>> 記事トピックス一覧 
トップ > ライフスタイル > 生活の知恵 > 聖書を開けば・・・

【聖書】災いの火種

発行日時: 2005/8/13

 〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第248号 〓〓〓

  おはようございます。きょうもご愛読を感謝します。

  今日のメニュー:
 φ(^^ゞ [聖書を開けば] コーナー “災いの火種”
 φ(^^ゞ [雑談喫茶室]  コーナー “関心をもちましょう”

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
 ■回■  1(^^ゞ  [聖書を開けば・・・]コーナー  (^o^)丿  ■回■
 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
  エブヤタルはダビデに、サウルが主の祭司たちを虐殺したことを告げ
  た。ダビデはエブヤタルに言った。「私はあの日、エドム人ドエグが
  あそこにいたので、あれがきっとサウルに知らせると思っていた。私
  が、あなたの父の家の者全部の死を引き起こしたのだ。」

       (旧約聖書 サムエル記第一 22章 21−22節)
 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 あなたはこれまでに「このままでは危いかも」と思いつつもそのまま突っ走り、案の定「災い」を招いてしまったことってありませんか? しかもその災いの火の粉が「自分自身にではなく他人に降り注いでしまった」という経験はないですか? 今日紹介する聖書個所がまさにそれです。

 火種を与えたのはダビデ。そのトバッチリを受けたのは「祭司の町」と呼ばれていたノブに住んでいる祭司と住民たちでした。この町には祭司アヒメレクを筆頭に85名にも及ぶ祭司の集団がおりました。おそらく祭司養成のための訓練学校がこの町にはあったのでしょう。詳しい経緯は後で紹介しますが、その彼らと家畜を含む全住民とが、ただ一人エブヤタルを除いて、みんな殺されてしまったのです。

 ******************************************************************

 ペリシテ人戦士ゴリアテを打ち倒し、その後の戦いに大勝利を呼び込むきっかけを作ったダビデの名声が、その後も人気実力共にサウル王のそれを徐々に上回っていくことを知らされたとき、王は息子ヨナタンへの王位継承問題とサウル家の将来に関連して深い憂慮と不安を感じました。そこでサウル王は、目の上のコブは早いうちに取り除いておくべしと、ダビデ本人を亡き者にするための様々な策を講じていく決心を密かにするのでした。

 ところで王の息子ヨナタンとダビデの間には、父親も知らないほどの強い信頼と友情関係が早くから構築されていました。ダビデがサウル王の娘と結婚したことによって二人は立場上「義兄弟」の関係になりましたが、ヨナタンはそんな名義的間柄であることよりも、互いが深く親しい交わりを共有する友だちであること、すなわち『親友』であることの方がより重要なことだと考えていました。事実彼らの『親友』としての関係は、どんなことでも心の内を素直に打ち明け合う『心友』であり、またいつも、どんなときでも、自分を偽ることのない真実と誠実な態度で相手に接する『真友』の間柄でした。

 ただ、王であり父親でもあるサウルの目には、息子ヨナタンのこうした心と態度が「王位継承者としてはふさわしくない、軟弱な姿である」と映り、将来への一抹の不安をどうしても拭い去ることができませんでした。そういうわけで、ダビデに対する王の敵意は、言わば我が子ヨナタンを思う親心から出たものであった、と言えなくもないのです。

 ある時ダビデがヨナタンに「あなたの父上は私を殺そうとしておられます」と告げると、彼はその真偽を確かめるべく、父サウルの殺意が真実真剣であるどうか、自らが盾となってアレコレ探りを入れ奔走したのです。これにはさすがのサウルもほとほと呆れてしまい、思わず我が子ヨナタンに向かって「このばいたの息子め」と暴言を吐き、怒りをあらわにするのでした。

 ヨナタンは、ダビデに対する父サウルの敵意の深いことを知りました。またダビデ自身も、娘婿としての立場においてサウル王の傍にこれ以上留まっていることが難しくなりました。そこでダビデは、ヨナタンの助けを得て王の魔の手から逃れるべく「逃避行」に出ることになったのです。そして彼がまず向かった先、それが「祭司の町ノブ」だったのです。

