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シンクタンク山崎農業研究所が農業を中心として健康・食べ物・人物をめぐる情報を提供し、読者との意見交換をはかる農業カルチャーマガジン




『電子耕』 No.164-2005.08.04号

発行日: 2005/8/4

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隔週刊「農業文化マガジン『電子耕』」 第164号
−環境・農業・食べ物など情報の交流誌−
2005.08.04(木)発行   山崎農業研究所&編集同人
<キーワード>
環境・農業・健康・食べ物などの情報提供、高齢者と若者、農村と都市の
交流ミニコミ誌。山崎農業研究所&『電子耕』編集同人が編集・発行。
http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_index.htm
*************************************発行部数 1393 部***************
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□ 目 次  □----------------------------------------------------
<今週の提言>
 戦後60年目の夏におもう―内村鑑三の非戦論と高弟たち 大山勝夫
<戦後60年の原点>
 原爆はなぜヒロシマ・ナガサキへ 原因はポツダム宣言の黙殺 原田 勉
<旬を食べる―野良からの便り・27> “日本梨” 小泉浩郎
<山崎農業研究所情報>
◇山崎農業研究所2004年度第30回山崎記念農業賞
 記念フォーラム速報(その2)
<日本たまご事情> ホワイトソックス 齋藤富士雄
<玉川上水の謎> その6 火山灰土に土水路を掘る 安富六郎
<老兵の戯言> 地球環境と農業 藤原 昇
<80才からのメッセージ>−−戦時体験(その6)
 死の恐怖--ロケット爆弾の攻撃 原田 勉
<被爆60年・特別企画●「移動演劇桜隊」原爆殉難者追悼会ご案内>
<第11回 東京農工大中国同窓会訪中団旅行のご紹介>
<編集後記> わたしにとっての1945年
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<今週の提言> 戦後60年目の夏におもう―内村鑑三の非戦論と高弟たち
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 世界に門戸を開いて40年、わが国が近代国家として完成した頃、内村鑑三
は非戦論を主張した。「亡ぶべき日本あり、亡ぶべからず日本あり、貴族、政
治家軍隊を代表とする日本、これ早晩必ず亡ぶべき日本にして、余輩が常に予
言してやまざる日本国の滅亡とは、この種の日本をさしていうなり」と。(万
朝報)

 まさに、その1905年から40年後、日本は敗戦によってすべてを失った。

 わが国が本格的な侵略戦争に走った1931年、内村鑑三の高弟のひとり、
当時静岡高等学校の教授であった政池仁氏は教室で「こういうことをすれば、
日本は滅びる」と発言、さらに山形県の小国での伝道先で子供たちに「戦争な
んてよくないことだ」と話をした。官憲はこれらのことを理由に要注意人物と
して監視したという。氏は静岡高校は辞職したものの、反戦の思想は貫いた。

 もうひとりの高弟、石原兵永氏は彼が主・編集した「聖書の言」141号の
なかで「昭和20年8月15日、ついに来るべき審判の日がきた。日本はその
罪の故にさばかれたのである」と。さらに同142号では「われわれは敗戦と
いわずに終戦といい、占領軍といわずに進駐軍といっている。しかし、かくも
完全なる敗戦に直面しても、なおかつその事実を直視することを回避し、その
原因をきわめず、これを根本から改める誠意をもたないなら、日本は亡国のほ
かにないではないか」と喝破し、その根本原因に「義」の欠如をあげている。

 近年の大義なきイラク戦争、靖国問題をはじめ、何やらきな臭い状況のなか
でむかえる敗戦60年目の夏、内村鑑三とその高弟たちの非戦論をあらためて
読みなおしてみた。

大山勝夫
山崎農研会員・日仏農学会会長
y.nouken@taiyo-c.co.jp

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<戦後60年の原点>
 原爆はなぜヒロシマ・ナガサキへ 原因はポツダム宣言の黙殺
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 原爆を日本に落とす計画は、1944年、9月18日、米英の覚書に始まった。ア
メリカ大統領ルーズベルトとイギリス首相チャーチルの間でとりきめられた機
密文書である。

