【聖書】十字架の力について
発行日時: 2006/4/1 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第278号 〓〓
おはようございます。本日もご愛読をありがとうございます。
四月に入りました。
キリスト教の暦では、今月の第三日曜が十字架での死から甦られたイ
エス様の「復活記念日」にあたります。これを復活祭・イースターと
いいます。クリスマスと並んで、いやそれ以上に重要な意義をもつ出
来事です。私やあなたにとって。
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イスラエルの人たち。このことばを聞いてください。
神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと、不思
議なわざと、あかしの奇蹟を行なわれました。
それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされた
のです。これは、あなたがた自身がご承知のことです。
あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこ
の方を、不法な者の手によって十字架につけて殺しました。
しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせまし
た。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。
(新約聖書 使徒の働き 2章 22−24節)
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この聖句は、イエスの一番弟子であったペテロが、主イエス復活の出来事に出会った後、はじめてユダヤ人を前にして語ったメッセージの一部分です。
そもそも弟子ペテロという人物は、福音書に書かれた諸記録からうかがい知るところによれば、たいへん積極的で、情熱的な信仰をもつ人でした。主の弟子として召命を受けると、以後彼は持ち前の積極性を生かしてリーダーシップを発揮。弟子たちのトップに立ち、良かれ悪しかれとにかく弟子集団を仕切りました。何事においても、彼は常に先頭を切って「頑張った」人でした。
しかし時にはその積極性が災いし、行き過ぎた言動をすることもしばしば。
ある時などは、イエス様がご自分の身に起こる十字架に関し、神のご計画を明確に語られた(預言された)にもかかわらず、ペテロは「そんなことがあなたに起こってはなりません」と、意味も判らずにただそれを否定する発言をしてイエス様から厳しい叱責を受けました。
またある時は「イエス様の行かれる所であれば、たといそれが死であっても私は従います」と、一番弟子のメンツをかけて告白するものの、いざその状況に立たされてみると、なんと彼は三度も「私はイエスという男を知らない」と言い放っているのです。
燃える気持ちとは裏腹に、ペテロの行動はことごとく自分自身を裏切るものばかりでした。『心は燃えていても、肉体は弱いのです』とイエス様は言われましたが、これが復活のイエス様に出会う前のペテロの本当の姿であり、ご聖霊を受けるまでの彼のありようでした。
ところが、どうでしょう。復活の主、甦られたイエス様に出会い、その後天からの力にも満たされた彼は、まったく見違える人間に変えられました。新しくされたのです。その証拠が冒頭のメッセ―ジ(内容)であり、これを語る彼自身の正真正銘雄々しいその姿です。
いまペテロが目にしている群集は、約二ヶ月ほど前にはイエス様を捕らえて十字架につけた人々でした。あわよくばその弟子集団をも捕らえて、ローマに引き渡すつもりでいた同じ人々です。イエス様が捕らえられた当初、ペテロを筆頭とする弟子たちはみな、たしかにイエス様を見捨てて逃げてしまうほどに彼らを恐れました。自分自身にも同様の災いが及ぶ、つまりイエス様の仲間として受けるであろういのちの危険を恐れたのです。肉的な恐れに彼らは捕らわれていました。それは、これまでの彼らの生き方が「肉に従う生き方」「肉に寄り添う歩み方」だったからです。肉的頑張りは、ある程度の成果を自分自身にもたらします。しかし必ず限界がやって来ます。挫折がやって来る。ペテロたちはそのことを十分に体験したのです。学んだのです。
自分の知恵・知識・力に頼るのではなく、全知全能の神に頼る生き方。肉の力を頼みとするのでなく、真の神に一切を委ね、この方を信頼して生きるあり方。ペテロは主の復活を見、また天からの力を着せられて、すっかり変わりました。変えられました。十字架を境に、彼は確かに変えられたのです。
パウロも同様の変化を経験した人物です。「私は弱いときにこそ強い」と言います。「キリストを知ったがゆえに、それまで得ていたこの世での知識、富、名誉、力、財力のすべてを塵あくたと思うようになった」と。
敵する者が言うように「十字架は敗北」ではありません。たしかにある意味あなたの想像していた姿とは違ったかも知れません。それで一瞬ですが、それを「敗北」と感じたのかも知れません。しかし時が経つと判るのです。真価が現われるのです。十字架は勝利、真の勝利をあなたに与え得る神の剣、神の盾です。
□□ 聖書の言葉 □□
十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、
救いを受ける私たちには、神の力です。
ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシャ人は知恵を追求します。
しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝える
のです。
ユダヤ人にとってはつまづき、異邦人にとっては愚かでしょうが、
しかし、ユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者
にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。
なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い
からです。
(新約聖書 コリント人への手紙第一 1章 18,22−25節)
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