【聖書】良い牧者
発行日時: 2006/1/21 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第269号 〓〓
おはようございます。本日もご愛読をありがとうございます。
さて、誰もが「今年こそは」との思いをもって歩みはじめた新年早々
一部の「私欲にかられた人々」によって、捏造だ、偽装だ、粉飾だと
世間を巻き込んでの大騒動となっています。
彼らは当初「この世での大成功を願って」事を始めたと思われます。
もちろん、それはたいへんすばらしい夢であり、目標だったことです。
しかし、欲に導かれて「目的達成のためには手段を選ばず」の手法を
とったことが、彼らのそれぞれに進むべき方向を大きく誤らせる結果
となりました。
この件でいきなりトバッチリを受ける羽目に陥った人々の、精神的、
物理的、金銭的被害・損害・苦痛は甚大です。お察しします。
この世をリードする知恵と力のある人には「我欲を捨てて、弱者のた
めに生きてほしい」と期待するのは、厚かましいお願いでしょうか。
本日のメニュー:
φ(^^ゞ [聖書を開けば] コーナー “良い牧者”
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わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。
牧者でなく、また羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、
羊を置き去りにして、逃げて行きます。それは、彼が雇い人であっ
て、羊のことを心にかけていないからです。わたしは良い牧者です。
(新約聖書 ヨハネの福音書 10章11−14節 抜粋)
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この個所においてイエスは、まことの神と私たちとの関係について、当時の人々にはとても馴染み深い「羊飼いと羊」にたとえてお話になりました。
さてあなたは、羊飼いの仕事というものをご存知でしょうか? 彼はまず朝早く羊を囲いから出し、その日一日の放牧地となる場所へ彼らを連れて行くことから始まります。そこは彼らのために必要な草と水が豊富に備えられた場所です。移動の途中、羊飼いは羊が脇道にそれることがないよう、また迷子になることがないようにと気を配り、一匹一匹に対して注意を怠りません。また羊飼いは、この移動中に羊の体調チェックをすることも忘れません。けがをしている羊はいないか。どこか具合を悪くしている羊はいないだろうかと、目を凝らし観察するのです。必要とあれば、もちろんすぐに手当てをします。
牧草地にあっては、一見のんびり、ゆったりと時間が流れていくように思えますが、羊飼いにはひと時も気を休める時はありません。羊を狙って待ち構える獣がいるやも知れないからです。特に生まれて間もない子羊や群れから外れて自分勝手に行動しようとする我がまま羊は、敵に狙われやすく要注意です。
羊飼いのそんな苦労を知ってか知らずか、彼らはひたすら草を食むことに懸命で、周囲に潜む脅威に対してまったくの無防備状態。また、開放感に誘われた元気な羊たちは、あちらこちらとみさかえなく駆けずり回り、時に羊飼いの視界から消えてしまって「ヒヤッ」とさせられることもあるとか。
やがて一日の放牧を終えると、羊飼いは再び彼らをもとの囲いへと連れ帰ります。この時羊飼いは、たとい一匹たりとも欠けていることがないよう、細心の注意を払います。彼は、たくさんの中の一匹だからと、決していい加減な数え方や妥協的納得をしたりしません。羊飼いにとって、羊はどの羊もみな大切な家族の一員なのです。
すべての羊を囲いに入れたならば、それで羊飼いの本日の仕事は終了なのでしょうか。いいえ。囲いの扉を閉めたならば、今度は一晩中見張りの仕事が始まります。それは交代で行なわれ、次の日の朝が白み始める頃まで続けられるのです。これもやはり敵である獣から大切な羊を守るためのケアなのです。
羊飼いはこのように、朝、昼、晩、そして春も夏も秋も冬も、その一年中を通して羊のために心を注ぎ、彼らと共に生活しているのです。
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さて、以上が「神と私たちとの関係」をあらわす譬です。羊飼いである神は
こんなにも四六時中「あなたや私」のことに心を留め、私たちの事を気づかってくださっているのです。日々の糧とその必要について、仕事について、生活環境について、また健康の管理に関しても、神は私たちが思い悩む以上にもっと深くそしてもっと熱心に考えてくださっているのです。
なぜですか? なぜ神は私たちに対してそのように対峙してくださるのでしょうか? それは、神があなたを愛しておられるからです。あなたを大切な存在と見ておられるからです。
かつて、この事についてある人が反論して言いました。「なるほど、羊飼いは自分の羊を愛している。しかし、これほどまでに羊飼いが羊を大切に扱うのは、見返りがあるからだ。羊はとにかくお金になる。その毛は高く売れるし、乳も搾れる。またたとい毛や乳がとれなくなっても、その肉を売ればそれがまたお金になる。とにかく、羊は羊飼いに対して何らかの利益を還元する価値を持っている。だから、羊飼いは羊を大切に扱うのだ」と。
ではお伺いします。羊飼いが羊を家族のように愛し大切に扱うことについて、たとえば以上のような「打算的理由」があったとして、それと同じように神があなたや私を愛されるという理由を私たちは自分のどこに見いだせますか?