 ******************************************************************

 ダビデが逃げたことを知ったサウル王は大いに怒り「ダビデに関する情報ならどんな事でもすぐ知らせるように」と全土にふれを出し、自身も直々に「ダビデ討伐」に乗り出しました。
 ただダビデがノブの町を訪れたとき、その時点ではまだ王からの正式な伝達が町に届いておらず、いわゆる「空白の時」が生じていたのでした。

 ノブの祭司アヒメレクは、サウル王の娘婿であるダビデが突然訪ねて来たことに不安を覚え、恐る恐る尋ねました。「いったいどういうご用件で来られたのですか」と。ダビデはまさか「王に命を狙われているので逃げてきた」などと事実を言うことも出来ず、そこで彼は適当な理由をでっち上げ「とりあえず何か食べ物をいただけないか」と申し出ました。またダビデはこの時、着の身着のままで飛び出していたため、何の武器も所持していませんでした。そこで彼は「槍でも剣でも、何かあれば貸して欲しい」とも求めたのです。
 実は、ここにはダビデが倒したペリシテ人戦士ゴリアテの剣が保管されていました。それで祭司アヒメレクは、何の疑いもなくこれをダビデに食糧のパンとともに手渡したのです。

 さて同じその日、たまたまここにサウル王のしもべ「ドエグ」という人物が所用のために滞在していたのですが、その彼が二人のやりとりの一部始終を目撃していました。そしてこの町におこる後の悲劇は、サウル王に対して彼が証言した言葉から始まったのです。

 ダビデを見つけたならすぐに連絡をせよ、との命令はその後も発し続けられていましたが、有力な情報は一向にサウルのもとに届きません。業を煮やしたサウルは「だれも私に対して忠誠を尽くさない」と、ぶち切れ寸前でした。そのとき、あのドエグが「実は私は彼を見ました」と報告したのです。

 祭司アヒメレクがダビデに対して丁重に接していたこと。食糧を与え、剣まで調達したこと。さらにはダビデのために神に祈ったこと等など。

 サウル王はすぐさまノブの町に使いを送り、祭司アヒメレクと彼に関わる人々全員を自分の下に呼び寄せ、そして彼らの行為を厳しく断罪したのです。
 祭司アヒメレクは「当時は事情が何も知らされておらず、あれは不可抗力でした」と弁明を試みますが、まったく受け入れられません。ドエグもそのことは知っていたはずですが、王の顔色を伺っていたせいもあって、あえて助け舟を出すことをしませんでした。王は遂に「全員処刑せよ」との命を、傍にいた近衛兵に下しました。しかし彼らは「神の祭司に手をかけること」を恐れ、誰も撃ちかかろうとしません。

 そこで王は、あらためてドエグ自身にその任を命じましたが、彼は何の恐れもためらいも持つことなく、祭司アヒメレクをはじめ85人にも及ぶ神の祭司たちを剣にかけてその場で殺しました。さらにはノブの町にまで行き、そこでも虐殺を続けたのです。彼は女や子どもたち、乳飲み子に至るまで剣の刃にかけて殺しました。

 この災いから逃れた者は一人もいない、と思われました。が、ひとり「祭司アヒメレクの息子エブヤタル」だけが逃れる機会を得、その後彼はダビデの所にやってきて、サウルの命によって引き起こされた今回の大虐殺の一部始終を報告したのでした。

 ダビデはこれを、元はと言えば自分の軽率な判断と行動によって招いてしまった悲劇であると自戒し、神の赦しとあわれみを深く求めたことでした。
 ダビデは一人残された祭司アヒメレクの息子エブヤタルに対して同情を示すとともに、これからは自分と共に行動をするよう勧めました。そして以後、彼エブヤタルはダビデに忠実に仕える祭司として、神の御心を取り次ぎながら生涯をダビデ家と共に歩むことになるのです。

 危機を逃れるためにダビデがとった行動が、思いもかけない仕方で多大な迷惑を周囲に及ぼす。それが時には「いのちに関わる問題」ともなり、そこに何か不条理なものを感じることですが、しかし神の意図されるご計画には、私たちの及びもつかない祝福に至る道が準備されていることを思い、ただただ心低くして神を崇めるばかりです。神の為さる業は、私たち人間にはあまりにも大きくて深く、及びもつきません。
 ただ、ちっぽけな人間として注意すべきは、少なくとも周囲の状況には細心の気を配り、決して自己中心的な思いから軽率な判断と行動をおこすことがないよう、そのことを十分自分に言い聞かせつつ日々を歩みたいと思います。

