルサレム会議
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◇◆◇◆ (^^)/ [聖書を開けば・・・] コーナー (^^ゞ ◆◇◆◇
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今日の聖書個所 : 使徒の働き 15章 1−2節
さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに「モーセの慣習に
従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えていた。
そしてパウロやバルナバと彼らとの間に激しい対立と論争が生じたので
パウロとバルナバと、その仲間のうちの幾人かが、この問題について使
徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。
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異邦人に対するパウロとバルナバの積極的布教活動により、彼らが行き巡っ
た地では多くの異邦人回心者が起こされました。それはまさに、神がパウロを
遣わし行なおうとされた《地の果てにまで救いをもたらす》計画の先駆けとな
る成果でした。
このように異邦人が徐々にキリスト者として仲間に増し加えられる中で、あ
る重大な問題がもちあがりました。
それは、エルサレム教会から派遣された兄弟(キリスト者は信者同士を互い
に兄弟・姉妹と呼び合います。それは皆が同じ神の家族の一員であることを意
識することから出た慣習です)が、異邦人キリスト者に対して《モーセの慣習
に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない》と教えた、というの
です。これが異邦人キリスト者の間に大きな混乱を与えることになりました。
この件で一番憤慨したのは、実にパウロとバルナバでした。と言うのも、こ
の兄弟が主張する教えは、パウロがこれまで異邦人たちに教え説いてきた「救
いに関する理解」をまったく無にしてしまうほどに後退させるものだったから
です。
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『救われるためには、私たちと同じように割礼を受けなければならない』と
の教えは、言い換えれば、異邦人キリスト者が救われ、新たに神の民の一員と
して留まるためには、ユダヤ人同様に契約の儀式も行なわなければならない、
というものでした。
ユダヤ教の背景をもつユダヤ人キリスト者にとって、あらたに生まれた異邦
人キリスト者との関わり方はまったく未知のものでした。正直言って、彼らは
まだユダヤ教的選民意識が捨てきれず、キリスト者となった今でも異邦人との
交わりを汚れたものとみなしていたのです。ですから、異邦人キリスト者にも
自分たちと同様の割礼を施させれば、いわゆるきよめが与えられ、同族として
彼らと自由に交わりが持てると考えたのです。
しかしこの考え方は、キリストの福音に示された救いについての根本的教え
から大きく逸脱するものでした。同じキリスト者でありながら互いの間に垣根
をもうけ、相手を自分より劣った存在として見くだし、また歩調を合わせるた
めに、自分からではなく相手の譲歩を強要する。すべては身勝手で、傲慢な動
機から出る考え方です。
救いのために異邦人キリスト者に割礼を求める。ここにある根本的な間違い
は、割礼そのものに「人を救う力はない」ということ。割礼は、神への信仰を
明らかするための契約のしるしであって、ここで重んじられるべきは「神への
信仰それ自体」なのです。割礼という儀式、あるいはその形式を重要視するこ
とにはまったく意味がありません。
パウロは彼らと激しく論争を展開しました。しかしまったく埒(らち)が明き
ません。そこでパウロたちは、ユダヤ人キリスト者が他の場所においても指導
権を握り、再び異邦人キリスト者の信仰を間違った方向へと導くことがないよ
う、この際エルサレムへ赴いて「統一的教義」を確立するべく、その話し合い
のために出かけて行くことにしたのです。
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エルサレムに着くと、やはりかつてパリサイ派に属していた者で、今はキリ
スト者となった人々がパウロに対峙して立ち上がり『異邦人にも割礼を受けさ
せ、モーセの律法を守ることを命じるべきだ』と挑んできました。
そこで使徒や長老たちは、この問題をもっと深く検討するために、双方から
詳しく意見を聴取しようと議論する場を持ちました。
激しい論争があったのち、ペテロが口を開いて言いました。《なぜ、今あな