 1945年2月、ルーズベルト、チャーチル、スターリンの三者はヤルタに集っ
て、対独戦争の後のヨーロッパ問題、太平洋問題について話し合った。このと
き日本について重大な取り決めが行われた。ヨーロッパで戦争が終結して3カ
月以内にソ連は日本攻撃に加わること。その報酬として、ソ連が日露戦争以来
日本に奪われた領土を取り戻す権利を認めることである。

 しかし4月12日ルーズベルトは突如死亡し、代わって副大統領のトルーマン
が大統領に就任した。トルーマンは、それまで知らされていなかった原子爆弾
のことをスチムソン陸軍長官から聞いて驚いた。

 5月8日、ドイツは無条件降伏し、ヨーロッパの戦争は終わった。トルーマン
は、スチムソン陸軍長官を長とした民間人から成る委員会で原爆使用について
討論させていたが、6月1日、次のような結論を出した。

 1,原爆は速やかに日本に対して使用さるべきである。

 2,他の建物に取巻かられている軍事目標に対して使用されるべきである。

 3,兵器の性質に関する事前通告なしに使用されるべきものである。

 この討論から得たことは、どうすればアメリカ人の人命の損失を少なくし、
どうすれば戦後の米国に最も有利な方法で終戦することができるかということ
であった。

 トルーマンは原爆実験の報告を手中にして、7月17日、ポツダム会談に臨ん
だ。トルーマンは、ソ連が8月8日に参戦する通告を受け取って、アジアでのア
メリカ主導権を確保したい。それには、ソ連参戦の8月8日前になるべく早く原
爆を使用し、日本を降伏させたいと考えた。アメリカ原爆投下の本当の意図は、
戦後ソ連を抑えることであった。

 7月26日、米英中3国の名でポツダム宣言が発表された。「日本政府に対し無
条件降伏を宣言し、これ以外の選択は迅速かつ完全な壊滅があるのみである。」
という最後通牒であった。

 これに対し、日本の軍部は、徹底抗戦・本土決戦を言い続けた。和平派と鈴
木首相は、「ただ黙殺するのみ」と新聞発表した。黙殺は翻訳され、「拒否」
という英語となって連合国に伝わった。原爆投下の1つの口実になったのであ
る。

 トルーマンは待っていた。ポツダム宣言発表の前、7月25日、極秘に発せら
れていた「原爆投下命令」で準備を進められていた。

 やがて、第1目標広島、第2目標小倉、第3目標長崎と決められた。広島の原
爆は8月6日と決まった。B29の名は、エノラ・ゲイであった。8月6日広島の地
上は地獄と化した。

 8月9日、B29、ボックス・カー号は、小倉上空に到着したが、厚い雲にさえ
ぎられて目視爆撃ができず、長崎に向かった。長崎も厚い雲に覆われていたが、
1カ所だけ穴があいていた。プルトニウム爆弾を投下した。広島に続く第2の地
獄を作り出した。


 もしもポツダム宣言を受諾していたら、原爆投下もソ連参戦もなかっただろ
う。7月26日から8月15日の敗戦までの日本人犠牲者は38万人、太平洋戦争全体
の犠牲者300万人の13%に当たる膨大な人の不幸もなかったはずだ。

 歴史の「もしも」は、許されないことだが、戦後60年の今にして、日本の首
脳が、今少しの想像力と勇気があったらと思うことしきりである。

<参考文献>
伊東 壮「新版 1945年8月6日−ヒロシマは語りつづける」
  岩波ジュニア新書 1989年
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/50/4/5001560.html
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=06072216
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4005001564/

朝日写真ライブラリー「戦争と庶民 3 空襲・ヒロシマ・敗戦」
1995年
農文協図書館
http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/
で、閲覧・貸し出し。

