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【聖書】父と息子たち
発行日時: 2006/2/11 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第272号 〓〓
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ある人にふたりの息子がいた。
(新約聖書 マタイの福音書 21章 28b節)
ある人に息子がふたりあった。
(新約聖書 ルカの福音書 15章 11b節)
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イエス様が語られたお話の中にはたくさんの「たとえ話」があります。以前にもその中からいくつかを紹介したことですが、今日は、昔話などによく用いられる「ある所にお爺さんとお婆さんがいました」式の、いわゆる同じフレーズで語り始められた「ある親子に関するお話」を取り上げたいと思います。
もちろんこれら二つのたとえ話の中身はまったくの別物。けれども、そこで問題提起されている事柄に「ある共通性」を見出すことができるのです。今日はその点に関してお話しようと思います。
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一つ目の「マタイの福音書で語られたたとえ話」には、ぶどう園を持つ資産家の父親とその息子たちのことが取り上げられています。
ある時この父親のぶどう園では、猫の手も借りたいほどの「忙しい収穫期」を迎えていました。大勢の雇い人をもってしてもまだ足りないくらいの忙しさでした。そこで彼は息子たちの所に出向いて行って「手伝いに来るよう」頼んだのです。聖書には《きょう、ぶどう園に行って働いてくれ》と、父親がそれぞれに依頼したとあります。
父親はまずその手伝いを兄に依頼しました。兄は「行きます。お父さん。」と元気に即答。「さすがは兄だけのことはある」と、父親は我が子に頼もしさと好印象を覚えたことでした。しかし、兄は自らの言葉どおりに行動しませんでした。結局彼はその日ぶどう園へは行かず、自分の予定に従って、好き勝手な一日を過ごしたのです。
父親は弟にも「きょう、ぶどう園に行って働いてくれ」と頼んでいます。ところが弟の方は、それが急な話だったせいか、あるいはそんな仕事は使用人のすることだと反発を感じたためか、反射的に「私は行きたくありません」とその場であっさり父親の依頼を断わってしまいました。さぞ父親はがっかりしたことでしょう。育て方を間違えた、と後悔したかも知れません。
ところがそんな弟は、しばらくしてのち父親の依頼をつれなく断わったことへの自責に駆られ、自らを思い直し、少し後手になりはしましたが、たしかにぶどう園へ手伝いに行ったのです。
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このたとえ話を語り終えたイエス様は、続けてこう質問をされました。《ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう》と。
おそらく誰が考えても、答えは後者。すなわち、最初の返答はともかくも、結果として「父親の願いどおりに行動したのは弟の方だ」と言えるのではないでしょうか。
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ではこの事を心に留めながら、次のたとえ話に移りましょう。二つ目のたとえ話は「ルカの福音書に記されたお話」で、ここにはマタイのそれと同じく「裕福な家に生まれ育った二人の息子」について、それぞれ父親との関係で語られています。(ただし今回は「弟」の方にだけ注目したいと思います)
さてある日のこと、弟が父親に言いました。「お父さん、財産の生前分けをお願いできませんか」と。そこで父親は、彼らにそれぞれの受取分を分け与えたそうです。「ハイこれが兄ちゃんの分。そして弟よ、これがお前の分だ。」
するとどうでしょう。弟はすぐさま自分の荷物をまとめ、そそくさと実家を飛び出したのです。「金さえあれば、どんなことでもできる。これを元手に俺はデッカイ事をして、もっと豊かな富と成功を手に入れるぞ。」きっとそんな夢と野望を抱いて、彼は実家を飛び出したのではないでしょうか。
しかし彼の現実は非常に厳しいものとなりました。油断と傲慢もあって、彼は湯水のように金を浪費し、父親から譲り受けた財産も気がつけばすべてを使い果たしてしまうという状況に陥ったのです。いまや彼は全くの無一文になっていました。人前にお金をちらつかせている時は「友だち」として大勢集まった人間も、彼が無一文になったとわかると、途端に彼のもとを離れ去り、すっかり寄りつかなくなりました。
そんな彼の境遇にさらに追い討ちをかけたのは、町中を襲った大飢饉です。とうとう彼はその日の食べ物にも事欠く有り様となり、豚がえさとして食べる豆で腹を満たしたいと願うほどになったとあります。しかし人々は、それすらも彼には恵んでくれなかったのです。まさにこれが現実の社会。それは昔も今も変わりありません。
もうこれ以上の惨めな姿には成りようがない、そんなどん底状態にまで落ち込んだ時、彼はこの有り様のそもそもの原因はどこにあったのか、ようやくにして自己吟味し反省したのです。
初めは世間を恨み、時代を恨み、自分の人生を恨んでもみたことでしょう。すべての原因は自分の外にあると考えたことです。しかし最後には「自分の愚かさを自覚する」に至りました。他でもないその原因は「自分自身に」あったんだ、と。そして「我に返ったとき」彼は実家のことを思い出しました。
衣食住のすべてが調えられた環境の中に、両親の愛情にも満たされて生活していたあの頃、あの場所。「どうして自分は実家を離れてしまったのだろう。どうして父のもとを飛び出したのだろう。」後悔の念は日に日に深くなるばかりです。「しかし、いまさらどの面さげて帰郷できるだろうか。」「でも帰らなければ・・・。帰りたい。」
