シンクタンク山崎農業研究所が農業を中心として健康・食べ物・人物をめぐる情報を提供し、読者との意見交換をはかる農業カルチャーマガジン
- 最新号:2008-09-04
- 発行周期:隔週刊
- 読んでる人:221人
- 創刊日:1999-07-08
- Score!:-点
- コメント数 : 0
- メルマガID:152188
- バックナンバー:全て公開
- 発行者サイト:あり
- >> 月間ランキング
『電子耕』No.193-2006.10.05号
発行日: 2006/10/5
*********************************************************************
隔週刊「農業文化マガジン『電子耕』」 第193号
−環境・農業・食べ物など情報の交流誌−
2006.10.05(木)発行 山崎農業研究所&編集同人
<キーワード>
環境・農業・健康・食べ物などの情報提供、高齢者と若者、農村と都市の
交流ミニコミ誌。山崎農業研究所&『電子耕』編集同人が編集・発行。
http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_index.htm
*************************************発行部数 1350 部***************
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ 目 次 □----------------------------------------------------
<巻頭言> 風物詩としての農具市 石川秀勇
<81歳のメッセージ>
天草農民を救うため切腹した鈴木代官 原田 勉
<千川上水再発見> その5 水質 安富六郎
<編集後記> ひもじか目にあわんように
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<巻頭言> 風物詩としての農具市(のうぐいち)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JR総武線で東京から江戸川を越えると千葉県市川市。車窓からの風景は市
街地続きで東京と変わらない。
市川市の中心部に、下総の国(現在の千葉県)を守護する総鎮守として東国
武士に崇敬され、人々の信仰を集めてきたという葛飾八幡宮(かつしかやわた
ぐう)が鎮座している。例祭日が9月15日で、神楽殿で舞や雅楽が奉納される
が、併せてこの日から20日まで「農具市」が毎年ここで開かれる。この農具市
は江戸時代に始まり、関東有数の賑わいを見せてきたものという。
農具市が今年も開かれるとの新聞の記事。農業資材の専門スーパーすらあち
こちにという時代の今、どんな感じで開かれているのかなと足を運んでみた。
神社の参道沿いや境内に並んでいたのは、食べ物の屋台やオモチャなどを並
べた店がむしろ多く、農具類などの店は少なかった。それでも、農作業に使う
カマ・クワなどの農具類や大工用品などを並べる店が2、臼(うす)やオケな
どの木製品を並べる店が2、それから鉢植え草花や植木苗を並べた店が3、数
えられた。
そして、農具の店について言えば、明治の時代から東京の八王子或は埼玉の
春日部で農具を自分のところで製造している、今では数少ない鍛冶業者の出店
とのこと。商品は、いわば手造りの少量生産のものであり、説明は詳しく親切
だった。
帰りがけ参道わきに、どっしりした大きな石に刻まれた「改耕碑」を目にし
た。説明板を読むと、明治末から大正期にかけて排水改良のための事業を行い、
低湿地だったこの地域一帯を良い耕地に生まれ変わらせた、とある。碑の建立
は大正9(1920)年。
店先で古老が“若い頃は、参道の外れまで農具店がびっしりと並んだものだ
ったが…”と言っていた。その頃の周辺地域はまだ農村集落が主体で、農家の
数が相当に多かったのであろう。
今は、一般市民の楽しむ秋の風物誌としての農具市に変わったように思われ
たが、続けられていること自体を有り難いと言わなければならないのだろう。
境内や参道の緑に覆われた神域に、来年もまた訪れようと思う心を癒す空間を
つくっているのが農具市だ、そんな感想が抱かれた。
石川 秀勇
山崎農業研究所会員、千葉県野田市在住
y.nouken@taiyo-c.co.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<81歳のメッセージ> 天草農民を救うため切腹した鈴木代官
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
テレビドラマでは、代官はたいてい悪者扱いであるが、徳川時代には多くの
代官が善政を行ったようである。
