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【聖書】苦渋の選択
発行日時: 2005/9/3 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第251号 〓〓〓
おはようございます。きょうもご愛読ありがとうございます。
早朝、窓を全開にして車を走らせたとき
風のさわやかさに 秋の気配を感じました
日中こそまだ暑いですが 確実に秋は近づいています
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φ(^^ゞ [聖書を開けば] コーナー “苦渋の選択”
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■回■ 1(^^ゞ [聖書を開けば・・・]コーナー (^o^)丿 ■回■
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ダビデは部下とともに上って行って、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレ
ク人を襲った。彼らは昔から、シュルのほうエジプトの国に及ぶ地域
に住んでいた。ダビデは、これらの地方を打つと、男も女も生かして
おかず、羊、牛、ろば、らくだ、それに着物などを奪って、いつもア
キシュの所に帰って来ていた。アキシュが、「きょうは、どこを襲っ
たのか」と尋ねると、ダビデはいつも、ユダのネゲブとか、エラフメ
エル人のネゲブとか、ケニ人のネゲブとか答えていた。
(旧約聖書 サムエル記第一 27章 8−10節)
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前回は、ダビデがペリシテ人の町ガテを訪れた際に、狂人を装うという迫真の演技で領主アキシュを欺き、なんとか「いのちの危機」を脱出した一件についてお話しました。きょうはさらに「敵を欺くダビデ」の第二弾として「苦渋の選択」「二者択一」についてお話したいとおもいます。
一旦はガテの町を脱出したダビデでしたが、その後しばらくして、なんと彼は再びこの町に戻って来ました。しかも前回は「たった一人」での行動でしたが、今回は自分の家族および部下とその家族をも引き連れての、まさに大所帯を伴なっての再来訪となりました。
それにしても前回あれほどの危険を経験しておきながら、ダビデはなぜ再び同じ町ガテを選んで、ここに戻ろうと決意したのでしょう。またダビデたちを迎えたガテの領主アキシュにしても、「あのダビデ」をなぜ事も無げに受け入れたのでしょうか。アキシュはダビデに騙されたことを何とも思っていないのでしょうか。それとも、まだ彼は騙され続けているのでしょうか。考えれば数々の疑問が湧いてきますが、これらに対する解答については機会を別に譲りたいと思います。
さて聖書には、ガテの領主アキシュはダビデたちのために「ツィケラグ」という村を提供した、とあります。小さな村でしたが、一応は彼らペリシテ人所有の村であり、これを敵であるイスラエル人ダビデに貸し与えたのです。
もっともこれにはアキシュの側に「ある計算」がありました。それは彼らをして、南方からペリシテを攻撃してくる勢力に対抗する「砦」として、またイスラエルの侵攻に対する「備え・見張り役」として、駐屯を許可する彼らにその役割を担わせようとしたのです。ダビデ率いる兵員は600人、ペリシテ全体からみればそれは決して多い数ではありません。が、だからと言って無視することもできない存在だったのです。
自ら選んだこととはいえ、ダビデのこの地における立場はたいへん微妙なものとなりました。彼はイスラエルの人々に対しては「お尋ね者」また「逃亡中の者」であって、今はまだ大手を振って帰国することはできません。しかしだからと言って、ダビデはペリシテ人のように彼らと真っ向から敵対する存在でもありません。むしろイスラエルは同胞であり、近い将来においては、彼自身がイスラエルの王として、そのトップの座に就く存在なのです。イスラエルの同胞とは何があっても戦うことを避けなければならないダビデでした。
その一方でダビデは今、ガテの領主アキシュの好意をもってサウル王の追手を逃れるべく「ツィケラグ」に隠れ家を提供してもらい、この地でしばしの安住を得ているところです。これには、前回のダビデの様子や彼の置かれた立場を知った領主アキシュの「同情心」に発端があったと思われます。もちろん先ほど触れた、アキシュの側に「ある計算」のあったことも事実ですが。
いずれにしてもダビデは、自分の将来を見つめると共に、現在置かれている立場についてもしっかりと考えながら行動しなければならず、非常に難しい状況にあったことは間違いありません。『あちらを立てれば、こちらが立たず』の心境だったことでしょう。結局ダビデは、ペリシテの地にあっては常に「究極の選択」を迫られていたことでした。そしてそのすべてが『苦渋の選択』へとつながっていくのでした。
ただ、やはりダビデはイスラエルの次期王位継承者でした。サウル同様ダビデも油注がれた器です。彼は生ける全能の神に仕えるしもべなのです。領主アキシュの下でその多くを忠実・誠実に仕えながらも、しかし「対イスラエル」に関しては神の御心を悲しませる道に進むわけにいきません。その結果としてアキシュに対しては「それ風」を装わなければならなかったのです。狂人を演じたときのように。
アキシュから《きょうは、どこを襲ったのか》と問われた時、ダビデは真実を隠し「イスラエルのとある村を攻撃し、これこれの戦利品を押収しました」と偽りの報告をしました。ダビデはアキシュの信頼を心苦しくも裏切り続け、いつもいつもペリシテ人の村を襲っては「イスラエル人の村を襲いました」と虚偽の報告を重ねていたのです。聖書は、この時のダビデの行動について触れこう書いています。《ダビデは男も女も生かしておかず、ガテにひとりも連れて来なかった。彼らが「ダビデはこういうことをした」と言って、自分たちのことを告げるといけない、と思ったからである。》と。
慎重に慎重を期した行動ですが、人の目にそれは「非情なる行動」とも「知恵ある判断」とも映ることでしょう。しかし結局は、その最終判断は「神がどうご覧になるか」にあると思います。神の知恵と思いはあまりにも深く、私たちが「前もって、すべてに結論を出すこと」は難しいと思われます。
ダビデは八方美人的に行動していたのでしょうか。いいえ、そうではなく、あくまで神の御心を第一に求めつつ行動していたのだと思います。それでも判断に困った時、どうして良いか分からない時には、彼は神の御手に「その自分自身を委ねて」一歩踏み出したのだと思います。
神に喜ばれ、神に受け入れられる道を見いだすために苦しむことはすばらしいことです。それは価値ある苦しみです。神は、あなたの「苦渋の選択」にまことの光を与え、進むべき道すじを明らかに示してくださるはずです。
あなたに対する人間の評価には、時に手厳しいものがあることでしょう。しかし、まことの評価は天から与えられるのです。ですから、苦しみの中にあっても、神を待ち望む希望とこの方への信頼を持ち続けましょう。神はあなたの選んだ道をきよめてくださるのです。
□□ 聖書の言葉 □□
天では、あなたのほかに、だれを持つことができましょう。
地上では、あなたのほかに私はだれをも望みません。
この身とこの心とは尽き果てましょう。
しかし神はとこしえに私の心の岩、
私の分の土地です。
(旧約聖書 詩篇 73篇 25−26節)
主を恐れる人は、だれか。
主はその人に選ぶべき道を教えられる。
(旧約聖書 詩篇 25編 12節)
〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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