シンクタンク山崎農業研究所が農業を中心として健康・食べ物・人物をめぐる情報を提供し、読者との意見交換をはかる農業カルチャーマガジン
- 最新号:2008-10-02
- 発行周期:隔週刊
- 読んでる人:212人
- 創刊日:1999-07-08
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- コメント数 : 0
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『電子耕』No.190-2006.08.24号
発行日: 2006/8/24
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隔週刊「農業文化マガジン『電子耕』」 第190号
−環境・農業・食べ物など情報の交流誌−
2006.08.24(木)発行 山崎農業研究所&編集同人
<キーワード>
環境・農業・健康・食べ物などの情報提供、高齢者と若者、農村と都市の
交流ミニコミ誌。山崎農業研究所&『電子耕』編集同人が編集・発行。
http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_index.htm
*************************************発行部数 1346 部***************
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□ 目 次 □----------------------------------------------------
<巻頭言> 長野県知事選挙をめぐって 林 尚孝
<読者の声>大山勝夫さんから;「もの言えば唇寒し」の世相を憂う
<81歳のメッセージ> 藤沢周平の死生観 原田 勉
<山崎農業研究所情報>
◇山崎農業研究所総会記念フォーラム「農村集落の機能に学ぶ」講演要旨
3.集落営農に“むら”の将来を託す
――及川 烈氏 農業組合法人「原体ファーム」代表
<千川上水再発見> その2 上水の面影 安富 六郎
<編集後記> カンカン・ランランから30余年
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<巻頭言> 長野県知事選挙をめぐって
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8月6日に投票の行われた長野県知事選挙結果は、下馬評が外れ新人の村井仁氏
が当選した。6年前に初当選した田中康夫知事は「脱ダム宣言」で注目を浴び
、
2年前には県議会の不信任を逆手にとって大勝した。今回も、田中候補が楽勝
するのではといわれていた。
夏を郷里諏訪で過ごす私には身近な選挙であった。選挙権がないのに、村井陣
営から3回も電話があり、無作為抽出による電話アンケート調査が2度もあった
。
ご承知のように村井候補は612,725票、田中候補は534,229票という予想外の大
差となった。
ところで、諏訪6市町村の投票結果をみると、原村を除いて5市町で田中候補の
得票数が上回った。原村の得票差は、わずか55票であり、諏訪地域では田中候
補が12,312票上回る圧勝であった。
県外の方には、なかなか理解できない結果ではないかと思う。たとえば、村井
候補自身が選挙運動中、田中知事の実績を評価するといい、田中知事のよいと
ころを継承したいといっていた。「脱ダム宣言」やら、長野県赤字財政の改善
などの実績があるのに、なぜだろうと感じられるのではないか。
旧制中学時代からの古い友人に茅野實君がいる。彼は、6年前は地元八十二銀
行の頭取を務めており、田中康夫知事登場に一役かった。長野県の金庫番であ
る八十二銀行頭取が、それまでの県政を継承する有力候補に公然と反旗を翻し
た。大番狂わせの結果が生まれた。ところが二期目の田中知事の言動により、
支持者離れが始まった。切り絵作家の柳沢京子さんが袂を分かち、県職員の知
事支持率は数%という状況になった。チェルノブイリでの医療活動のあと田中
知事を応援するために県衛生部長になった菅谷昭氏も松本市長となって去って
いった。茅野君の苦悩が始まり、再三再四田中知事に苦言を呈して状況の改善
を図った。しかし、田中知事はそれを容れず、あまつさえ山口村の越県合併問
題や泰阜村への住民票問題などで理解しにくい行動を取った。菅谷松本市長は
「反復性サプライズ症候群」という病名を田中知事に呈したほどだった。田中
知事の唯我独尊という姿勢が改まらないので、茅野君は田中知事と袂を別つ決
意を固めた。
6月15日の信濃毎日新聞などに、「鳴りやまぬ『目覚まし時計』をもう止めま
しょう」という意見広告を茅野君は掲載した。県知事選挙の公示前とはいえ、
この思い切った意見広告は、選挙妨害に当たるという告訴を受けた。田中知事
を担ぎ出しておきながら、今更無責任だという非難・批判が巻き起こった。し
かし、結果的に見ると、この意見広告が決定的な影響を与えたと思われる。茅
野君は中学時代から蝶の蒐集に熱心であり、近年の長野県の自然荒廃に怒りを