<参考リンク>
●松山大学法文学部田村譲教授のホームページ
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/
から、
原爆投下目標選定委員会
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/gennbakutoukaiinnkai.htm
リトルボーイ(ヒロシマに落とされた原爆のコードネーム)
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/ritoruboi.htm
原爆ドーム
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/gennbakudomu.htm
ファットマン(ナガサキに落とされた原爆のコードネーム)
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/fattomann.htm
ポツダム会談
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/potyudamu.html

<原爆関連最新ニュース>
Yahoo!ニュース - 広島・長崎原爆(重要参考リンク多数掲載))
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/atomic_bomb/
から、
<原爆症1号カルテ>英訳の報告書発見 症状経過克明に
http://backnumber.dailynews.yahoo.co.jp/?m=m20050801-019&e=atomic_bomb
(毎日新聞)
*電子耕読書欄にたびたび登場した、
桜隊原爆忌の会
http://www.h6.dion.ne.jp/~skr-tai/
の「移動演劇隊の桜隊メンバー女優・仲みどりさん(世界で初めて「原子爆弾
症」と診断された)の所在不明カルテの英訳報告書が発見された。

毎日新聞関西「夕刊すとーりー」
http://www.mainichi-msn.co.jp/kansai/yukan/
ヒロシマから60年 幻のカルテを追う・ある女優の被爆死
http://www.mainichi-msn.co.jp/kansai/yukan/04/


原稿:山崎農業研究所会員・『電子耕』編集同人
 原田 勉
http://nazuna.com/tom/
リンク挿入:原田太郎

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<旬を食べる―野良からの便り・27> “日本梨”
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 そろそろ、八百屋の店先に梨が出回ってきた。早生の「幸水」である。子供
の頃、梨といえば、「長十郎」であった。旬はお盆前後であった。盆棚には、
キュウリやナスと共に必ず梨が供えられていた。盆が明けるとキュウリやナス
は、そのまま野辺送りされた。店から買って供えた梨は、子供達に配られた。
ほのかに線香の香りが移っており、それでもお下がりものとしてありがたく頂
いた。あまり、美味しくなかった。

 梨は、4〜5日たつと、果肉が柔らかになり、甘味もだれてくる。やはり採
りたての丸かじりが美味い。と言っても皮のままでは不味い。ていねいに、薄
く、ゆっくり皮をむく。食べたい一心でじっと母親の手さばきを見つめる。こ
の時間が、一層、味を引き立たせる。

 日本梨には、赤梨と青梨がある。赤梨のかつての雄は「長十郎」であったが、
このところ、すっかり店先から姿を消してしまった。明治26年、神奈川県川崎
市の篤農家、当麻辰次郎の梨園に偶然でた実生から発見し、屋号をとって「長
十郎」と名づけたと言う。最盛期は、全国の80%を占め、梨の代表であった。
だが、今は「三水(幸水、豊水、新水)」によって取って代わられ、なかでも
「幸水」は果肉がしっかり張っており、果汁も多く特有の香りもち、しかも甘
いことから、一歩抜きん出た人気がある。「三水」は、昭和40年代、官の育種
研究から生れた。

 一方、青梨の雄は「20世紀」である。これは、今でも青梨の首座にある。
「ゴールド20世紀」「オサゴールド20世紀」と新品種が作出されたが、品質の
点でまだ、優位にある。「20世紀」の発見は、「長十郎」同様、千葉県松戸市
のある農園のゴミ捨て場に実生で育ったものだと言う。明治21年と言うから
100年以上も前である。

 科学は、理論の積み重ねである。品種改良もその俎上で、整然とした理屈と
整備された研究所によって進められている。理屈を捏ね回せば思いどおりの品
種ができると、遺伝子レベルのバイテクも盛んである。だが、国民が本当に欲
している革新的品種がどれほど生れたか。何の計算も無い自然のなかの農園の
片隅やゴミ捨て場にほんものが生れ、そしてそのほんものを見分け育てる技が
あった。それが科学の発達という信仰のなかですっかり忘れてしまったのでは
ないかと心配である。

