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【聖書】希望と平安の基礎
発行日時: 2005/12/10 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第265号 〓〓〓
おはようございます。今日もご愛読を感謝します。
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すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。
「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、み言葉どおり、安ら
かに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たから
です。
御救いはあなたが万民の前に備えられたもので、異邦人を照らす
啓示の光、御民イスラエルの光栄です。」
(新約聖書 ルカの福音書 2章28−32節)
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イスラエルの都エルサレムにシメオンという名の老人がおりました。彼は、当時の世界の荒れすさんだ様を日々嘆き悲しみ、速やかに神によってこの世が慰められることを待ち望んでいる、敬虔なユダヤ教徒でした。
ある時、シメオンに次のような神の御告げがありました。それは「主のキリストを見るまでは、決してあなたは死にません」というもの。これは二つの事柄について語っています。すなわち一つは、神がシメオンの祈りと願いを顧みてくださり、いよいよその慰めが与えられる日の近いことを彼に知らされたのです。もう一つは、本当の慰めは主のキリストによってもたらされるものである、ということです。
神がシメオンに臨まれたころ、エルサレムに程近いベツレヘムの村では「ひとりの幼子」が誕生していました。彼は、住民登録をせよとのローマ皇帝アウグストの命令を受け、婚約者のヨセフにつき従って、遠くナザレ村からベツレヘム村へ来ていたマリヤの生んだ子どもでした。その名前を「イエス」(主は救い、との意味)と言いました。
イエス誕生の経緯については、当人たちもおおいに戸惑うばかりの不可思議な出来事だったのですが、それはまた別の機会でお話することにしましょう。ただ一つ確認しておきたいことは、当人たちが『すべては神の御心のままに』と、その出来事一切を信仰をもって受け入れた、という事実です。
その後彼らは「律法によるきよめの期間」を過ごし、神に礼拝をささげるため幼子イエスを伴なってエルサレムにある神殿を訪れたのでした。その時でした。「主のキリストを見るまでは、決してあなたは死にません」との預言を受けていたシメオンと彼らが神殿で出会ったのです。
シメオンは幼子イエスを見るなり、霊に感動を受けて神に叫びました。『私の目は、たしかにあなたの御救いを見ました』と。シメオンは霊的直感をもって、幼子イエスが万民のために備えられた救い主であると認識したのです。
もちろんシメオンはこの時、幼子イエスがこれから歩もうとしている人生の具体的苦難と、彼によって成就されるであろう霊的勝利のすべてを予知していたわけではありません。しかしたしかに彼は、自らの心の内に不思議な平安と喜びを導かれていたのです。これが、神の与え給う恵みであり、彼に対する慰めだったのです。
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人がこの世での終焉を迎えようとするとき、多くの場合「死とその向こうにある世界を思って恐れ、不安と絶望感に捕らえられる」ことですが、シメオンの場合はそれとは違い、将来に対して平安と希望を持つことができました。それは彼の目が「神の救いを見」、自らの腕で「救い主イエスを抱く」という光栄に与ることができたからです。彼は自身で告白しています。『私の目が主の救いを見たので、私は安らかにこの世を去ることができます』と。
シメオンはいわゆる当時の知識人でした。おまけに正直で、正しく、敬虔な信仰者でもあったのです。しかしそんな彼でも、もし神の救いに与ることができなければ、決して心安んじて死を迎えることはできませんでした。もし神が備えられた救いを受け入れることがなければ、いかに彼がこの世においてすばらしい人生を過ごしてきたとしても、死の向こうに続く将来に対して、希望や平安は望み得ないことだったのです。
この世にある小難しい理屈や哲学的知識は不要です。いいえ、無用です。神は語って言われます。『わたしが備えた救いを、ただ信じて受け取ればいいのだ』『あなたが自分の心で造り主なる神を信じ、救い主であるイエスをその心に王として迎え入れさえすれば、それで良いのだ』と。
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この世にあって、私たちは如何に生きるべきでしょうか。どうすればより良く生きることができるでしょうか。しかしたとい、この世での生涯が満足のいくものであっても、終焉である死とさらにその向こうに続く世界に関しての課題が解決されていなければ、どうしてそんな人生に意味があるでしょうか。また、この世にあってどんな生き方をしようとも、その行き着く先がすべて絶望であると定まっているとしたら、今を懸命に生きることに何の意義があることでしょうか。すべては空しい、ただ空しい、と言わざるを得ません。
