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【聖書】神の契約と神の愛
発行日時: 2006/2/18 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第273号 〓〓
おはようございます。本日もご愛読をありがとうございます。
先日のバレンタイン・デーに関するお話ですが、ある情報誌のアンケ
ート調査によれば「こんな慣習はなくなってしまえば良い」と思って
いる女性OLが、なんと回答者全体の70%を占めたとか。
主な理由としては「本命のチョコ作りに、数日から一週間程度を要す
るため」だそうで、要するに「それプラス義理チョコの準備なんて、
とても手が回らない」というのが本音らしい。
そこには「本命との恋の成就」を願う乙女の、義理にかけている時間
とお金がもったいない、というシビアな思いがあるようですが、たし
かに彼女たちにしてみれば「なんで毎回義理のためにまで神経を使わ
なアカンの」ってことですもんね。
えらい、すんまへんなぁ。気ぃ使わして・・・って、なんでワシがあ
やまらなあかんねん!
本日のメニュー:
φ(^^ゞ [聖書を開けば] コーナー “神の契約と神の愛”
φ(^^ゞ [マメマメ知識] コーナー “ぶどう園の主人と労働者”
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そこで彼らはそれを受け取ると、主人に文句をつけて言った。「この
最後の連中は1時間しか働かなかったのに、あなたは私たちと同じに
しました。私たちは一日中、労苦と焼けるような暑さを辛抱したので
す。」
しかし、彼はそのひとりに答えて言った。「私はあなたに何も不当な
ことはしていない。あなたは私と1デナリの約束をしたではありませ
んか。自分の分を取って帰りなさい。ただ私としては、この最後の人
にも、あなたと同じだけ上げたいのです。」
(新約聖書 マタイの福音書 20章 11−14節)
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これは「神が与えられた契約、および神ご自身の慈しみ深さ」について説明をするため、イエス様がたとえ話をもって弟子たちに語られたものです。
その話とはこうです。あるぶどう園の主人が、ぶどう収穫のための働き手を求めて市場へ出かけました。早朝一番に出かけた際、彼は『一日1デナリ』の契約をもってある人々を雇いました。その後さらにぶどう園の主人は9時、12時そして午後3時ごろにも同じように市場へ出かけ、仕事にあぶれている人々を見つけては雇い続けました。彼が最後に市場を訪れたとき、時刻はもう夕方の5時になっていましたが、そんな時間になってもまだ仕事につけずにいる人たちが数名いましたので、ぶどう園の主人はそんな彼らにも声をかけ、直ちにぶどう園へ行って働くよう指示を与えました。
さて、ユダヤでは、一日の労働は明け方から始まり、夕方6時には終わらなければなりません。その就労の終りを告げる時刻を迎えたとき、ぶどう園の主人が監督に言いました。「契約に従って、最後に来た者たちから順番に賃金を支払ってやりなさい」と。そこで監督は、夕方の5時ごろすなわち最も遅くに雇われた者たちから始めて、午後3時ごろに雇われた者、12時ごろに雇われた者、そして朝の9時ごろに雇われた者に対して、日当「1デナリ」を手渡しました。
そのとき、この様子をじーっと眺めていた、誰よりも早くに雇われ、誰よりも多くの時間炎天下の下で働いてきた人々は、心密かに期待をしました。「わずかな時間しか働いていない彼らが1デナリをもらっている。と言うことは、彼ら以上に多くの時間を働き、多く汗水を流した我々には、当然それ以上の賃金が支払われるに違いない」と。
ところがその彼らに支払われた賃金は、先の人々に手渡されたと全く変わらない「1デナリ」だったのです。そこで彼らの不満は怒りとなり、一気に雇い主である主人に向かって噴きだしました。《この最後の連中は1時間しか働かなかったのに、あなたは私たちと同じにしました。私たちは一日中、労苦と焼けるような暑さを辛抱したのです。》
たしかに一般的に考えた場合、最も長い時間を働いた人の賃金と最も短い時間を働いた人の賃金が「全く同じ」というのは、誰が聞いても納得がいきません。もしあなたや私が労働者としてその場に居合わせたなら、当然「主人の不公平さ」に抗議をしていることでしょう。少なくとも私だったら、間違いなくその中で抗議のプラカードを手にし、声高々にシュプレヒコールをあげていたと思います。
しかし、すこし冷静になって、この場合の労働者である自分の立場や最初に主人と交わした「契約」についてのことを考えると、実はこの抗議行動自体に誤りがあったことに気づかされます。もちろん主人に対する誤解も含めて。
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そもそもなぜこの時「労働者である彼ら」は「雇い主である主人」に対して不満と怒りを覚えたのでしょう。それは、労働者全員に「同一賃金」が支払われた、ということに対するものでした。「私は約束通り丸一日を働きました。しかし彼らは後から来て、しかもわずか一時間しか働いていないんです。にもかかわらず私の取り分と彼らの取り分とが同じだなんて、それはちょっとおかしいんじゃないですか? 金額面で幾らかの差を付けてもらっても良いのではと思うんですが・・・。」「実に不公平です。」これが彼らの主人に対する思いでした。