中でもここにとりあげるのは、天草の乱後幕府直轄領(天領)になった天草
の代官を勤めた神様のような武士の話である。
天下に有名な島原・天草の乱は寛永十四(1637)年に起こった。民衆蜂起の
動因は重税である。領民は苛斂誅求に耐えきれず、反抗すると徹底した弾圧を
加えられた。最初は切支丹一揆ではなかった。
民衆蜂起の前から切支丹信徒は弾圧にさらされていたが、それが重税に反対
する一揆に期せずして合わさった結果、十字架の旗のもとに結束していった。
天草の場合、諸島合わせても二万石の米も獲れないのに表高四万二千石とい
う課税評価に固定していたために、その表高によって農民が苛斂誅求され続け
ていた。
天草の一揆は、人間の生存を賭けたぎりぎりの大反発であった。
天草の農民は戦って戦死しなくても、おそらく餓死していたにちがいない。
ところが、支配層は、「切支丹などは八つ裂きにして殺してもよい、なぜな
ら切支丹の連中は、外国勢力を呼び込んで国を売ることを考えている、したが
って幕府側は切支丹一揆」と決めつけて原城にたてこもった農民を12万の軍
勢で攻撃した。結果として島原方2万3千人、天草方1万3900人、合わせ
て3万7千人は皆殺しにされた。
天草百二十余ヵ村(*注1)のうち島原に近い三分の一の村々は耕す人がな
く荒れ果てて手がつけられない亡所となった。現代の過疎地帯よりももっとひ
どい。
天草が天領になったのは乱後の寛永十八(1641)年、天草代官は幕臣の鈴木
三郎九郎重成である。幕府は各藩に対し、禄高一万石について一戸の割合で差
し出せと命じ、入植させたことからみても、天草の土地がいかに空になってい
たかがよくわかる。
それでも唐津の寺沢氏が自家の家格を上げるために、公認してもらった天草
四万二千石という表高は変わらなかった。
鈴木代官は現地調査して、実高は二万一千石と見た。良心的な代官であった
が、この四万二千石という租税はどうにもならなかった。
彼は、しばしば出府して、幕閣に対し、表高を半減してもらうようさまざま
に働きかけたが、江戸期の幕閣という官僚主義の壁は破れず、ついに承応二
(1653)年に最後の出府で上表文を出し自刃した。満65歳であった。
重成の死後五ヶ月目、養子の重辰(しげとき)が二代目の代官に着任したの
は明暦元年六月である。
*注2(切腹した場合、お家断絶になるのが通例だが、幕府では病死扱いにし
て子の重祐に家督を継がせ、養子の重辰(重成の兄正三の実子)を二代目代官
に任じるという異例の処置を取った。これは、天草の人々は重成に心服してい
るので鈴木家でなければ天草は治まらないことを幕府は熟知していたからだと
いう。)
重成の自刃によって幕閣はようやく腰をあげ重辰が就任してから七年後に表
高二万一千石に減ぜられた。この証文には松平伊豆守信綱、阿部豊後守忠秋の
花押があった。
鈴木重成代官が死をかけて減石した仁政に感謝した天草農民は、村々に「鈴
木さま」と崇めた鈴木塚を築いた。これはさらに発展して九十六年目に鈴木神
社総本社が本村(現天草市本町)に造営された。祭神は初代代官鈴木重成と第
二代鈴木重辰と重成の実兄であり重成の実父である鈴木正三(しょうさん)の
三柱である。
それでもなお天草の貧しさは救えず、幕末までに何度も百姓一揆があった。
鈴木代官が提示した表高二万一千石でも天草の土地生産力からいえば過重だっ
たのである。
明治以降になっても生産力にそぐわない人口増加の結果は、海外出稼ぎとし
て有名な「からゆきさん」を生むことにもつながるのである。
からゆきさんについては次の機会に譲る。
<参考文献>
司馬 遼太郎 著 『街道をゆく 十七 島原・天草の諸道』
朝日新聞社 1982年刊
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022501170/
黒瀬 昇次郎 著 『切腹』 致知出版社 1996年刊
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=19781985
*注1:乱の後、重成が、村落整備のため
村々を統合して八十六ヵ村とし、各村に庄屋・年寄・百姓代の三役を置いた。
八十六ヵ村を十組に束ね、各組には大庄屋を置いた。
*注2:参考:鈴木神社宮司 田口 孝雄 氏「 天草を救った鈴木重成公 」
http://www.kumakanren.com/magazine_terakoya/Number_39.html
(熊本県観光連盟HP http://www.kumakanren.com/ から)
<関連ページ紹介>
RKK開局50周年記念特別企画「天領・天草 鈴木重成公没後350年YEAR」
(熊本放送 2003年)
http://www.rkk.co.jp/start/shigenari/
「鈴木さま」
http://www.rkk.co.jp/start/shigenari/history/
