【聖書】御心のままに
発行日時: 2005/10/29 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第259号 〓〓〓
おはようございます。きょうもご愛読をありがとうございます。
先日の日本シリーズ、千葉ロッテが優勝しました。お目でとさ〜ん。
でも阪神ファンの私としては、悔しくて、残念でたまりません。
ま、あれだけの大差をつけられたんでは、あきらめもつくと言うもの
ですが・・・。
それにしても情けないぞ、阪神! しっかりせいよ。
これからも応援するからな。 がんばってな。ホントに。
今日のメニュー:
φ(^^ゞ [聖書を開けば] コーナー “御心のままに”
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■回■ 1(^^ゞ [聖書を開けば・・・]コーナー (^o^)丿 ■回■
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ダビデはアビシャイと彼のすべての家来たちに言った。「見よ。私の
身から出た私の子さえ、私のいのちをねらっている。今、このベニヤ
ミン人としては、なおさらのことだ。ほうっておきなさい。彼にのろ
わせなさい。主が彼に命じられたのだから。
たぶん、主は私の心をご覧になり、主は、きょうの彼ののろいに代え
て、私にしあわせを報いてくださるだろう。」
ダビデと彼の部下たちは道を進んで行った。
シムイは、山の中腹をダビデと平行して歩きながら、のろったり、石
を投げたり、ちりをかけたりしていた。
(旧約聖書 サムエル記第2 16章 11−13節)
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人生では、それまで勝ち組とばかりに物事すべてに成功を収め、順風満帆に歩んでいた人が、突如不幸のどん底に突き落とされるという経験をすることがあります。そんな人にとって必要なものは、家族や友人知人の励まし・慰めの言葉であろうと思います。
しかし現実はそうでもなく、こういう時に限ってそれまでの親しい友人たちは離れ去っていくもの。代わりに彼の耳に届く言葉は、かつて負け組みに追いやられた人々の、それ見たことか、ざまぁ見ろなどと言う罵倒・批難の恨み節ばかり。
彼によって敗者的立場に置かれていた人々は「江戸の敵を長崎で討つ」ではありませんが、ここぞとばかりに彼の後姿に冷水を浴びせかけるのです。これが世間の他人を見る目、特に挫折した成功者に対して注ぐ視線ではないでしょうか。羨望の裏返し?
こんな時、どん底に落とされた元成功者は批難・罵倒の声々に対して、どんな反応を表わすでしょう。もしあなたがその当人だったら、どうされますか?「なにくそ、いまに見とれ! もう一度ここから這い上がってやる」と再起を誓い発奮するでしょうか。あるいは「もうだめだぁ」と、人生すべてを諦めてしまうでしょうか? それとも・・・
今日開く聖書記事は、成功者ダビデが治世の晩年を迎えて経験した「悲劇と苦難」の中で、どんな心情をもってその批難・罵倒に応じたかを見てみたいと思います。
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イスラエル王国二代目の王ダビデが治世を担当して相当過ぎたころ、民の暮らしぶりには一応の安泰がありました。が、目を転じてダビデ王家の近辺に向けてみますと、彼の身内には次々と困難・わざわいが生じていたのでした。それは、次期王位継承者問題にからむ複雑な出来事で、いわゆる『御家騒動』が起こっていたのです。
王位継承問題の結末については、すでに多くの方がご存知かと思います。つまり、サウル家からダビデ家へと引き継がれたイスラエル王国の王座は、ダビデ王がエルサレムの町でウリヤの妻バテ・シェバに産ませた子「ソロモン」に引き継がれ、彼が第三代イスラエル王になったのでした。
しかし、そこに落ち着くまでの過程において、ダビデの他の兄弟および彼の子どもたちを含む多くの親族がそれぞれの思惑をもって入り乱れ、実に血を流すほどの「ゴタゴタ劇」を生じさせていたのでした。
その原因として考えられることは、イスラエルの神は禁じておられたことですが、当時の社会慣習として広く受け入れられていた「一夫多妻制」と、罪の奴隷となった人間の本質に関わる「汚れた欲」にありました。
二代目イスラエル王のダビデには、当時少なくとも八人の妻があり、それ以外にも複数のそばめがいたようです。結果、それぞれに生まれた異母兄弟の子どもたち、特に王位継承に絡む男児については、一般的序列はあるものの、長男から始まって順次下位の者皆に「継承権」が与えられていたのです。
その一般的序列で言えば、ダビデの王位を次に継ぐ者はヘブロン生まれの長男アムノンでした。ある時彼は、異母兄弟でダビデ王の三男にあたるアブシャロムの妹タマルに恋をしました。恋煩いで苦しむアムノンを見たダビデの甥ヨナダブは、彼をそそのかし、自室において彼女を陵辱させてしまうのでした。