他人と比較して「どうも自分に対する評価が低すぎる」「正当に評価されていないのでは」と訴える労働者。一見それは的を射た訴えとも思えます。しかし彼はそれを口にする前に、自分自身がそもそも置かれていた元の立場・状態を思い起こすべきでした。
つまり、いま賃金のことで抗議する彼は、元は市場にあって他の労働希望者と共に「今日一日の糧のためにどうやって仕事にありつこうか」と思案している者のひとりだったのです。早々と雇われてその日の食い扶持に与った彼も、最後の最後に雇われ、ようやくぶどう園での仕事にありつけた他の人々も、元は同じ立場にある「ご同輩」。つまり、雇い主から声をかけてもらわねば如何とも為し難い存在、今日を安泰に生きることに「受け身」を取らざるを得ない立場にあった人たちだったのです。
同じ状況下にあってたまたま自分が一足早く雇われた、というだけのこと。もし主人が「彼」ではなく他の人を先に指名し雇っていたなら、そうです、立場が逆転していたなら、彼らは感謝こそすれ、こんなあつかましい不平を口にすることはしなくて済んだかも知れません。
そのことを思うと、ここで雇われた労務者たちは全員、実労時間はそれぞれに違うことですが、まずは「仕事が与えられて、少なくともその日の生活が保障されたこと」を雇い主であるぶどう園の主人に感謝すべきなのです。このように「賃金の過不足について文句を言う」などは、考え違いも甚だしいと言うべきでしょう。
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賃金のことで「主人の不公平さ」を批難した人々。しかし考えてみれば、そもそも彼らは「一日1デナリ」という約束、つまりその「契約」で雇われたわけですから、契約の本質上、極端に言えば、主人が彼らの働きぶり、その仕事の成果云々によらずに「一日分として1デナリを支払った」ことには何の問題もなく、むしろそれは「当然のこと」でした。主人はまことに忠実・誠実に約束を果たしてくれたのです。
ただ、この主人は非常にあわれみ深く、すべてに思いやりのある人物であったらしく、それゆえ、後わずかしか就労時間がないにもかかわらずあらたに人を雇ったり、またわずか一時間しか働かなかったその人たちに対しても、他の人々と同じく「1デナリを支払うことにした」のです。《ただ私としては、この最後の人にも、あなたと同じだけ上げたいのです》とありました。それは主人の権限をもってなされたことですから、雇われた人々の口出しすることではないのです。
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さて、ここに登場したぶどう園の主人は「神ご自身」を表わし、彼に雇われた人々とは「私たち」を表わします。
この神は、あらゆる人生の機会をとらえて私たちとの出会いを設けられ、御心をもって私たちをご自分の内にある祝福へと招いておられます。彼は朝早くから日暮れ近くになるまで、たえず巷に出て行き、こう私たちに呼びかけておられます。《すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。》と。
神が、神のみ声に聞き従う私たちとの間に結ばれた契約は、私たちの将来に揺るぎない希望と平安を与えるものであり、それは魂に本当の安心を与えるものです。神の言葉、すなわち私たちに対する神の契約の言葉は真実で、決して私たちを裏切ることがありません。
もし信仰生活に対する不平・不満、疑いや恐れの生じることがあるとすれば、それは自分自身のあり方の中に問題があるか、あるいは神に対する誤解があるからです。天地万物を造られた唯一の神は、ご自分の語られた契約に誠実であり、慈しみ深く、そのあわれみは永久に造られた者たちの上に注がれているのですから。神は、変わらぬ愛をもって「あなた」を愛されています。
□□ 聖書の言葉 □□
すべての国々よ。主をほめたたえよ。
すべての民よ。主をほめ歌え。
その恵みは、私たちに大きく、
主のまことはとこしえに至る。
ハレルヤ。
(旧約聖書 詩篇 117編)
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ぶどう園の主人と労働者
パレスチナにおけるぶどうの収穫は、雨期が来る前に済まさなければならない一刻を争う忙しい作業でした。従って、一人でも多くの働き手を必要としました。このたとえ話に登場する主人のように、臨時の労働者を集めるために何度も市場に出かけなければならないこともあったようです。
しかしいくら忙しいとは言え今日のように残業はなく、就労時間は早朝6時から夕方6時までと定められていました。ですからその意味では、労働者の規則正しい生活は保障されていたようです。
一日の労賃1デナリは「その日の生活費そのもの」でした。ですから、労働者の側から見れば、仕事がないことは即「飢え」と直結することでした。その意味で、この主人のように、夕刻近くになっていたにもかかわらず、なお市場で仕事を求めてたむろしている人々を雇い、なおかつその労働賃金として1デナリを彼らに支払ったことは、低下層にある労働者たちの生活を思いみる彼の広い心、あわれみ深い心を示すものでしたが、それは結局、神が私たちを顧みておられる心そのものを表わす姿でもあったのです。
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