【聖書】子育て
発行日時: 2005/7/16 〓〓/†/【聖書を開けば・・・】〓〓〓〓〓〓〓〓〓 第244号 〓〓
おはようございます。今日もご愛読をありがとうございます。
新しく「RanSta」より配信させていただいています。
なにぶんにも操作手順に慣れないせいもあり、時にまごつき、皆様に
はご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、あしからず。
いまだにPC音痴で万年初心者の私には、ちょっとした変化も大きな
障害物なのです。あ〜 しんど!
今日のメニュー:
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■回■ 1(^^ゞ [聖書を開けば・・・]コーナー 1(^o^)丿 ■回■
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サムエルは、年老いたとき、息子たちをイスラエルのさばきつかさと
した。長男の名はヨエル、次男の名はアビヤである。
彼らはベエル・シェバで、さばきつかさであった。
この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、わいろを取り、さ
ばきを曲げていた。
(旧約聖書 サムエル記第1 8章 1−3節)
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今でこそイスラエルは『国』としての統一形態をみることですが、多くの国々の原始の姿がそうであったように、彼らも元々はアブラハム・イサク・ヤコブと続く「共通の父祖」から広がった「部族集合体」でした。
アブラハムに始まるといわれるイスラエル民族の歴史は、彼の生まれ故郷ウルから乳と蜜の流れる地カナン(現パレスチナ地方)へ、彼とその子孫を連れ出された「天地創造の神の約束とご計画、およびそれに関わる具体的導き」の中で作られていきました。
イスラエルが約束の地カナンに入植を果たした時、イスラエル部族の数に従って(正確に言えば嗣業の地をもたないレビ族の例外がありますが)約12に分割され、神は各地域をその部族ごとの統治に委ねられたのでした。
もちろん「部族ごとの統治に委ねる」とはいっても、それぞれが自分勝手に治めることを神が許されたのではなく、その基盤は「唯一まことの神を恐れ敬い、神の言葉に聞き従うことをもって治めること」でした。このことは、神がモーセに与えた十戒の中ですでに人々に求めておられた「神の民としての生き方」であり「イスラエルが守るべき姿」でもあったのです。
そこで神は、こうした生き方を指導する働き手として、祭司や預言者、さばきつかさといった人々を自ら起こし、彼らをしてイスラエル人への教育と指導にあたらせたのです。そんな彼らに求められていた資質といえば、まず彼ら自身が神に従う者であり、人に御言葉を取り次ぐに忠実な器・神と人とに対して誠実な人間であることでした。神の働きを手助けする彼らは、人々の心に「神の民」としての自覚を与え、神への信頼を日々固く抱かせる務めを担っていました。現在にも通じることですが、彼ら神の働き人には、まず自らが神を恐れ敬う人として生き「多くの人々の模範たれ」という責任がありました。
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さて祭司サムエルにはふたりの息子がいました。長男のヨエルと弟のアビヤです。サムエルは、彼らふたりを(当然のことのように)自分の後継者と考え、かつて自分も受けたように、幼い頃から神の戒めや祭司としての諸作法を教えつつ、神の器たるにふさわしいあり方を指導してきました。
「子育て」に関して、実はサムエルには心痛める体験が過去にありました。彼の先生であった祭司エリとその息子たちに起こった悲劇の一件です。前回お話したアノことです。(詳細は省きます)
サムエルはあの経験から大きな教訓を得ました。「二の舞は踏むまい」と彼は心に誓ったことでしょう。ですからなおさら、慎重の上に慎重を重ね、サムエルは子育てに注意を払って臨んだはずでした。自らが模範たるの生き方を示して、彼らの前を歩んだことです。ところがどうでしょう。なんと結局は彼も師匠のエリ同様に、我が息子たちによって苦渋を飲ませられる羽目になったのです。聖書には《この息子たちは父の道に歩まず》と切ない言葉が記録されています。親にとってはショックであり、トホホです。
その出来事を少し紹介しますと・・・。サムエルが年老いたとき、彼はふたりの息子に「さばきつかさ」としての実際的経験をもたせるため、ベエル・シェバという町へ彼らを遣わしました。そこはサムエルのいる町からかなり離れた、彼の目が十分には行き届かない場所にある町でした。(えてしてこういう状況が人々に試練を与え、個々の真の姿を試す場合が多いですね。)
しばらくして、サムエルのもとにふたりのことで良くない噂がもたらされました。彼らがその権限を利用して《利得を追い求め、わいろを取り、さばきを曲げ》ている、というのです。しかしそれは単なる噂ではありませんでした。 その後しばらくして、今度はベエル・シェバから直接町の長老たちが苦情を持ってサムエルのところにやって来たのです。彼らは「あなたの息子は私たちイスラエルを治める人物としてはふさわしくありません。誰か他に適当な人物をあらためて選び、たとえば他の国々のように『ひとりの王』を立ててもらえませんか」というのです。彼らの言い分は、サムエルの心を大いに憤らせる、納得のいかない要求でした。