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
 回■回■ (^o^)丿 [雑談喫茶室]コーナー  4(^_-)ヾ   ■回■回
 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

        何事も、大切なことはまず関心をもつことから

 先日ユニセフ親善大使である黒柳徹子さんの講演録を読みました。初めてアフリカ・タンザニアを訪問した際のことが書かれていたのですが、当時その国では深刻な干ばつが発生していたため、一日に600人近くの子どもが亡くなっていたそうです。アフリカに限らず、こうした状況下で真っ先に影響を受けるのはいつも「こどもたち」です。ある村では3年間雨が降らなかったために穀物がまったく育たず、多くの子どもたち、特に乳飲み子が栄養ある母乳を与えられずに犠牲になりました。栄養失調、発育不良、多くの赤ちゃんが母親の腕の中で死んでいきました。
 徹子さんが村を出るとき、そこの村長さんは彼女に言ったそうです。『子どもは大人と違って、何も言わずただ周りの大人を信頼して黙って死んでいくのです。どうか、その事を忘れないでください』と。今から約20年前のことでした。

 しかしアフリカでは今日現在も、干ばつによる飢饉(天災)に加えて、内戦・内乱またエイズという新たな敵(人災)により何百万人という人が「いのちの危機」になお直面していると言われます。そしてこの犠牲者の大半が今回もまた「子どもたち」なのです。

 ところで、私たちは彼らに対して何ができるでしょうか。何をすべきでしょうか。様々な具体的支援が考えられることでしょう。直接的人力による協力援助、寄付などによる金銭的援助等など、これらは誰もが考え得る尊い人道支援行動だと思います。
 私たちがこうした実際的具体的行動をおこすことは重要なことです。しかし実はそれ以前に「もっと重要なことがある」と徹子さんは言います。つまりそれは『彼らに対して関心をもつこと』。基本的には「どんなことでも、とにかく自分の身の回りで起きていることに関心を持つ」ということだそうです。他者への関心が湧き上がらなければ、次なる行動に移ろうとする心の動機も生まれないわけで、従って「無関心であることの姿」ほど思いやりに欠ける、愛のない寂しい有り様はない、というわけです。

 いまアフリカではこんな現状が・・・との記事がありますので、ここに少し紹介しておきましょう。

 木の枠にビニールシートをかぶせただけの粗末なテントが何百何千と点在する難民キャンプでは、子どもたちが灼熱のなかを半日以上も水を求める列に並び待っている。国連からの救援物資がまったく届かず、一日一食の生活もままならない日々。そんな現状にさらされた母体の衰弱から、必要な栄養は言うに及ばず、いのちの水さえも容易に摂取できない乳幼児たちもまた大勢いる。
 そんな彼らの脱水症状を和らげるために医師が与える『経口補水塩』一袋の値段は日本円で7円弱。3000円もあれば約460人の子どものいのちを守ることができるのであるが、その援助資金さえこのところ不足気味だ。
 インドネシア沖大地震では世界各国から多額の援助資金が一夜にして集まった。しかしアフリカの現状には、いまや世界は無関心となっている。 
 
  ******************  ******************  ******************

 話は変わりますが、戦後60年を迎えたこの夏、8月15日が近づくにつれ各テレビ局・新聞社は、こぞって『広島・長崎の原爆および沖縄戦の悲劇』について、より詳細な事実を後世に残すべく、あらたな証言資料を加えてその情報公開に力を注いでいます。

 私は終戦から6年後に生まれました。当然戦争それ自体を知りません。両親からも当時の話を聞いたことはありません。そんな自分だからこそ、今、過去の戦争の痛ましさに再び思いを傾けることは大切なことではないかと思っています。それは、将来の平和を考えるにおいて決して無駄なことではないと思います。

