【聖書】誰を欺いているのか
発行日時: 2005/8/27 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第250号 〓〓〓
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φ(^^ゞ [聖書を開けば] コーナー “誰を欺いているのか”
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ダビデはその日、すぐにサウルから逃れ、ガテの王アキシュのところ
へ行った。するとアキシュの家来たちがアキシュに言った。「この人
は、あの国の王ダビデではありませんか。みなが踊りながら『サウル
は千を打ち、ダビデは万を打った』と言って歌っていたのは、この人
のことではありませんか。」
ダビデは、この言葉を気にして、ガテの王アキシュを非常に恐れた。
それでダビデは彼らの前で気違いを装い、捕らえられて狂ったふりを
し、門のとびらに傷をつけたり、ひげによだれを流したりした。
(旧約聖書 サムエル記第一 21章 10−13節)
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いまやサウル王から栄光は去り、王位がダビデの手に渡るのもいよいよ時間の問題となっていた頃、当のダビデはサウルの執拗な追手から逃れ、当時イスラエルの敵であったペリシテ人の町「ガテ」にあって、ひとり身を隠そうとしていたのでした。
ところでこのガテという町、かつてダビデが一対一の戦いで倒した「戦士ゴリアテの出身地」だったことは、皆さん覚えておられますか?
そこで今日は、ダビデが初めてこの町にやって来た時の様子を振り返ってお話しようと思いますが、実はそれはそれはたいへん「惨めなあり様」でした。少なくとも私にはそう思えたのですが・・・。
と言いますのも、ダビデが「気がふれた人を装い」やって来たからです。冒頭の聖句にはこう書かれていましたね。《それでダビデは彼らの前で気違いを装い、捕らえられて狂ったふりをし、門のとびらに傷をつけたり、ひげによだれを流したりした。》と。
あぁ、想像してください。なんという惨めな姿でしょう。演技とは言え、これがイスラエルの次期王となる人物が敵に見せる姿でしょうか。なぜ、こんなにまでしてダビデは彼らに自らを愚かしく見せなければならなかったのでしょうか。
理由は二つ考えられます。一つは、当時のダビデには、サウル王の追手から逃れる場所として「ガテの町」が打って付けの位置にあったということ。
この町はペリシテ人の町でもありましたから、いかにサウル王と言えども、ダビデを捕らえると言う理由だけで軽々しく他国の町に手を出すなどということはできない、と彼は考えたのです。ダビデにとって「一時しのぎの隠れ家」ですが、この町を選んだことは当時の彼にとって「たいへん重要なこと」でした。
とは言え、ダビデがガテの町に入るについては、あらたな難題を生じさせていました。それは、町の人々が彼のことを僅かながらも知っていたからです。
たしかにダビデの名はガテの人々に知られていました。なにせこの町出身のゴリアテを倒した張本人の名前なのですから。深い恨みを買っていたに違いないと思われます。それに領主アキシュの家来も、ダビデについて『あの国の王ダビデ』と報告しているほど、いまや彼の実力と勢いはサウル王に優るとも劣らないほどのものとなっていました。彼は「無事に入り込むための何か良い方策はないものか」と、妙案を考えださねばならなかったのです。
もし現代のように、ダビデの顔写真(似顔絵でもいいです)が当時広く公開されていたなら、ますますもって彼はガテの町に入ることが困難になったことでしょう。むしろ、早々に近づくことをあきらめたかも知れません。
正気をもって町に入ることはできない、と考えたダビデ。彼の心には、たしかに領主アキシュとガテの人々に対する恐れがありました。そしてこの恐れが彼を「あのような振る舞い」へと導いた、二つ目の理由だったのです。
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私たちは、時に「自分を飾る」ことがあります。別の表現を借りれば、自分の本心を偽る・欺くことがあるってことです。ほとんどの場合、それらは言葉や態度、しぐさをもって表わされますが、なぜそのように行動してしまうのでしょうか。意外と、あのときのダビデ同様「実は私が他人を恐れている」からではないでしょうか。
人を恐れることは、それ自体悪いことではありません。問題は、恐れを感じたあとの自分の本心の表わし方にあります。
他者に対して、必要以上に卑屈な態度をとっている人はいませんか。やたら自己卑下的に自分を扱っている人はいませんか。安易な妥協をはかろうとする人はいませんか。ただその場をうまく通り過ぎようとするあまり「相手に調子を合わそう」として、相手も自分も欺いている、ということはありませんか。
たとい困難に真正面からぶつかることになるとしても、正々堂々と自分自身を貫き、己の良心に恥じることのないあり様で日々を暮らしてゆけたらなぁ、と思いますが、これって単なる理想論でしょうか。
いいえ、あなたがまことの神に心を開き、この方と共に歩む決心をされるなら、それは決して机上の空論とか理想論で終わることはありません。
自分そして他者を欺く人生とは、さっさとおさらばしましょう。『主に信頼する者は、決して失望することがありません』とは、真実です。
□□ 聖書の言葉 □□
神、その道は完全。主の御言葉は純粋。
主はすべて彼に身を避ける者の盾。
まことに、主のほかにだれが神であろう。
私たちの神を除いて、だれが岩であろう。
この神こそ、私に力を帯びさせて、
私の道を完全にされる。
彼は私の足を雌ジカのようにし、
私を高い所に立たせてくださる。
戦いのために私の手を鍛え、
私の腕を青銅の弓をも引けるようにされる。
(旧約聖書 詩篇 18篇 30−34節)
〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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