覚えていた。長野県環境保全協会を立ち上げ、現在もその会長として環境問題
に取り組んでいる。その意味では、理念的に田中知事と同じ立場にあった。開
票直後のインタビューで、茅野君は「長野県民は独裁者はいらないという判断
をしたのだと思う」と答えていた。
8月9日茅野君への告訴は不起訴処分になった。しかし、三度知事選に自己の意
思表示を行った茅野君の県政への責任は重い。田中県政の最大の功績は、知事
選を身近なものにしたことにある。苦渋に満ちた選択をした長野県民とともに
、
今後の村井県政を見つめていきたい。
林 尚孝
山崎農研会員・茨城大学名誉教授
y.nouken@taiyo-c.co.jp
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<読者の声>
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■8/19 大山さんから;「もの言えば唇寒し」の世相を憂う
盆休みで賑わう山形・庄内地方は朝からの強い日射で気温もウナギ昇り。61
年前の終戦の日を思い起こしていた。そんな日の夕刻、わが家の周辺がにわか
に騒々しくなり、やがて消防車や救急車の警笛も聴こえてくる始末。外に出て
みると近くの精三会館(加藤紘一代議士事務所と住宅)の屋根から火がふきあ
がっているのが目撃された。その後のマスコミ報道によれば、放火された疑い
ももたれているそうだ。山形県警を中心にした捜査で近く真相がわかるであろ
う。
そういえば、この日は小泉首相の靖国参拝をめぐって朝からマスコミ報道や
その賛否について、政治家や識者のコメントが放映され、その中で加藤紘一元
幹事長は一貫して首相の靖国参拝に反対の立場を表明されていた。このことと
今回の放火事件との関連は定かでないが、靖国参拝反対に対する口封じのテロ
ではないかという声も聴かれる。もし、そうだとすれば言論に対する重大な挑
戦といわざるを得ない。太平洋戦争前夜の重苦しい世相が気にかかる。
ある新聞記事によれば、加藤事務所が放火されてから、靖国参拝にかかわる
政治家・識者の発言がめっきり少なくなったとか。せっかく市民レベルで靖国
の問題、戦争責任などの歴史認識が問われ、さまざまな論議が巻き起こった矢
先であるだけに、今回の事件は残念であった。
こうした世相だからこそ,各人が自由にものを言える社会を守ってゆきたい
ものである。
大山勝夫
山崎農業研究所会員・日仏農学会顧問
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<81歳のメッセージ> 藤沢周平の死生観
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藤沢周平の傑作小説は、多くの愛読者を得て、時代小説の一時代を画した。
近年でも山田洋次の映画化した「たそがれ清兵衛」や「鬼の爪 」なども続い
ています。
藤沢周平が愛読される理由の一つは、生と死の境界域で書き続けたことにあ
ると思います。
藤沢周平は庄内平野、鶴岡近郊の農家の次男で本名を小菅留治といいます。
彼は昭和20年代後半、結核の大病から生還した人です。
しかしその手術の際の輸血から感染した遅発性の肝炎が彼の命を縮め、69歳と
いう比較的早い死を迎えたのは、本人にも私たち読者にとっても不運なことで
した。
藤沢周平の初期の作品は『溟(くら)い海』にしても『又蔵の火』という傑
作や、直木賞をもらった『暗殺の年輪』にしても、ずいぶんと暗い話です。
作家の胸の内に暗い屈託の火を抱え込んでいる気配があります。
これは、昭和28年東村山の結核療養所に4年間、生と死の境界域にいた経験
と無関係ではありません。さらに32歳の時に結婚した奥さんが4年後に、小さ
な娘さんをひとり残して癌で亡くなったことも大いに影響していると思います
。
藤沢周平は娘を抱えて生活そのものと悪戦苦闘し、やがて再婚しました。そ
んな自分の屈した気持ちを解放するために食肉業界紙に勤めながら小説を書き
始めました。
前期の暗い作風が13年経った1977年、49歳で書き始めた『用心棒日月抄』か
ら突然作風が明るくなります。それまで自分のために書いていた小説ですが、
ふと読者というものの存在を意識するようになったと本人も述懐しています。
その後、作家が孤高に立つのではなく、読者を意識し、作家と読者が、比較
的濃密な関係を結び、読者に愛される作家になりました。
舞台になったのは、文化・文政期、江戸の黄金時代です。そして鶴岡藩をモ
デルにした海坂藩で『用心棒日月抄』や『蝉しぐれ』『三屋清左衛門残日録』
などの傑作が生まれたのです。
私が80歳を過ぎてから再読して、特に感動したのは『三屋清左衛門残日録』
です。藩主の用人を隠居して国元に帰ってからの交友録を中心に述べられてい
ます。或る日病気になった友人を見舞って、ようやく回復期になった友・平八
が、杖をつきながら一歩一歩と歩く様を見ての感慨です。(「早春の光」より
)
「人間はそうあるべきなのであろう。衰えて死が訪れるその時は、おのれを
それまで生かしめたすべてのものに感謝をささげ生を終えればよい。しかし死