小泉 浩郎
山崎農業研究所事務局長
y.nouken@taiyo-c.co.jp

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<山崎農業研究所情報>
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◇山崎農業研究所2004年度第30回山崎記念農業賞
 記念フォーラム速報(その2)
 2005年7月9日(土)太陽コンサルタンツ3階会議室
1)受賞は埼玉県 榎本牧場(榎本 求氏ご夫妻)
酪農の新しいあり方を求めて家族ですすめる未来の酪農を描く。

2)記念フォーラム 「牛の健康、人の健康−榎本牧場に学ぶ」
(1)みんなが支えあう牧場を目指して;榎本牧場・榎本 求氏
(2)榎本牧場に未来の酪農を読む;元全農技術主幹・小川政則氏
(3)榎本牧場の家族パートナーシップ;研究所会員・小井川敏子氏
(4)いのちと向き合った牧場の暮らし
 写真家・写真絵本作家 星川治雄氏ご夫妻
 写真絵本「ぼくじょうにきてね」読み聞かせ;ポプラ社編集部・仲地ゆい氏
(5)酪農体験で学んだもの;杉並区立和田中学校
    意見交換
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講演要旨
3.榎本牧場のパートナーシップ;研究所会員・小井川敏子氏
1)民主的な家族運営:家族経営協定を県内で初めて1997年に締結した。
この締結は5年間有効であり、2002年に更新した。その内容は(1)就業
条件(ア)経営へ参画として資金・飼養計画・施設の導入、就業条件の改善な
どの長期経営計画および年間計画は全員の協議で決定する。(イ)役割の分担、
責任の明確化を行う。週2回の会議を開く。(ウ)労働報酬は毎月20日に現
金で支給される。住居、光熱、家の交際費等の共通家計費は経営主負担とする。
健康保険は経営主、国民年金は自己負担とする。(エ)休日は週1回、農閑期
には月6回、その他年休10日。余暇活動として広い交流、学び休養をとる。
(2)経営委譲を明確にしておく。
2)前向きで明るい榎本家の女性農業者たち:生産現場での子供の養育、家事
に協力してくれた男性のおかげで4人の女性がのびのびと楽しい職場を作り出
す。
3)榎本牧場に学ぶ家族経営の条件:(1)家族経営の今日的意義を位置づけ
ること。農業は食糧生産を行い、その目的は食卓を通しての健康づくりである
こと。農家の健康が消費者をも健康にすることである。(2)女性が能力を発
揮できる環境作りと女性の働きに対する適正な社会評価が求められる。

4.いのちと向き合った牧場の暮らし;写真家・写真絵本作家 星川ひろ子・
  治雄ご夫妻
(手紙要約)榎本求さんはじめ榎本牧場の皆さん、本日第30回山崎記念農業
賞の受賞おめでとうございます。私たちは、多くの子供たちにいろいろなこと
を伝えたい想いから、わかりやすい写真とやさしい言葉を編んで写真絵本を作
っています。まず舞台を探した結果、榎本牧場が条件に合いました。牧場の暮
らしについて、私たちは知らないことが多く、驚いたり感動することにたくさ
ん出会いました。牛の出産、すばらしい荒川を染めたすばらしい夕焼け、いろ
いろな思い出とともに絵本が完成しました。人も動物もみな生き生きと暮らし
ている榎本牧場さんはまさにオアシスです。そういう想いを込めて絵本のタイ
トルを「ぼくじょうにきてね」にしました。いつも快く協力してくださった牧
場の皆さんに深く感謝しております。有り難うございました。
 ※星川ひろ子・治雄著、写真絵本『ぼくじょうにきてね』の読み聞かせ;
  ポプラ社編集部 仲地ゆい氏(省略)

5.酪農体験で学んだもの;杉並区立和田中学校(第2学年)
(手紙要約)牧場のみなさん校外学習の時は大変お世話になりました。牧草の
生えている土地が18haもあると聞き牛はこの量の牧草を食べるのかと思いま
した。牧草ロールを作る機械がとても大きくてびっくりしました。酪農体験で
は牧場で働く人たちの苦労が分かりました。牛たちとのふれあいはとてもいい
経験になりました。都会で見ることの出来ない牛や自然を見て感動しました。
本当に有り難うございました。
(文責:安富六郎)