山崎農業研究所会員・『電子耕』編集同人
原田 勉
tom@nazuna.com
http://nazuna.com/tom/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<千川上水再発見> その5 水質
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
当時、水質を決めたのは、おそらく水の「色」、「におい」、「味」など五
感による判断であったろう。これは今よりも厳しく行われたのではなかろうか。
水の味は溶融ガス、イオンの種類と量に依存する。「うまい水」には有機物を
含まないこと、直接の雨水よりもミネラル含有が地球の地殻の成分の割合に似
ているほうがよいとされている。日本の河川水の成分の平均値は世界の平均値
よりも珪酸(SiO2)が多く、カルシュウム(Ca)と重炭酸(HCO3)は少ない。
このようなイオン配分はソフトな水の要素とされている。この比率の変化で
水の持つ風味や味は敏感に変わる。人は生まれたところの自然水が最も優れた
ものと判断するだろう。そこに異物の混入があれば、「うまさ」も変わること
になる。上流で洗い水などの混入によって下流の水質は低下する。水量の少な
い場合にはその影響は大きい。
土水路を流れる水の断面積(S)に対し水の土に接触する長さ(P)の比率
(S/P)を径深(R)と言う。Rが小さいほど水量に対する周辺接触の影響は大
きい。水路断面が小規模、あるいは小水量であればRは小さくなり、土表面か
らの影響を受けやすくなる。
上水は台地の畑地の中を流れている。根菜類の栽培に適していた関東ローム
の畑地、とくに練馬、豊島の畑地には多量の下肥を投入していた。大雨のとき、
畑地からの水が流れ込む。土水路側面からの窒素やリンの雨水浸透による小水
路への流入は避けられない。水路中の水移動時間が長いほど雨水の地下水から
の影響も多くなる。停滞水には、微少なカビ、コケなどの藍藻類も発生しやす
い。このときの水質の低下は著しいと思われる。
千川上水23kmの平均勾配1.7/1000から水路の特性(R)を考慮して計算する
と、平均流速は0.34m/sec〜0.24m/sec(一部実測による)。距離を流速で割る
と取水点から23km先に届くまでの到達時間が計算され、19〜26時間となる。平
均をとると22.5時間であり、分水堰から江戸市中への輸送に1日近く要したこ
とになろう。この到達までに水質は地下水の影響を受けることになる。
灌漑取水によって下流の水量は減少し、水質は低下する。清水を維持するこ
とは容易ではない。費用もかかる。水路状況、周囲の環境から見れば、上水は
量質共に生活水として十分なものではなかったと思われる。「上水に毒が入っ
ている」と江戸町内に流布されたのは水の悪さを裏付けている(天明6年
1786)。同年上水の使用は禁止されているが、これは衛生上の問題からだけで
あろうか。
(山崎農研会員 電子耕編集同人 安富六郎)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<編集後記> ひもじか目にあわんように
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
うちの子どもは二人ともおにぎりが大好きである。先日の夕食のときも、ご飯
が残っていたので「おにぎり食べる?」とたずねたら「うん!」という声がか
えってきた。手をぬらし、まだ熱いご飯を手のひらでかたちづくる、塩を手に
つけてかたちをととのえ、海苔でつつむと海苔の良い香りがぷーんとただよう。
お弁当のおにぎりもよいのだが、つくりたてのおにぎりのうまさはまた格別で
ある。
おにぎりというと、石牟礼道子さんが亡くなられたご両親について書かれた
「『死』を思う」に忘れられない一節がある。
「仕事場に出かけるわたしに、遮二無二おおきなおにぎりを「途中でひもじか
目にあわんように」といいながら、海苔に包んで持たせてくれていた。しいて
断わらず、これが最後と思い思い作ってもらっていた」
ひもじいという言葉もこの国では死語になりつつあるかもしれないし(もちろ
んいまでもそのような思いをする人はたしかに存在するのだが)、おにぎりの
大きさもいまどきのそれはたかがしれている。 そしてわたしの母はまだまだ
元気だ。
なのに、この石牟礼さんの文章を読むといつも目頭が熱くなる。親が子を思う
気持ちはいつの時代でも同じだからなのだろうか。そういえば、母が電話をし
てくるときにしばしば言うのは「コメあるかい?」であった。
2006年10月04日
山崎農業研究所会員・田口 均