ぬるときまでは、人間は与えられた命をいとしおしみ、力を尽くして生き抜か
ねばならぬ」
私も何度か死の淵に立った思いと比べ、これは藤沢周平の生と死の経験をも
とにした遺言と思い、その死生観にうたれたのです。
人間は、こうあるべきだとつくづく思います。
先般、山崎記念農業賞を受賞したときにお祝いの言葉をいただいた山田民雄
氏の文言にも同意のものがあり、よき友を得たとあらためて喜んでおります。
藤沢周平 著『三屋清左衛門残日録』(文藝春秋・刊 平成元年)
402p 19cm(B6)(ミツヤセイザエモンザンジツロク )
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4163112006.html
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163112006/
文庫版
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167192276/
映画化作品紹介-Yahoo!映画 - 藤沢周平
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/typs/id293471/
海坂藩 研究所(郷里鶴岡市のファンによるサイト)
http://www.e-yamagata.com/unasaka/
山崎農業研究所会員・『電子耕』編集同人
原田 勉
tom@nazuna.com
http://nazuna.com/tom/
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<山崎農業研究所情報>
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◇山崎農業研究所総会記念フォーラム「農村集落の機能に学ぶ」講演要旨
2006年7月8日(土)太陽コンサルタンツ会議室 30名参加
3.集落営農に“むら”の将来を託す
――及川 烈氏 農業組合法人「原体ファーム」代表
岩手県江刺にあるわれわれの農業は一言で言えば、付加価値農業といえる。
集落営農発足の契機は、水田圃場整備にあった。この営農の出発に当たって、
「なぜいま集落営農か」について、皆の納得が必要であった。農地集積してい
まさら何をするか。各自自由にやるのがよい。あるいは農地は公共的な性質を
持つという特徴を生かす。集落営農によって在宅兼業もできる、など多くの意
見の差があった。
若者が定着することで集落が活気をもってくる、という期待も強かった。討
論の末、水田の合理化と経営の複合化、企業感覚を発揮して、安定した地元就
業の場をひろげ、持続的活動が集落営農によって可能であることを皆が理解し
た。
設立は平成14年である。15年に特定農業法人に認定を受けた。組合組織は74
人、出資金74万円から始まった。事業計画として利用権設定による栽培面積は
初め26ha(現在34ha)、農作業受託15ha(14ha)である。今後拡大方向で進も
うとしている。いま乾燥施設、加工施設がある。米粉パン、ジャム、餅などが
作れる。そのほか組合所有機械もある。栽培種目は平成15年の例では水稲
(19.5ha)、ダイズ(14ha)、ブルーベリー(50a)、ピーマン(16a)、タラ
の芽(20a)、水稲育苗(4200箱)など。
平成15年には東北農政局土地改良事業地区営農推進優良例表彰、平成17年に
は農水大臣土地改良事業地区営農推進優良例表彰を受けた。いまはエコファー
マーとして認定されている。本年度は江刺市農業賞など、われわれの努力が認
められつつあると言える。
パン加工施設は人気がある。とれた米(ひとめぼれ)100%の米粉での手作
りパンは、地元の主婦が専門の技術を身につけて作っている。農産物、加工品
(サラダやコロッケなど)すべて地元産である。販売店を持ち地産地消を進め
ている。この地域全体には100haの農地がある。今後集落内農地の50%以上の集
積と受託を目標に集落営農を発展させたい。
課題として水稲とダイズのブロックローテーションを開始したので、安定し
た栽培技術の確立が急がれる。ダイズ、ブルーベリーなどの加工施設の設置を
考えている。今や担い手の育成から組織の育成に変わったと思っている。ゼロ
から出発して億の資産を持つに至ったが、今後の組織育成に課題も多い。
圃場整備をきっかけとした集落内農業発展の一つの方向に集落農場がある。
法人設立は「目的」でなく「農業を生かす手段」である。農業をいかにに守り
、発展させていくかが“むら”に問われている。
(詳しくは山崎農業研究所所報「耕」110号、文責:安富六郎)
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<千川上水再発見> その2 上水の面影
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玉川上水から千川上水への分水工(分水堰)は、当初どのようなものかは正