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<日本たまご事情> ホワイトソックス
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 鳥インフルエンザ問題に追い回されていたので、少し夏休みをとることにし
た。かねてから一度本場大リーガーの野球を見たいものだと願っていたので、
Chicagoに出かけた。

 高校野球は好きだが、日本のプロ野球はたまにTVを見る程度で、実際に球
場に足を運んだのは神宮球場に数十年前一度だけある程度だ。Chicagoホワイ

ソックスには日本人選手の井口が居ることは知っていた。チケットも日本を出
る前にネットで購入しておいた、我ながら準備は万端の筈であった。

 お目当てのCellular球場はホテルのあるダウンタウンからタクシーで20分
くらいだと言う。帰りの足を心配して電車で行くことにした。電車の駅を見つ
け、ようやく往復の切符を手に入れ大勢の人たちをかき分け、そこにたどり着
いた時にはぐったりとなってしまった。

 ナイトゲームであるのでプレーボールの前に腹ごしらえをしておこうと思い、
外野グラウンドの前に選手が練習しているのを見ながら食事できる場所に降り
ていった。そこで飲んだビールが効いて、外野の指定席に戻った時にはすっか
りいい気持ちになっていた。

 せっかく二塁手の井口が好プレーをしても、カミさんに突っつき起こされる
始末。気がつけば試合もChicagoホワイトソックスが相手のKansasロイヤルズ

5対2で勝っていた。折角の大リーグもビールが効いて半分は寝ていたことに
なる、いやはや……

齋藤 富士雄
(株)愛鶏園
http://www.ikn.co.jp/

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<玉川上水の謎> その6 火山灰土に土水路を掘る
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 玉川上水は台地に掘られた土水路である。現在の技術で武蔵野の台地に同じ
ような土水路を再現するとしたら、土をどのように扱うであろうか。

 まず火山灰土である関東ロームの物理工学性が重視されるだろう。この土の
由来は更新世(180万年〜1万年前)に降った火山灰が火山灰土になったもの
である。灰は風に乗って原地形の上に、あるいは一部には水中に降り積った。
この灰に、植物が生え、有機物が分解して炭素や窒素などを土に残しつつ土壌
化した。土壌化の過程では粘土鉱物も変化して、独特の土壌構造ができた。

 関東ローム層の厚さには地域差があり、東に行くほど薄くなる。武蔵野の台
地では、羽村取水堰周辺は主に富士山によるものとされていて、その厚さは深
いところでは10m以上はある。千葉県あたりでは層の厚さはこれよりも薄くな
っている。

 火山灰土に水深1mで1日放置しておくと50cm以上も漏れることもありうる。
素堀の土水路では横方向の漏水も考慮しなくてはならない。玉川上水では水の
取水点羽村から四谷までの延長42kmの到達時間は約7時間程度とされている。
その間の通過に15cm以上の水深の低下(漏水)が見込まれるとすれば、漏水量
は4000トン以上になろう。

 沖積粘土層が関東ローム層の下にあるため、これが助けとなって漏水が押さ
えられている。しかし、この粘土層のさらに下には砂層や砂利層が存在し、こ
の砂利層は水を容易に流す。水路の漏水防止にこの下層の粘土層の存在は重要
であり、掘削過程でこれが壊れたり、土水路面に出てきてはならない。

 関東ロームは自然状態であれば、土壌構造が保たれて、水食にかなり強い
(耐食性)をもっている。ところが構造を崩した土は再び固めても元にもどら
ない。喩えて言えば、削られた土はチョークの粉のように、水に会えば分散し
て流れてしまう。掘削断面の補修が難しいのはこのためである。素堀工事には
一発勝負的なものがある。だから、あらかじめ関東ロームの物理工学性と砂利
層分布の把握が重要なのである。

 このような特殊な性質を知らないと工事には思わぬ伏兵が待ち受けている。
現在ではこのような土層調査無くしては計画は成り立たない。当時にはどの程
度の調査があったのであろうか。