y.nouken@taiyo-c.co.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎お願い「<読者の声>の投稿規定・メールの書き方」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1、件名(見出し)を必ず書いて下さい。「はじめまして」は省略して、言い
たいことを具体的に。
2、氏名・ハンドルネームは、文末ではなく始めのほうに。
3、1回1テーマ、10行位に。
4、ホームページを持っている人は、文末にURLを。
5、JIS X0208 規格外の文字(機種依存文字)のチェックを。
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/networks/check/jisx0208.html
インターネットで使えない丸数字や半角カタカナ、括弧入り略号などは文字化
けの原因です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◎投稿アドレス変更のお知らせ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
電子耕への投稿アドレスは、117号から発行人の変更に伴い、
y.noken@taiyo-c.co.jp
となっております。投稿される方はこちらのアドレスにお願いします。
----------------------------------------------------------------------
次回 194号の締め切りは10月16日、発行は10月19日の予定です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★『メールマガジンの楽しみ方』発売中
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
書名:岩波アクティブ新書45『メールマガジンの楽しみ方』
著者:原田 勉 定価:735円 発行日:2002年10月4日
発行所:岩波書店 ISBN4-00-700045-X
まえがき・目次・著者紹介・注文方法はこちら
http://nazuna.com/tom/book.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『電子耕』から大切なお知らせ
http://nazuna.com/tom/denshico.html
http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_mailmag.html
<本誌記事の無断転載を禁じます>
**********************************************************************
隔週刊「農業文化マガジン『電子耕』」 第193号
最新号・バックナンバーの閲覧
http://blog.mag2.com/m/log/0000014872
http://nazuna.com/tom/denshico.html
購読申し込み/解除案内
http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_mailmag2.html
2006.10.05(木)発行 山崎農業研究所&編集同人
mailto:y.noken@taiyo-c.co.jp
****************************************ここまで『電子耕』************
このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます
- Japan on the Globe 国際派日本人養成講座
- 日本に元気と良識を。歴史・文化・政治・外交など、多方面の教養を毎週一話完結型でお届けします。3万4千部突破!
- 週刊アカシックレコード
- 02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家(金正日の「遺書」で始まる「中朝戦争」後の北朝鮮...
- 宮崎正弘の国際ニュース・早読み
- 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析
- 【いざ、日本再生へ!】 日本再生ニュース
- 「わが国のあり方はこれでいいのか」「日本は国家としてのバックボーンが失われつつあるのではないか」との問題意識のもと、日本の伝統的な価値の「再建」を広...
- 暦のツボ
- 「○○の日」って、誰がどうやって決めたの?「旬の魚」って、どんな魚なの?生活や食、歴史の視点から、暦や記念日に関する疑問を一歩踏み込んでズバッと解決...
![メルマガスタンド[メルマ!]](/img/common/backnumber_article/melma_logo.gif)