これに怒ったタマルの兄アブシャロム(王位継承順位第三位)はその二年後、妹の復讐とばかりに義兄アムノンを殺害し、自分は一人母方の故郷ゲシュルの地へと逃げました。
長男アムノンの突然の死とその理由・経緯を知ったダビデは、驚きと悲しみを抱いたものの、かつて自分も犯した同様の罪(バテ・シェバを夫ウリヤの留守中に我がものとしたこと)を思い出し、大きな悲しみであるにもかかわらずこの時は正面きってアブシャロムの復讐行為を断罪することができませんでした。ただ、そうは言っても、やはり大切な王位継承者である長男を殺された怒りはおさまらず、アブシャロムを許す心までは起こりませんでした。
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ここにダビデのもう一人の甥である将軍ヨアブが登場します。彼はダビデの姉ツェルヤの長男で、ダビデ軍の軍団長として初期のころから彼に仕える頼もしい家臣の一人でした。彼は、権力権勢ともにいまやダビデ自身も一目置くほどの実力者となっていて、あらゆる方面で影響力を発揮していました。
このヨアブが、ダビデ親子の間に生じた今回の亀裂を修復させようと、一計を案じました。何とかダビデの許しをもらい、アブシャロムが再びエルサレムに戻れるよう取り次いだのです。(ちなみに冒頭聖句に登場するアビシャイはヨアブの弟にあたります)
ダビデはヨアブの申し出を受け入れ、アブシャロムの帰還を許しました。しかし王の心はそれ以上に開くことはなく、戻ったアブシャロムが自宅から自由に出歩くことを禁じ、また王に拝謁することもかなわないと命じたのです。
エルサレムに戻ったアブシャロムはそれから約二年間、実質「幽閉」という扱いに甘んじていましたが、とうとうある時彼はその状況に我慢しきれず、ヨアブを通じて、王に詫びを入れるとともに待遇の改善を求める直訴を起こしたのです。
この時アブシャロムは、ようやくダビデ王の許しを得、再び王家に属する者としての扱いを受けることができるようになりました。自分のための戦車や馬および若干の部下まで持つことが許されたのです。
ところが、ところがです。このように自由を回復されると、今度は彼の心の奥底に「あってはならない野心」が再び渦巻くようになったのです。それが王位継承の問題でした。
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ある時アブシャロムは、ダビデ王から裁定を受けるために集まってくる人々を門の入口で捕まえてはこう言いました。『この件は、君のほうが正しいようだね。しかし気の毒だが、王の側にはこういう訴えに耳を貸してくれる者は一人もいないだろうなぁ。ああ、もし私が裁判官だったらなぁ。訴えのある人はみんな私のところに来れるし、もちろん公平な裁判もできるんだがなぁ』と。
このようにして彼は、日々言葉巧みに民の心を捉えていきました。聖書には《こうしてアブシャロムはイスラエル人の心を盗んだ》とあります。彼はイスラエル中の人々がダビデ王に代えて自分を支持するよう、巧みに扇動していたのです。これは明らかに、子どもが自分の親に仕掛けた「謀反」でした。
四年経った時のこと、この謀反を具体的に決行する時が訪れました。彼アブシャロムは口実を設けてエルサレムを離れ、ヘブロンの町へと出かけました。彼はそこから各地に密使を遣わし、こう言わせたのです。『アブシャロムはヘブロンで王になった』と。(これは、かつてダビデ自身がサウル王治世の時に、同じこの町ヘブロンでユダの人々から油注ぎを受けて彼らの王になった出来事を思い起こさせます。)
またまたアブシャロムによって引き起こされたこの騒動に、ダビデ王は今回はどう対処したでしょうか。謀反の事態を知らされて、彼はどう行動したでしょうか。
かつてサウル王がダビデに行なったように、彼自身も兵を挙げて「アブシャロム討伐」に出かけたでしょうか。いいえ、身内で起こるゴタゴタにへきへきとしていたダビデには、もはやアブシャロムとあらためて戦う意思はありませんでした。実際問題として、この時の彼にはアブシャロムの勢力を迎え撃つだけの兵力、支持者がおらず、真正面から戦えばむしろ負け戦になることは必定でした。それはアブシャロムが密かに行なっていた「人心を捉える作戦」が功を奏した結果でもありました。
この時ダビデは、エルサレムを離れて再び『逃亡生活に入る道』を選択するのですが、それは単にアブシャロムに適わないと考えた結果からだけでなく、王たるの責任としてエルサレムの町を傷つけないため、また身内の問題でイスラエルの民の血を無駄に流すことを良しとしなかったことによる選択でした。確かにその判断は、ダビデ王が血気盛んな若いころには決して表わし得なかった、加齢とともに学び得た熟慮・配慮による決定だったのです。