安富 六郎
山崎農研会員・電子耕編集同人
y.nouken@taiyo-c.co.jp

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<老兵の戯言> 地球環境と農業 藤原 昇
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 大学農学部の教師を定年退職して、私学の学生に「地球環境科学」「環境生
態学」「国際環境学」などの講義を行っている。今、「地球環境破壊の元凶は
農業」である(あった)ことを改めて痛感し、自戒の念も込めて、複雑な心境
で教壇に立っている。

 中国山脈の麓にある寒村で、水飲み百姓の長男坊として生まれ、幼いころか
ら農作業に従事し、中学校卒業まで、勉強などした記憶はない。しかし、いつ
の頃からか、学問の道を志し、1962年に大学農学部畜産学科を卒業した。
丁度、その頃は、日本経済が破竹の勢いで突き進んだ時代で、「なりふり構わ
ず」働いた。当時は「地球環境」のことなど、あまり考えたことも無かった。

 思い起こせば、1960年代に、英国では、すでに「家畜福祉」が問題とな
っていた。にも拘わらず、我が国では、「農業基本法」が発足し、「選択的拡
大」の名の下に、「米と果樹と畜産」が「農業のエース」として発展(?)の
一途を辿ってきた。「ホワイトカラーに引けを取らない畜産経営」を展開する
ことを「旗印」に走り続けた。ところが、最近では「畜産が地球を亡ぼす(し
た)」とまで言われている。

 「環境破壊」と言う点では、「その通り」かも知れない。では、畜産関係者
が、これまでやってきたことは「何」だったのか。自問自答しても、明解な答
えは見つからない。ならば、21世紀の大学畜産学科あるいは国や県の畜産研
究機関で、これまでの反省の上に立った「新しい畜産学」と「畜産業」を模索
してほしい、と願うのは、愚かな先人の身勝手であろうか。

藤原 昇
山崎農業研究所会員
九州大学大学院・元教授
y.nouken@taiyo-c.co.jp

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<80才からのメッセージ>−−戦時体験(その6)
 死の恐怖--ロケット爆弾の攻撃
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 私は、1945(昭和20)年の7月まで空襲の直撃を受けることなく、今まで書
いてきたように、東京空襲も松山空襲でも直前に転属して難を逃れてきた。

 軍隊でも敵を目前にすることもなく、戦闘で一発の銃弾も発射したことがな
い。戦争に行っても、そういう兵隊はいくらでもいた。しかし、いつ何処でや
られるかという漠然とした恐怖は常にあった。


 1945(昭和20)年の1月から主な戦局を挙げると次の通り。

 1月20日、大本営「帝国陸海軍作戦大綱」を策定。本土防衛のため新に240
万の防衛軍を内地で根こそぎ動員、大陸方面からも多数の兵員、軍需品を内地
に転用し、本土決戦の準備を推進した。

 2月16日、米機動艦隊、硫黄島に上陸作戦を開始。3月17日、日本軍守備隊
2万6千人玉砕す。米軍は硫黄島を航空基地にする。

 3月9〜10日、東京大空襲B29、334機来襲。

 4月1日、沖縄本島に上陸開始。6月23日、日本軍全滅。沖縄は本土空襲の
基地となる。

 6月23日、日本本土決戦に備え、男子15〜60才、女子17〜40才の者を国民義
勇戦闘隊に編成。

 7月以降、米軍は、太平洋テニアン基地のほか、硫黄島、沖縄基地から本土
爆撃を盛んに行い、制海権も手中にした。米軍機動部隊の艦砲射撃も太平洋沿
岸で各地で行われた。