そこで弟は決心しました。《立って、父のところに行ってこう言おう。お父さん、私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私はあなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。》こうして彼は立ち上がり、重い足を引きずりながらも実家を目指して一歩一歩歩き始めました。
するとどうでしょう。まだ家まではかなりの距離があったにもかかわらず、遠くに我が子の姿を見つけた父親は《かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした》のです。
実は父親は彼を待っていました。彼が家を飛び出して行ったその日からずっと今日のこの日まで、父親はいつもいつも彼の帰りを願いつづけて待っていたのです。子どもに対する父親の愛に変色は見られません。昔も今も、その愛に変わりはなかったのです。
弟はこれまでの自分のあまりの身勝手さを深く悔い改め、これを父親に詫びるとともに、赦されるなら自分を再び受け入れてくれるよう申し出ました。もちろん息子としてではなく、雇い人のひとりとして。
これに対して父親は「息子よ、わたしはすでにお前を赦している」と言わんばかりに、彼のボロボロになった身なりを最上級のもので整え直し、身分回復のしるしとしての指輪を彼の指にはめさせたのです。
父親はこれまでの経緯について息子を問い詰めたり、責めたりすることはしませんでした。ただただ彼を愛しく思うばかりでした。
父親は弟が戻ってきたことを大いに喜び、すぐに祝宴を始めたとあります。しかも、特別な来客のもてなしでしか出さない子牛料理がその場に準備されたとありますから、彼の喜びの程度の大きかったことがうかがい知れます。
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さて、この二つのたとえ話が語っている共通のポイント、そのキーワードは何でしょう。それは父親の「息子に対する変わらない愛・無限の赦し」でありまた弟息子の「自覚・反省・悔い改め・立ち返りの姿」です。
ここに登場する父親は「神様」を表わしています。そしてその息子たちとは「あなたであり、私」を表わします。もう少し詳しく分類すれば、兄とは、神様の教えに忠実に従い、何とか神様に気に入っていただこうと『それなりの努力』を重ねるタイプの人たちのこと。弟とは、自分というものにある種の自信と誇りをもっている人たちで、それゆえに時として自分勝手な道にどんどん進んでいくタイプの人のことです。
最初のたとえにおいて、イエス様が《ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう》と人々に質問された、と言いました。父なる神は期待しておられるのです。神の御声に従順をもって応答するあなたの姿に。
父の願ったとおり、つまりは私たちへの父の期待、その願いが何であるかを知って、彼の息子としてこれに応答すべく自分のあり方・生き方を積極的に調える人間になりなさいと、これらのたとえ話は語っているのです。
そのために重要となる第一歩は、正直な自己吟味であり、それに基づく次なるステップへの決断と行動力です。
昔のコマーシャルに『反省だけならサルでもできる』というのがありましたが、私たちは『神のかたちに似せて造られた生きもの』ですから、威厳と尊厳をもって雄々しく振舞いたいと思います。潔くありたいと思います。
私たちのような罪深い者をなお愛し、その罪をイエス様の十字架の血潮で聖め赦してくださった神。私たちはこの神の愛を信じ受け入れ、そしてこの方の大きくて深い御心のうちに立ち続けたいと思うのですが、あなたはどうでしょうか?
□□ 聖書の言葉 □□
肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。
食べて祝おうではないか。
この息子は、死んでいたのが生き返り、
いなくなっていたのが見つかったのだから。
(新約聖書 ルカの福音書 15章 23−24節)
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やっちゃいました!!
先日、ある事情からどうしても写真が一枚入用となりました。実はその件で私はトホホの経験をしてしまったのですが、そのときのことを少しお話したい
と思います。
入用の写真といいますのは「建物を被写体とする写真」で、その提出期限が目の前に迫っていました。もし今流行りのデジタルカメラやカメラ付き携帯電話などを私が持っていれば、事は何事もなく済んでいたと思われます。が、もともと我が家にも私にもそんなものは無く、あるのは昔ながらのフイルム式カメラが一台だけ。
そのとき「アッ!」と思い出しました。たしか去年の旅行の際に使ったフィルムがまだ若干残っているはず。フイルムを使い切らないで現像に出してしまうのはもったいない、と写真機にそれを残したままでいたことを今の今まで忘れていたのです。
貧乏性の私は「ラッキー」と思いました。なぜなら、必要な写真はたったの一枚だけですから、あらためて新しいフイルムを買わなくてもこれで充分間に合うと思ったのです。
カシャッ!被写体を撮り終えた私は早速現像所へフイルムを提出。早いですねぇ、いまどきの現像技術は。なんと二十分弱で出来上がりました。勇んで貰い受けに行くと、係りの人がこう言いました。「お客様。現像させて頂きましたが、あいにくフイルム自体に何かの不具合があったようで、全体に変色が見られました。当方で一応の加工処理を施させて頂きましたが、原色と若干の差異が生じているかも知れません。
ご了承ください。」
アリャ〜! たしかに原版で現像された写真の色合いは全体的に青っぽい。あの時ケチケチしないですぐに現像に出していれば、こんなひどい色合いにはならなかったのに。ほんと、トホホです。でもいまさら仕方がないこと。〆切り時間もぎりぎりなので、今回は目をつぶってそのままを提出することにしました。ア〜ァ。
〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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