あなたや私には、神に何がしかの利益をお返しするほどの能力や特殊な業があるとでも言うのでしょうか。そんなに価値ある私たちなのでしょうか。自分自身を正直に見つめ直す時、こんな情けない人間は他にいない、と思わざるを得ません。実際、毛も乳も肉も差し出せない羊以下の、まったく無価値な存在者です。親不孝を重ねる子どものように、私たち人間ほど創造主である父なる神に対して不実なものはいません。役立たずの者は他にないと思います。そんな私たちが、いまさら何をもって神のお役に立てるというのでしょうか。
そういうわけで、私たちは本来神の愛を受けるにまったく価しないものであることがわかります。良い羊飼いである父なる神に対しての私たちの姿は、まったく「悪い羊」そのものです。聖書の他の個所でも告発されているように、神の再三にわたる忠告にもかかわらず、人はみな自分かってな道に迷い出てしまいました。その結果が今日の罪深い状況を作り出しました。そしてなお多くの人が、心からの悔い改めを行なっていません。自分の非を認めていないのです。この「自覚がない」「無感覚」という点に人間の大きな罪があります。
本来愛されるに価しない無価値な者に、それでもなお神は心を留めて下さっている。思い上がりと自分かってな判断による行動が、結局は自らに危険を招いているにもかかわらず、神はそんな私たちを直ちに責めることをしないで、その愚かさをあわれみ、今に至るもなお全能の力をもって救いの手を差し出してくださっているのです。
イエスは言われました。《わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。》と。確かにイエスは、あなたの罪を身代わりとして背負い、あなたに代わって十字架上で死んでくださいました。それは、あなたの罪が神の御前に赦され、きよめられて、あなた自身が神に受け入れられる者となるためです。神は、迷子となったご自分の羊が、イエスを通じて戻ってくることを望んでおられます。
もし今、初めてイエスのこの「ことば」を耳にした人がおられるならば、ぜひこの方の後に従って人生を歩んでください。イエスはあなたにとって良い羊飼いです。まことの羊飼いです。あなたを緑の牧場に伏させてくださいます。
□□ 聖書の言葉 □□
どうか、御民を救ってください。
あなたのものである民を祝福してください。
どうか彼らの羊飼いとなって、
いつまでも、彼らを携えて行ってください。
(旧約聖書 詩篇 28篇 9節)
知れ、主こそ神。
私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。
(旧約聖書 詩篇 99編 3節)
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羊が横になって休む条件とは?
(参考: W・フィリップ・ケラー著 羊飼いが見た詩篇23篇)
1.羊は非常に臆病な生き物。そのため「恐れ」が全く感じられない状況でない限り、横になって休むことはしない。
2.群れをもって過ごすという「社会的安全維持行動」のため、互いに仲間同士のからだの摩擦がないと横になれない。
3.ハエや寄生虫に苦しめられているときには横にならない。
4.おなかをすかせ、食物を求めているときは横にならない。
以上のように、羊は恐れ、緊張、興奮、飢えなどからある程度解放されていなければ安心して横になれないのだそうである。ただ、こうした条件を満たし得るのは「人間の保護の手が加えられた時だけ」だそうである。つまり、羊が安心して横になって休むには、どうしても人間の手が必要なのだという。
そしてこのことは、人間が本当の平安を手にするためには神の助けが必要であるのと同じ、ということに通じるのである。
〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
《提 案》
皆さんの今年の抱負・夢・ビジョン等をお聞かせください。
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に意義があるかと思います。人知れず心に秘めていないで、ぜひお話
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