【聖書】三者択一
発行日時: 2005/11/12 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第261号 〓〓〓
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次のような主の言葉がダビデの先見者である預言者ガドにあった。
「行って、ダビデに告げよ。『主はこう仰せられる。わたしがあなた
に負わせる三つのことがある。そのうち一つを選べ。わたしはあなた
のためにそれをしよう。』」
ガドはダビデのもとに行き、彼に告げて言った。
「七年間のききんが、あなたの国に来るのがよいか。三ヶ月間、あな
たは仇の前を逃げ、仇があなたを追うのがよいか。三日間、あなたの
国に疫病があるのがよいか。今、よく考えて、私を遣わされた方に、
何と答えたらよいかを決めてください。」
ダビデはガドに言った。
「それは私には非常につらいことです。主の手に陥ることにしましょ
う。主のあわれみは深いからです。人の手には陥りたくありません。」
(旧約聖書 サムエル記 第二 24章 11−14節)
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ある時神はダビデ王に対し、ある三者択一を求められました。どれか一つを選びなさい、と。その内容を見てみますと、いずれもが「災い」に関することでした。一つは国中を襲う七年間の飢饉。一つはダビデ本人を襲う三ヶ月間の迫害。もう一つは国中に蔓延する三日間の疫病です。何故こんな理不尽とも思える選択をダビデ王は迫られているのでしょうか。それは、彼が行なった『人口調査』と、それを許した国民全体に原因がありました。
今年の9月下旬から10月初めにかけて、我が国日本では『国勢調査』が行なわれましたが、いわゆるこれが当時のイスラエルにおける人口調査に匹敵するものと考えて良いでしょう。
我が国の国勢調査については「日本に住んでいるすべての人を対象とする、国の最も基本的な調査で、国内の人口や世帯の実態を明らかにするために5年ごとに行なわれるものです」と広報には説明されています。当然我が家も所定の用紙に必要事項を記入して提出したことです。余談ながら、今回は「個人情報保護」との兼ね合いや「ニセ調査員」の出没などで、各地で結構トラブルが続出したと聞いています。(やっぱりねぇ)
さて、古代のイスラエルにおいて行なわれた『人口調査』について若干の説明をしますと・・・。まず、正確なところは不明ですが、旧約時代(イエス誕生以前のイスラエル)において、それは4回ほど行なわれています。最初の記録として聖書に登場する調査として『民数記』のものがあります。そのタイトルである民数記とは、まさに「民の数を数えた」との記録からとられたものでした。この時の人口調査を第1回目と数えるなら、それから約40年後に2回目の調査が行なわれています。
人口調査の目的は何だったのでしょうか。それは、各人がイスラエルに属する者であることを確認し、神の民・契約の民としての構成と組織を明確にするためだったようです。神が約束された祝福の地カナンに向かうにあたり、そこに入るにふさわしい信仰の器を「神が知られるため」でした。
同様の調査は、ずっと後の時代すなわち1回目の時から数えて約1000年後の「バビロン捕囚から帰還後」において行なわれています。この時は、一人ひとりの系図を明確にすることに重点が置かれていたようです。崩壊したエルサレム神殿と人々の信仰の建て直しを目指して、この目的のためにふさわしいとされる人々を「神ご自身が知られるため」でした。
以上紹介した三つの人口調査は、いずれも神の主権の下、神の御心の意図に従って調査が行なわれました。ところがダビデが行なった今回の人口調査は、動機において、性格において、意図において、明らかにこれら三つの調査とは異なっていたのです。前者が神によって始められた調査であるのに対し、後者は人の思惑・肉的動機によって始められたものだったのです。
ダビデが行なった調査は、一国の王としての立場から、自らの権勢権力を確認する意味で行なわれました。たしかに、一国の王としては「他国に比べていったい自分にはどれほどの力があるのだろうか」「我が国はどれほどの兵力を保持しているだろうか」「近隣諸国との比較において、我が国はどれほどのランクに位置づけされるのだろうか」などなど、対外的な力関係が気になるものです。
しかしそういう意識は、裏を返せば「神に対する不信仰の表明」になるのではないでしょうか。神の民として、全知全能の神を信じる信仰、その信頼と確信が深くあるなら、どうしていまさら自分の持ち駒を気にする必要があるのでしょう。
神がすべてを支え、助け、導いてくださっているのです。勝利と祝福を得るのは、武器や兵力、持ち物の多さにはよらないことを、これまで神への信頼を持って歩んできた生活そのものが証明してきたはずです。
聖書は《ダビデは、民を数えて後、良心のとがめを感じた》と記し、自らの間違いに気づいて後悔するその姿を記録しています。彼は自分の不信仰に気がついたのです。『このようなことをして、私は大きな罪を犯しました。ほんとうに愚かなことをしてしまいました。この咎(とが)を見逃してください。』とダビデは神に祈りました。
これに対する神の応答が冒頭に挙げた聖句です。三者択一。もう一度紹介しましょう。神はこの中からどれか一つを選べとダビデに求められました。
