【聖書】わたしが道です
発行日時: 2006/1/28 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第270号 〓〓
おはようございます。本日もご愛読をありがとうございます。
近頃の携帯電話には、初期の頃にはなかった様々な付加価値的機能が
ついて、一段と操作が複雑になりましたね。
未だ「それ」を持ったことのない私が言うのも変ですが、何だか徐々
に使い勝手が悪くなっていくように思えて仕方ないんですが・・・。
電話は「電話としての機能さえあればそれで十分」と思います。
カメラ、テレビ、文字通信、キャッシュ・カード、鍵などなど、一台
何役まで機能をもたせれば気が済むんでしょうか。
携帯電話にまつわるトラブルを聞くたび、その機種を自ら選んだ者と
して、セキュリティー面での「自己責任」をしっかりもってもらわね
ばと感じます。(携帯を持てない者の、ひがみではありません)
本日のメニュー:
φ(^^ゞ [聖書を開けば] コーナー “わたしが道です”
φ(^^ゞ [雑談喫茶室] コーナー “案内標識の怪”
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回■回■ [聖書を開けば・・・]コーナー (^o^)丿 1(^^ゞ ■回■回
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トマスはイエスに言った。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たち
には分かりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」
イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちな
のです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来るこ
とはありません。」
(新約聖書 ヨハネの福音書 14章 5−6節)
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上記の聖句は、イエスが弟子たちと共に地上での最後の晩餐を過ごしておられたときに交わされた会話の一部分です。イエスは席上、いよいよご自分が十字架に架けられる「その時」が来たことを弟子たちに話されました。
十字架とそれに続く死。この世の一般的見地から言えば、死は「肉なる者のいのちの終焉(しゅうえん)」を意味し、例外なく誰もが絶望と悲しみの淵に追いやられる事柄です。この世の人生においてどんなに栄耀栄華を極めた人も、死をもってすべては奪われ、無に帰してしまう。どんなに生き続けたいと願っても、摂理に逆らうことは誰もできません。死を前にしてはすべてをあきらめるしかない、のが通説です。
しかしイエスは、これから自分の身に起ころうとしている死は、決してそのような仕方で終わるものでなく、むしろあなたがたに神の栄光を見させ、希望と喜びを与える出来事になる、と説明されました。
ところが弟子たちには、イエスのこの言葉の意味が十分に理解できません。たしかに、すべてが「この世の常識」を超えていたからです。
イエスは語って言われました。『わたしの父の家には、住いがたくさんあります。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。わたしの行く道はあなたがたも知っています。』
イエスにとって「肉体の死はすべてのものの終りを意味する」ものではありませんでした。死の向こうに、さらに明確な展開を見ておられます。明々白々とした「神の臨在」「父なる神の家」がそこにある、と彼は言われるのです。そして彼は「わたしはあなたがたのための場所をそこに備えに行くのだ」と言われました。そして「わたしの行く道は、あなたがたも知っている」とも。
何とか頭で理解しようと試みた弟子たち。しかし、結局は訳が分からない。
そこでトマスという弟子が再度質問しました。『主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちには分かりません。どうしてその道が私たちにわかりましょう。』
この質問に対するイエスの答えが『わたしが道です』という言葉でした。
様々な「道について」教える書物や人は、この世にたくさんあります。しかし自分自身を指して「わたしが道です」と宣言された人は、イエス以外に唯の一人もありません。「わたしがそれです」と。ですから彼は「わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」と断言してはばかられないのです。
未だかつて誰も、自力でこの世から天国に入った者はいません。たしかに以前には、神から与えられた律法を完全に履行する事を条件とする道があるにはありました。しかし誰一人として、これに適う者はありませんでした。その状況は今に至っても同じです。努力や熱心、強い意志や情熱、あるいはいかなる難行苦行も、結局はそれらを妨げる罪と強力な惑わしのゆえにすべてが無力とされ、また人の心も容易く私利私欲に傾く傾向をもっているので、結果失敗と失望を積み重ねるばかりだったのです。
そこで神は、自らあわれみをもって「天よりの道」を私たちのために備え、つまりは救い主イエスをもって「天国に至る道」として遣わし、この世に与えてくださいました。
イエスが語られた『わたしが道です。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』とのこの言葉は真理です。聖書自身も証言しているように、救い主イエスを通ってでなければ、誰も神のみもとへ行くことはできません。
天地万物の創造者なる神がそのようにされました。あなたを造り、あなたにいのちを与えられた主がそう定められました。ですから聖書は、キリスト・イエス以外の道を全く認めないのです。その他のものを偽りと言うのです。
あなたは「キリスト教は融通がきかないなぁ」と言われますか? もしこれが人間の知恵から出発したことであれば、融通を利かすこともいいでしょう。つまらない言い争いを避けることができますから。しかし、事実はそうではないので、私たちは頑固なまでに主張するのです。イエスこそ、私たちを天国へと導く道そのものであり、唯一の手立てなのだ、と。
□□ 聖書の言葉 □□
この方以外には、だれによっても救いはありません。
世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、
どのような名も、人間に与えられていないからです。
(新約聖書 使徒の働き 4章 12節)
いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられる
ひとり子の神が、神を解き明かされたのである。
(新約聖書 ヨハネの福音書 1章 18節)
狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、
その道は広いからです。
そして、そこから入って行く者が多いのです。
いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者は
まれです。
(新約聖書 マタイの福音書 7章13−14節)
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回■回■ (^o^)丿 [雑談喫茶室] コーナー 4(^_-)ヾ ■回■回
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案内標識の怪
数年前、滋賀県北部の山奥にあるキリスト教会で牧師の会合がありました。その教会を訪問するのは初めてだった私は、あらかじめもらっていた案内状に記された地図を頼りに、少し余裕をもって早めに車で自宅を出発しました。
途中高速道路を使ったこともあり、予想していたよりも意外と順調に私は教会があるという町の中心にたどり着くことができました。「これだと充分すぎるほど時間が余るなぁ」などと思いつつ、さらに車を走らせました。ところが教会があると思われる場所に近づけば近づくほど、どういう訳か同じ道を堂々巡りしているのです。道に迷ってしまった! こんなところで?
あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ、案内標識とハガキの地図とを見比べながら目的地に至る道すじを捜すのですが・・・ どうして?
詰めが甘い、と言われるかも知れませんが、きっとあれは道路に設置されていた「案内標識」が原因だったと思っています。
たしかにどこの町を訪れても感じることですが、その土地に設置された案内板(表示板)は、その地に土地鑑のある人間にはやさしいですが、初めて訪れる客人には冷たく、そっけないのです。不親切だと思います。何のために、誰のためにある案内標識なのか、と言いたくなります。込み入った道をわかり易く案内するためのものなら、それらしく表示してくれ! 私のような者のためにも。お願いしますよ。
この経験で得た教訓、私は他人には親切すぎるほど親切にしようっと。
〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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