 私は、そうした情況の中を7月下旬、松山から東京を経て仙台の岩沼(現仙
台空港)に到着した。

 仙台航空予備仕官学校には、全国から整備幹部候補生が集った。幹部教育は、
航空力学などの座学を受けたが8月上旬のある日、午前8時過ぎ、突然の空襲
警報があった。米海軍の航空母艦を発進したグラマン戦闘機が数機で来襲した。
飛行学校の一期先輩は防空監視哨で機関砲で迎え撃っていた。
 しかし米軍は、焼夷弾ではなく、爆弾攻撃だった。それも最新のロケット弾
を一機に一個づつ載せていた(*注)。そのロケット弾が監視哨を直撃し、戦
友6名がバラバラの死体になって飛び散った。機関砲の射撃などものの数では
なかった。

 われわれは、小隊長と共に防空壕に待避していたが、1メートル地下に掘り
下げた壕に木製の屋根を載せただけだったため、屋根は爆風で飛び壕は半壊し
た。命だけは取り留めたが、2階建ての兵舎・教室は粉々になって飛び散った。

 米軍の艦載機は、地上を逃げまどう我々を狙って機銃掃射を続けたが、やが
て2時間くらいで引き上げた。

 午後からバラバラになった戦友の死体を拾い集めて収容した。しかし、翌朝、
野良犬が人の腕をくわえているのを見て恐怖心が全身を走った。

 翌日も8時45分になると艦載機のグラマンやロッキードが来襲して軍事施設
にはロケット弾を落とし、あとは軍人を狙い機銃掃射を続けた。敵飛行機と戦
う武器がなく、我々は、物陰に逃げ、地上の芋畑に伏せるほかはなかった。
毛布にくるんだ私物箱に機関砲の弾丸が命中し粉々になった。今にも伏せてい
る背中を打ち抜かれる恐怖に震え肝をつぶした。

 やがて3日も空襲が繰り返された。米艦載機は定期便のように、朝の2時間
を除けば安全だと思われた。米海軍機動部隊は仙台沖に滞留していた。

 我々は、午前8時前に朝食を済ませ、昼食を背負って山中へ待避し、夕方は
兵舎に帰った。残った施設は片屋根だけの車庫だった。これが日本帝国軍隊か?
戦うことを知らない、逃げまどう士官候補生の姿があった。哀れだった。

 負けるべくして負けた。やがて知らぬ間に敗戦の8月15日がやってきた。

<参考資料>
『電子耕』100号記念企画「戦争を語り継ぐ」
http://nazuna.com/tom/war/
8、仙台航空予備士官学校で敗戦
http://nazuna.com/tom/war/08haisen.html

(*注:一般には大戦末期のグラマンF6Fにはロケット弾は6発搭載可能だ
が、1発しか積まないで来たとすれば航続距離・時間を延長する目的等なんら
かの事情があったのだろう。;原田太郎)

原稿:山崎農業研究所会員・『電子耕』編集同人
 原田 勉
http://nazuna.com/tom/

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<被爆60年・特別企画●「移動演劇桜隊」原爆殉難者追悼会ご案内>
http://www.h6.dion.ne.jp/~skr-tai/2005/2005.htm
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被爆60年の今年、皆さんに桜隊のことを、いまこそ語ろう!と呼びかけます。
過去を検証するなかから、いまを生きるわたしたちの姿がみえてくるはずです。

2005年「桜隊原爆忌の会」●桜隊原爆殉難者追悼会

2005年8月6日(土)
午前10時より碑前祭・記念撮影

午前11時 朗読構成 「桜隊2005」開演
終了後希望者による懇親会(軽食付き)

会場 目黒五百羅漢寺・羅漢会館(03-3792-6751)
http://www.rakan.or.jp/
JR目黒駅より徒歩12分・東急目黒線:不動前駅より徒歩8分

《出演》 北村和夫(文学座)、南風洋子(劇団民藝)、
有馬理恵(劇団俳優座)、遠藤祐明(板橋演劇センター)、遠藤慎子(文化座)
、浦吉ゆか(青年劇場)、神山寛(劇団俳優座)、河村理恵子(劇団民藝)、
児玉謙次(青年座)、瀧澤まどか(文化座)、鳥畑洋人(劇団昴)、
馬場泰光(フリー)、渡邉力(フリー)、