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ダビデは、サウル王のもとを逃れて各地を点々としたあの日以来、久々に同様の行程をとることになりました。彼を取りまく環境は、こうして一夜にして天国から地獄へと変貌したのです。
このとき「行動を共にさせてください」と申し出る忠臣が少なからずいたことは、ダビデ王の慰めとなりました。が、しかしまた、息子アブシャロムの手を逃れて都落ちする彼の姿を見て「ざまぁ見ろ」と心底喜ぶ者もいました。
その人の名はシムイ。かつてサウル王に仕えていたサウル家一族の一人で、彼は逃亡するダビデを見つけるや、盛んにのろいの言葉を吐きながら「出て行け、血まみれの男よ。お前がこんな目にあうのは、サウル家から王座を奪い取ったその報いだ」「主がお前に天罰を与えておられるのだ」と叫びつつ、どこまでもダビデたちについて来るのでした。
サウル家の人間から見れば、今のダビデの哀れな姿は滑稽であり、いい物笑いの種でした。シムイはここぞとばかりに容赦なく、これまで溜め込んできたダビデとダビデ家に対する恨み辛みを、のろいをもって吐き出したのです。
これを聞いたダビデの腹心アビシャイ(将軍ヨアブの弟)は、シムイのあまりの暴言に怒りを抑えることができず「行って、あの者の首をはねさせてください」と王に願い出ました。
ところが、一番怒りを表わさねばならないはずのダビデ王は、むしろそう言うアビシャイをいさめ「これはあなたには関わりのないことだ」と彼の行動を制したのです。
『考えても見なさい。私の身から出た私の子アブシャロムでさえ、私のいのちをねらっているのだ。ましてサウル王に仕えていたこのベニヤミン人の、過去の私に対する恨み、怒り、憎しみはなおさらのことではないか。』
ダビデ王は逃避行を続ける中で、この一連の出来事についてずっと考えていました。これまでの自分の人生を振り返りながら、神が自分を二代目イスラエル王に定められたとは言え、時に肉的思惑から理不尽な行動をとってきたことなどを深く反省していたのです。そして彼は悟りました。つまり『すべて神の御心のままに事は成就する』ということを、です。
いま彼がここで耳にしているシムイののろいの言葉や行動は、神が彼に向かって「そのようにせよ」と命じておられるからのことであり、またその原因を作ったのは確かに自分自身でもあるわけですから、神のしもべたる自分は甘んじてこれを受けるべきである、自業自得の面があることは否めない、と。
そう考えると、とり立ててシムイの言動に対して、また我が子アブシャロムの謀反に対しても、目くじらを立てて一々怒り心頭になる必要はない、彼らを逆恨みする必要もないと思えるのでした。《神は与え、神は取られる》人生の成功も失敗も、また栄枯盛衰のすべてが、大きな視野をもって見れば「神の御心のまま」と教えられるのです。
シムイはその後、ダビデたちとの間に距離を置きながらも、なお依然として口には呪いの言葉をふくませつつ、石を投げたり、ちりをかけたりして彼の後をついてまわりました。しかしダビデは、そんな彼に対して自らが何かの報復を与えるということはありせんでした。むしろ「こんな私を見て、神よ、あなたがこの私に報いてください」と祈り求めるのでした。このダビデの中に私は「人生を達観した者の姿」を見る思いがします。
万物の支配者、一切の実行者である神に目を注いで歩むならば、私たちは目の前の事象に一喜一憂する生き方から解放されて、ゆったりと目的地に向かって流れる大河のようなあり方をもって生きることが出来るのです。
□□ 聖書の言葉 □□
その人は、水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。
(旧約聖書 詩篇 1篇 3節)
あなたの道を主に委ねよ。
主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
主は、あなたの義を光のように、
あなたのさばきを真昼のように輝かされる。
(旧約聖書 詩篇 37編 5−6節)
主よ。お知らせください。
私の終り、私の齢(よわい)が、どれだけなのか。
私が、どんなに、はかないかを知ることができるように。
主よ。今、私は何を待ち望みましょう。
私の望み、それはあなたです。
(旧約聖書 詩篇 39編 4,7節)
〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
《聖書を読みましょう》
これこそ悩みの時のわが慰め。まことにみことばは我を生かす。
みことばはわが足のともしび、わが道の光です。 (詩篇より)
聖書を読んでみたいと希望される方に、国際ギデオン協会より
の寄贈聖書『新約聖書』を1冊進呈しています。
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