 ただ、当時の戦争経験者である人々のほとんどが高齢化をむかえ、なお且つ『それを語ること』に苦痛を感じて「決して誰にも話すまい」と心に誓っておられる人もいるという現状に、戦争の生の証言を得るには「タイムリミット」のますます近づいていることを否めません。
 出来うればその重い口を是非開いていただいて、いまを生き、これからを生きる人々に対して「人間の愚かさ」「戦争の愚かさ」を語り伝えてもらいたいと願うことです。戦争の本当の姿、その悲惨さ残忍さについては、唯一経験者本人でなければ語ることが出来ないのですから。

 この時期、世界と人類の平和を声高に叫ぶ私たちですが、広島や長崎のかつての現状にも思いを傾け、さらに建設的によりよく前進していくため、過去の歴史に大いに関心を持つべきと感じています。両親やおじいちゃん、おばあちゃんから、もっと当時の話を聞いておくべきでした。でも今からでも決して遅くはないと信じます。時は近づいていますが、戦争体験者がなおここかしこに生きておられるのですから。

 〓〓☆★ つうしん ★☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 

 《聖書を読みましょう》
    これこそ悩みの時のわが慰め。まことにみことばは我を生かす。
    みことばはわが足のともしび、わが道の光です。 (詩篇より)
    
    聖書を読んでみたいと希望される方に、国際ギデオン協会より
    の寄贈聖書『新約聖書』を1冊進呈しています。
    活字が小さいために若干読みづらいかも知れませんが、興味あ
    る方は、住所・氏名・郵便番号をご記入のうえ、下記にお申し
    込みください。
    また、当メルマガへのご意見・ご感想、ご質問などもこちらま
    でお願い致します。

        E-mail: otu-bethel@nifty.com

 《登録解除について》
    配信停止を希望される方は、下記URLにアクセスし、
    マガジン検索を使って解除手続きを行なってください。

        http://www.ransta.jp/

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓/†/〓〓

 
このメルマガの読者になる
規約 
>> メルマ!の会報誌もお届けします
ブックマーク: はてなブックマークに追加del.icio.usに追加Buzzurlにブックマークニフティクリップに追加ライブドアクリップに追加Yahoo!ブックマークに登録My Yahoo!に追加Add to GoogleRSS

このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます

毎日の聖書
いのちのことば社の教会学校教案誌「成長」の「毎日の聖書と祈り」の聖書個所に、ほぼ基づいて聖書のことばをお届けしています。キリスト教に興味のある方はぜ...
世界キリスト教情報
国際情勢を深く理解するための補助線として世界のキリスト教の現状を提供する
聖書からのショートメッセージ
関西人クリスチャンのHallelujah!!です。聖書からの短いメッセージで、あなたに元気を贈ります。永遠のいのち、十字架、罪、赦し、救い、癒し、祈...
賢者の道
自分の人生と向き合う時、生きることが難しい時代に「聖書の教え」を解説しています。どうぞ、お楽しみに!
キリスト教案内マガジン「愛の道」
 プロテスタント・キリスト教会の発行です。教会に行ったことがない皆様や、信仰暦の新しい皆様にも、聖書の信仰と文化、教会の様子などを、楽しく、分かりや...


この記事へのコメント


コメントを書く
コメントはありません。

おすすめキャンペーン

三井住友銀行カードローン
金利 年6.0%〜12.0%。最高500万円までご融資。

最短30分審査、即日カード発行可能。

お申込みはこちら⇒

はじめようメルマガ生活
メルマガを読むには
メルマガを出すには
約64000誌から検索

メルマガデータ

  • メルマガID : 153701
  • 創刊日 : 2000-10-07
  • 最新号 : 2008-07-05
  • 発行周期 : 週1回(土)発行
  • バックナンバー: 全て公開
  • 発行者サイト: なし
  • 読んでる人 : 77人
  • コメント数 : 1
  • Score! : - 点
  • >> 月間ランキング

発行者プロフィール

ペンネーム : Anthrowpos

  • 滋賀県大津市在住のキリスト教プロテスタント系牧師です。日曜礼拝と祈祷会および聖書学び会を三本柱に、自宅にて毎回集会をしています。私の願いは、一人でも多くの方がまことの神様を知ってくださることです。そのためにも小冊子・チラシなどを配布し、地域の布教活動に取り組んでいます。

このメルマガの読者になる

規約に同意する



このメルマガの最近の記事


このメルマガの最近のコメント


このメルマガのバックナンバー


注目情報


新着記事トピックス