た方は、私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの
首にかけて、神を試みようとするのです》と。実はこのとき、ペテロ自身もパ
ウロ同様に異邦人キリスト者に対する神のご計画を知らされており、従って過
去のユダヤ教的教義をもって新しく招かれる人々のわずらいとなることがない
よう願っていたのです。
そしてイエス様の兄弟で、エルサレム教会では最長老的存在となっていたヤ
コブが全体をまとめてこう言いました。《私の判断では、神に立ち返る異邦人
を悩ませてはいけません。ただ、偶像に供えて汚れた物と不品行と絞め殺した
物と血とを避けるように、書き送るべきだと思います。》と。
これが結論でした。要するに、異邦人があらたなキリスト者として迎えられ
るとき、彼らには少なくとも今後ユダヤ教的律法の足かせをはめるような愚か
なことはせず、福音の本質である《義人は、信仰によって生きる》を実践する
よう勧め励ましていくこと。
パウロが確信し教えているように、人が救われるために必要なことは肉の手
による業や行ないではなく、ただキリスト・イエスを神の子と信じる信仰のみ
なのです。
神のことば、聖書は言います。キリスト・イエスを信じる者は、決して失望
に終わることがありません。イエス様を信じなさい。そうすればあなたもあな
たの家族も救われます。人を罪より救い得る名前は、キリスト・イエスのほか
をおいては天下の誰にも与えられていません。
あなたは自分の行ない、律法に従う道をもって救われることを求めますか。
それとも、イエス様の十字架による救いを信じる信仰をもって、さらに救いの
道を歩み続けますか。信じる者こそ、救われるのです。これが神の約束です。
□□ 聖書のことば □□
聖霊と私たちは、次のぜひ必要なことのほかは、
あなたがたにその上、どんな重荷も負わせないことを
決めました。
すなわち、偶像に供えた物と、血と、絞め殺した物と、
不品行とを避けることです。
これらのことを注意深く避けていれば、それで結構です。
以上。
(新約聖書 使徒の働き 15章 28−29節)
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◇◆◇◆◇ (^^)/ [マメマメ知識] コーナー (^^ゞ ◆◇◆◇◆◇
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エルサレム会議
パウロの働きによって、キリストの福音はユダヤ人だけでなく外国人にも広
く伝播することとなった。もはや神の祝福に与る信仰はユダヤ人だけのもので
はなくなり、新しく誕生した異邦人キリスト者の群れにも及ぶことになったの
である。
初期キリスト教にあっては、イエスの兄弟ヤコブや直弟子ペテロが指導者で
あるエルサレム教会と、パウロやバルナバをおもな指導者としていただくアン
テオケ教会が有力な「二大教会」として存在していた。前者はキリスト教の総
本部的教会であり、ユダヤ人回心者を中心に信者の群れを形成。後者は、元来
異邦人伝道への拠点として誕生した教会であり、従って多数の外国人回心者が
集う国際的教会の体を形づくっていた。
ある時、アンテオケを訪れたユダヤ人キリスト者が異邦人キリスト者に対し
て「救いに関わる教義と実践」について次のようなことを語って教えた。すな
わち、人が救われて神の民の一員として生きるについては、たとい異邦人であ
っても、かつて神がユダヤ人に求められた律法および祭礼に伴う諸儀式には従
わなければならない、と。この時問題とされたのが『割礼』であった。
これに端を発して、実はエルサレム教会で教会史上「最初でもっとも重大な
会議」が開かれることとなった。これを『エルサレム会議』と呼んでいる。
「異邦人も割礼を受けてユダヤ人の律法を守らなければ救われない」とする
ユダヤ主義的キリスト者の主張は、パウロ・バルナバたちの福音解釈からすれ
ば当然異議を唱えざるを得ない考え方であった。「救いは、ただキリスト・イ
エスを信じる信仰によってのみ与えられる」のであり、それは信仰の本質に関
わる重要な問題であった。そこで二人は主だった使徒たちと協議を図るべくエ
ルサレムに赴いたのである。
激しい論争の結果、律法を守ることから異邦人を解放し、救いはただ信仰の
みによることが確認された。ただこの時、ユダヤ人キリスト者と交わりが持て
るように、特に異邦人キリスト者に対しては以下のことが求められた。すなわ
ち、偶像に供えて汚れた物・不品行・絞め殺した物、そして血を避けること。
このエルサレム会議は、紀元49年ごろに開かれたと言われている。
(参考資料: 新聖書辞典 いのちのことば社)
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