台本構成/山口みる、音楽/古川東秀、
コーラス/目黒子ども劇場 星のコーラス、コーラス指導/繁下敏子

参加費:3000円(献花料・記念写真代・懇親会軽食・飲み物代含む)
観劇のみ:2000円(懇親会別途1000円)

詳細チラシ
http://www.h6.dion.ne.jp/~skr-tai/2005/05omote.jpg
http://www.h6.dion.ne.jp/~skr-tai/2005/05ura.jpg

お問い合わせは
桜隊原爆忌の会世話人事務局 まで
Tel 03-3667-1890 Fax03-3667-1891
移動演劇 桜隊 原爆忌の会
http://www.h6.dion.ne.jp/~skr-tai/

劇団文化座ホームページ担当
http://bunkaza.com/
原田太郎

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<第11回 東京農工大中国同窓会訪中団旅行のご紹介>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
中国と日本の文化・科学技術交流をめざす草の根運動
東京農工大学中国同窓会と友好を深める会
http://jc-yuko.gr.jp/
第11回 東京農工大中国同窓会訪中団旅行のご紹介

 本年度は蘇州大学、南京林業大学において日中友好会を開催いたします。
今回の訪中団は、笹尾彰副学長、梶井功前学長をはじめ、日本の農学、農業技
術、農業経済学、農村社会学の研究者、農業団体、農政ジャーナリスト、農業
経営者など多様な職種、専門領域で活躍されてこられ、また現在も活躍されて
いる方々です。

期間:2005年9月22日(木)〜9月28日(水)6泊7日
訪問都市:蘇州・南京・済南・泰山・青島
旅行代金 198,000円(お一人様に付き)

第11回東京農工大中国同窓会訪中団の旅行日程チラシ画像WEB閲覧用
http://jc-yuko.gr.jp/2005-11ryotei.html
同印刷用
http://jc-yuko.gr.jp/2005-11dousokai-nittei-p.jpg

お問い合わせ・お申し込み(〆切 8月12日(金))
(株)21世紀旅行
http://www1.odn.ne.jp/21-seiki/
国土交通大臣登録旅行業第709号 JATA正会員
〒101-0054東京都千代田区神田錦町1-4 日中友好会館3階
e-mail:21-seiki@pop21.oden.ne.jp
   担当 村部 修
電話 03(5281)2460   FAX  03(5281)2465

◆1994第1回中国同窓会〜2004第10回中国同窓会までの記録
http://jc-yuko.gr.jp/photo-index.html

東京農工大学中国同窓会と友好を深める会・事務局

〒183-0054 東京都府中市幸町3-5-8
 東京農工大学農学部 農業経営・生産組織学教室 助教授 淵野雄二郎
 電話・FAX 042-367-5688

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<編集後記> わたしにとっての1945年
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 わたしは1964年、敗戦から19年目の年に生まれた。いま(2005年)から19年
前というと1986年、この年、ソ連ではチェルノブイリ原発事故が起こり、フィ
リピンではアキノ大統領が政権についた。これらの事件は記憶に生々しく残っ
ている。「昨日のことのように思い出す」といっても言いすぎではない。

 1964年当時、わたしの両親にとって敗戦の記憶はそうとう生々しかっただろ
う。平和を望む気持ちもいま以上に切実なものであったと想像する。

 2000年前後に生まれたわたしの子どもたちにとって、1945年は遠い昔のこと
であろう。しかし、彼らが生まれた後にも、9.11事件やイラク戦争、スペイン
やロンドンでのテロ事件が起こっている。彼らとて戦争の二文字と無縁でない。

 20世紀は戦争の時代と言われるが、21世紀もかわらずそうなのか。本当の意
味で、世界に平和をもたらすにはどうしたらよいのか。敗戦60年目の夏、真剣
に考える意味はある。

2005年8月3日
山崎農業研究所会員・田口 均

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たいことを具体的に。
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3、1回1テーマ、10行位に。
4、ホームページを持っている人は、文末にURLを。
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著者:原田 勉 定価:735円 発行日:2002年10月4日
発行所:岩波書店 ISBN4-00-700045-X
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