1. 国中を襲う七年間の飢饉
2. ダビデ本人を襲う三ヶ月間の迫害
3. 国中に蔓延する三日間の疫病
あなたなら「どれ」を選びますか? ダビデは三番目の災いを選びました。その理由は『人の手に陥るよりは、主の手に陥ることの方が良い選択だから』というもの。彼ははっきりと告白して言います《主のあわれみは深い》と。
彼は一国の王として、また一個人として、再度神に向かう姿勢を整え、主なる神の御力とその権能とを信頼して歩む「神の民としての生き方」を求めたのでした。
今回ダビデが行なった人口調査を発端に引き起こされた災い(この疫病では七万人の犠牲者がでています)は、その原因が彼個人にのみ帰されるべき問題ではなく、実は「他国のように自分たちの上にも一人の王が欲しい」と求めた全イスラエルの民にも深い関係があったのです。だからこそ災いがダビデ個人だけでなく、民全体にも及ぶように導かれていたのです。
諺にある如く『人の振り見て、我が振り直せ』です。自分の愚かさを悔いて『まことの神、信頼にたる全知全能の神』を再度確認して歩みだしたダビデのように、私たちもそのようでありたいと思います。
□□ 聖書の言葉 □□
あなたがたは、あわてて出なくてもよい。
逃げるようにして去らなくてもよい。
主があなたがたの前に進み、
イスラエルの神が、あなたがたのしんがりとなられるからだ。
(旧約聖書 イザヤ書 52章 12節)
あなたは、
自分は神のさばきを免れるのだとでも思っているのですか。
それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、
その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじるているのですか。
(新約聖書 ローマ人への手紙 2章 3b−4節)
神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような
試練に会わせるようなことはなさいません。
むしろ、耐えることのできるように、試練と共に、脱出の道も備え
てくださいます。
(新約聖書 コリント人への手紙第一 10章 13節)
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九官鳥?がいる店
季節がら「秋の夜長を読書で過ごそう」と、活字の虫があちらこちらで鳴き始めたようです。この間も、ブラリと近くの古本屋さんに出かけましたら、なんといつになく大にぎわい。売り出しでも始めたかと値札を見ると、普段と何も変わっていない様子。やはりこれは「虫以外にない」と思った次第です。
ところで、最近の店員さんのあいさつにはとってもがっかりさせられます。なぜって、あれだけ元気のいい声なのに、どこにも「気持ち」がみられないからです。と言うか、そういうあいさつを何度も聞いていると、呆れて笑いさえこみ上げてきます。正直言って、店内の至る所でオウムか九官鳥を飼っているのでは、と思わずあたりを見回してしまったほどです。
入店の際「いらっしゃいませー、こんにちわー」と元気なあいさつを受けた私は、感じの良い店だなぁと思いつつ「どうも、どうも」と心でつぶやきながら奥の棚の方へ。本捜しに夢中の時はそうでもなかったのですが、その後しばらくして、店内で響く例のあいさつの声が妙に耳ざわりになってきたのです。
まずは入口付近でカウンター係が「いらっしゃいませー、こんにちわー」と入店する客一人一人に声をかけます。すると、店内のあちらこちらからも一斉に「いらっしゃいませー、こんにちわー」の声があがる。「ありがとうございましたー」とレジの方で声がすると、またまた同じように四方八方から「ありがとうございましたー」の大合唱が。
最初は好印象の彼らのあいさつでしたが、ふと横目で見ると、そばにいた店員は「いらっしゃいませー、こんにちわー」と口にしつつも、相手である客の顔などまったく見もせず、棚の方を向いてはせっせせっせと一所懸命本整理に追われていたのです。せめてこの時ぐらい手を止めてくれればいいのに。「えーっ、声だけかよォ」って思いましたね。おまけにあの声のトーン、どっかで聞いた記憶があると思い巡らしていましたら、思い出しましたよ。昔住んでた家の真向かいさん宅にいた「九官鳥のトーン」にそっくり。おかえりー。いってらっしゃい。こんにっちわー。はい、はーい。こんばんわっ。
最近は何にでもマニュアルがついてまわる社会です。この店でも入出店客に対し、店員全員で「いらっしゃいませ」「こんにちわ」「ありがとうございました」を、元気よくはっきりと言うようになっていたのでしょう。
カウンター係やレジ係が全体の見張り番と先導役を兼ね、号令一下みんなであいさつをする。それはいいんですが、でもこの店のマニュアルには、ある文言が欠落しているように思います。そして私は「これこそが大切」と思うのですが・・・。それは『心を添えてあいさつすること』です。
人間が発する心の伴なわないあいさつや言葉ほど「耳ざわりな音」はありません。九官鳥やオウムの繰り返しの方が、まだマシというもの。でもたしかに最近こういうお店が増えたことを、私はさびしく感じます。
〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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