確には分からない。多くの事例から想像すると、本流と分水の比率が一定にな
るように、水路中に隔壁を入れる背割り分水工か、または本流を越流堰で止め
て水位を一定水位に保ち、その流れ側方から一定の通水断面積で分水するゲー
ト式分水工のいずれかと思われる。明治以降の改修で作られたコンクリート堰
の写真が昔の面影を伝えていれば、おそらく前者であろう。現在、平常流は40
〜50リットル/秒程度である。
千川上水は玉川上水から分水後、五日市街道に並行する遊歩道にそって流れ
ている。やがて水路は街道を離れ、東進し(至 千川通り)、練馬区関町で青
梅街道を過ぎる。ここから流れは暗渠化され、ほぼ完全に地下へもぐる。昔は
、
千川上水は開渠であり、沿線農村20村への灌漑のために、各所に分水堰の跡や
水車、それに続く小水路があった。今は、都市化と共に暗渠化され、そのいく
つかは南数km先の谷地を流れる善福寺川、妙法寺川、また下流では神田川など
に結ばれている。
練馬区中村橋、豊島園付近での分水路は北の谷地を流れる石神井川へつなが
っている。江戸時代には豊島区巣鴨の掘割交差点で、主流は旧中山道(地蔵通
り)沿いに巣鴨庚申塚方面へ流れていた。ここから木管暗渠で本郷、小石川、
下谷、神田方面に給水された。現在の千川上水は巣鴨の旧中山道・明治通りの
掘割交差点あたりから北区滝野川方面へ流れて石神井川に合流して終わる。こ
の水路は幕末から明治時代に設けられたものである。
石神井川に合流した水は、王子飛鳥山の低地を通って隅田川に合流している
。
だから、千川上水は多摩川と隅田川を結んでいることになる。この水は幕末、
明治初期に水道水に利用されたり、水車を廻して産業用動力源になったり、さ
らに製紙用水として文明開化に役だった。
古老の話によると戦後まもなく、掘割交差点付近(千川公園)に、まだ溜池
が残っていて、板橋方面からの上水が流れ込んでいた。池にはフナやドジョウ
などもいて、水が抜かれると沢山取れた。池周辺には草木も茂って蛇も見かけ
たというから、かなり自然に近い状態であったのだろう。ここから六義園への
給水水門弁の地上の遺構は今もあるが、近くの学校敷地工事で地中を掘っても
埋設された水路の形跡すらないとのことだ。
現在は玉川上水分水工に近い千川上水の石橋供養塔、各所に見られる庚申塚
、
豊島区掘割交差点の千川上水分配堰碑などが、かすかに当時の面影を伝えてい
る。
(山崎農研会員 電子耕編集同人 安富六郎)
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<編集後記> カンカン・ランランから30余年
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なぜ小泉首相はあそこまで靖国神社への公式参拝にこだわったのか。論理的に
考えようとするとやはりよくわからない。とりわけ国益云々でいえばプラスよ
りもマイナスのほうがよほど多いだろう。となると、彼は単に自分の美学
(「こころ」)にこだわりたかっただけなのではないかということになる。
しかし、一国の首相がその行動基準に己の美学をおくというのは迷惑な話であ
る。たとえば中国が首相の公式参拝に反対するのは、こころの問題などでは決
してなく、日中共同声明とA級戦犯を合祀した靖国神社を首相が公式参拝する
ことは整合性をもたないという明確な理由によるものだ。
このあたりについて、自民党の河野太郎さんは自身のメルマガで明快に書かれ
ている。
http://www.taro.org/ml/mailmagazine/index.php?mode=day&log=200412&date
=1
日中共同声明が署名されたのは1972年。これにより国交は正常化されるが、両
国友好のシンボルとして中国政府からパンダ(カンカンとランラン)が贈られ
たのもこの年のことである。(ちなみに靖国神社へのA級戦犯の合祀は1978年
に行なわれた。)
あれから30余年が過ぎているのだから、その歴史的な経過についてはマスコミ
を中心になんども、そしてきちんと語られなければなならいはずだが、どうも
あやしい。大山さんが言われる唇寒しの状況を招いている責の多くはマスコミ
にあるといったら言い過ぎか。
2006年08月23日
山崎農業研究所会員・田口 均
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次回 191号の締め切りは09月04日、発行は09月07日の予定です。
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★『メールマガジンの楽しみ方』発売中
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
書名:岩波アクティブ新書45『メールマガジンの楽しみ方』
著者:原田 勉 定価:735円 発行日:2002年10月4日
発行所:岩波書店 ISBN4-00-700045-X
まえがき・目次・著者紹介・注文方法はこちら
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