祭司エリとその息子たちの一件では、厳しい神の裁きを見たサムエル。ですから少なくとも自分の子育てにおいては「同じ失敗は繰り返すまい」と、ヨエルとアビヤには神を恐れることを第一とし、また神に対してはもちろんのこと人に対しても誠実に生きるべきことを強く教えたはず。それなのに・・・。
我が子が「祭司」として「さばきつかさ」として不適格である、との引導を人々から渡されたとき、しかもその理由が我が子の不誠実・不信仰にあることを知らされたときは、さずがのサムエルも親としてがっかりしたことでした。彼はこの件について神に祈りました。主よ、どうすべきでしょうか、と。神の答えは、彼らの要求を受け入れなさい、でした。
結局このことがきっかけとなって、イスラエルには「サウル」というひとりの王が立てられ、以後ダビデ・ソロモンと王制が続いていくのでした。
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ところで、どの時代においても「子育て」は難しい仕事の一つです。
国や風俗・習慣、宗教、教育の違いはあっても「子どもをより良い人間に育てたい」それが親として抱く共通の願いであり、課題です。そこで一つのことをお奨めします。それはまずあなた自身が実践し、その後で子どもさんに教えてあげるべきことです。即ち『生けるまことの神を恐れること』です。
神を恐れる生き方とは、神と人との前で『誠実に生きること』です。
では「誠実」とは何でしょう。最近この言葉が国会でやたらと聞かれることですが、本当の誠実とは(文字を分解すればわかると思いますが)『自らが口にする言葉を、そのとおりに行ない、実を成らせること』です。つまり、自分が口にするどんな言葉にもちゃんと責任を負い、特に約束については実行する、行ないについては実際やって見せること、なのです。誠実とは有言実行、言行一致のあり方です。
ただ、とかく誘惑に負けていい加減な生き方に陥りやすい私たちですから、そんな私たちが「誠実」をより確実に実践するためには「常に誰かの監視・監督を必要」とします。それも、真実をもって対峙してくれる非常に厳しい監督が。その必要に適うのが、まさしく「神ご自身」なのです。
神は、私たちの語る無駄口にさえしっかりとチェックを与えられます。ですから、神を侮り、ゆめゆめいい加減な言葉を口にすることは控えましょう。神と人に向かって真実を語り、神と人の前に真実を行なうことをおおいに心がけましょう。この方を常に意識し、日々を歩んでください。そうすれば、あなたの道はこの方によって守られます。
□□ 聖書の言葉 □□
耳を植えつけられた方が、お聞きにならないだろうか。
目を造られた方が、ご覧にならないだろうか。
(旧約聖書 詩篇 94篇 9節)
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回■回■ (^o^)丿 [雑談喫茶室]コーナー 4(^_-)ヾ ■回■回
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気になるダイエット事情
夏本番が近づいてきました。当然服装も薄着となり、肌の露出度が増しています。そうなると気になるのが、やはり「体型」。特に若者女性にとっては深刻な悩みなのだそうです。
やせた〜いとの願望が、今や多くの人をダイエットへと誘います。新聞広告には来る日も来る日もダイエット食品やエステティック・サロン、スポーツジムなどが紹介され、自分の体型に不満を抱く人々の願望がこの種の産業を大いに潤していることをまざまざと知らされることです。
でも、ある研究所の発表によれば、最近は昔と違って『本来ダイエットする必要がないにもかかわらず、それでも人はやせたがる』といいます。
たしかに、ダイエットに関する街角アンケートの様子を見ていると、ぜんぜん問題ないと思える人(見た目にもスリムで、スタイルが良いのに)が「もっと痩せた〜い」と真剣に答えている。それって、隣りに立っているオバちゃんへの当てこすりか?(し、失礼しました!)
肥満というものを公に測る国際的尺度もあるそうですが、昨今の若者たちが気にしている肥満、ダイエットは、どうやらそれで測られる類のものとは根本的に違うようです。つまり、単なる「比較」の問題なのです。
ある特定の人(それが誰であるかは個々に違いがある)の姿かたちが「その人の肥満に関する判断基準」となり、「あの人に比べて」自分は肥っているからとか「あの人よりは」痩せているからという、見た目のみの判断で次なる行動へ自分を駆り立てていくのです。
数値からはじき出された「実態ある肥満」ではないにもかかわらず、今日多くの若者が、たとえばドンキホーテのように、空しい努力と戦いをなお重ねています。あなたはあなたとして十分美しいのに、多くの人はそんな自分を認めようとせず、むしろこれを嫌い「自分以外の誰かさんになること」を理想と考えているのです。たいへん残念なことです。自分を認め、愛しましょう。
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