しかし神は生きておられます。善なる神は存在しておられます。彼は目的をもってこの世界を造り、また私たちに対するすばらしいご計画をもってすべてを導き支えておられます。神はあなたを祝福したいと望んでおられます。あなたを喜びで満ちたらせたいと願っておられます。
その意味で私たちの人生には大きなテーマがあります。すなわちこの神、まことの造り主なる神をさらに深く、さらに身近に知ることです。
シメオンと共に私たちも告白したいものです。《今こそあなたは、あなたのしもべを、み言葉どおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。》と。
キリストの御降誕を喜び祝う時が、すぐそこに近づいています。あなたのために来られた救い主。あなたのために備えられた希望の光、御民の栄光。心から祝いましょう。あなたの心にキリストをお迎えしつつ、祝いましょう。神の備えられた良きご計画に、感謝しましょう。
□□ 聖書の言葉 □□
主は、御民に贖いを送り、
ご自分の契約をとこしえに定められた。
主の御名は聖であり、おそれおおい。
主を恐れることは、知恵の初め。
これを行なう人はみな、良い明察を得る
主の誉れは永遠に堅く立つ。
(旧約聖書 詩篇111篇 9−10節)
※ 祈り
あぁ 天の父よ、我が魂の救い主よ。
願わくは、この心に救い主を与えたまえ。
汚れたる我が心を清くし、主イエスの王座と為したまえ。
信じます。あなたの慈しみを。
受け入れます。あなたの恵みを。
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子どもの日常生活には危険がいっぱい
これまで国際的水準に照らし見て「比較的治安が良い」とされてきた日本ですが、そんなランク付けもここ数年の間にすっかり様変わりをしたようです。今では日本国内も外国並みに「危険がいっぱい」です。
犯罪には様々な種類がありますが、特にこのところの日本における「児童の安全を脅かす犯罪の増加」には驚かされます。ご存じのようについ先日も、下校途中の小学生を狙った痛ましい事件が2件立て続けにありました。
私の時代には「子どもは風の子」と言って、たとい寒い季節であっても戸外で遊ばされたものです。現代のように、子どもが家の中でゴロゴロしているなんてもっての外で、そんな我が子を見つけたら力ずくでも家から追い出し、外で遊ばせるのが親の務め、みたいなところがありました。
しかし最近はそれができません。たとい外で遊ばせるにしても、親の監視、大人の同伴がなければ、子どもの安全確保は難しいしまた親自身もおちおち安心していられないのが現状です。それほどに最近は「児童を対象とする痛ましい事件」が後を絶ちません。
ある百貨店では、事件以後「携帯用防犯ブザー」が大量にまとめ買いされたとか。あらためて危機感を募らせた自治体あるいは小学校が、子どもたちに防犯ブザーを徹底携帯させる方向で再検討を始めた結果ではないか、と推測されています。
学校の登下校といった、子どもたちにしてみればごくありふれた日常の生活圏内で突如巻き込まれる犯罪。これに対して大人である私たちは、いったいどんな対策を講じることができるでしょうか。どのようにしたら、この手の犯罪を防ぐことができるでしょうか。
我が子をあらゆる犯罪から守る、という視点で行なわれている海外での取り組み方の一例を紹介しますと、例えば、たといそれが自宅であっても、我が子を一人だけ残して親が外出することを罰則つきの法律で禁じる。登下校の際には、スクールバスを利用するかもしくは親が必ず送迎を行なうことを義務づける。子どもが友達の家を訪問する時は、相手の玄関先まで親も同行し、また帰宅の際には、相手方の親が子どもの帰宅の安全を保障するよう手配する。
とにかく基本は、四六時中『我が子を一人にさせない』ということです。以前にも書きましたが、テレビ番組で高視聴率を稼いだ「はじめてのおつかい」などは、子どもを愛する親が行なう行為としては、残念なことながら、今日決して奨めてはならない「もっての外の行為」ということになるのです。
親が、周囲の大人が、もっと真剣に認識しましょう。今や我が国日本は、危険がいっぱいの国になっていることを。またそんな中で、子どもたちがもっとも無防備な存在であることを。
ここ数年の間に「日本の治安」は極度に悪化しました。悲しいかな、これからもさらに『犯罪に巻き込まれる児童』の数は増えることでしょう。しかしだからといってただ悲しみ、手をこまねいているだけではいけません。あらゆる方策を講じ、まずは試し、そして改良し、悪に対して私たちは常に積極的であるべきだと思います。
人を見たら、泥棒と思え・・・ このことわざが何ら違和感なく、むしろ切実に受け止められる今日の日本になったことを残念に思います。
〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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