シンクタンク山崎農業研究所が農業を中心として健康・食べ物・人物をめぐる情報を提供し、読者との意見交換をはかる農業カルチャーマガジン
- 最新号:2008-10-02
- 発行周期:隔週刊
- 読んでる人:212人
- 創刊日:1999-07-08
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『電子耕』 No.163-2005.07.21号
発行日: 2005/7/21*********************************************************************
隔週刊「農業文化マガジン『電子耕』」 第163号
−環境・農業・食べ物など情報の交流誌−
2005.07.21(木)発行 山崎農業研究所&編集同人
<キーワード>
環境・農業・健康・食べ物などの情報提供、高齢者と若者、農村と都市の
交流ミニコミ誌。山崎農業研究所&『電子耕』編集同人が編集・発行。
http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_index.htm
*************************************発行部数 1395 部***************
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□ 目 次 □----------------------------------------------------
<今週の提言> 中国雲南の元陽棚田を見て 田渕俊雄
<旬を食べる―野良からの便り・26> “西瓜(スイカ)” 小泉浩郎
<山崎農業研究所情報>
◇山崎農業研究所2004年度第30回山崎記念農業賞記念フォーラム速報
<80才からのメッセージ>
大空襲を忘れない。−−戦時体験(その5)松山大空襲と
沖縄上陸作戦 原田 勉
<日本たまご事情>
鳥インフルエンザ 全国一斉サーベイランス(7/8) 齋藤富士雄
<玉川上水の謎> その4 台地を測る 安富六郎
<高齢者の健康情報> ラジオに助けられて 原田 勉
<勉強会ご案内> 中国事情及び中国農業問題勉強会 東京農工大学にて
<編集後記> 農の意味とはなにか、公とはなにか
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<今週の提言> 中国雲南の元陽棚田を見て
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5月に棚田学会のツアーで中国雲南省の元陽の棚田を見てきた。昆明から南
へ300km、車で8時間。標高600〜2,300mの山地の広大な斜面一面に棚田が張り
付いている。ハニ族とイ族の自治州で、紅河と元河の上流域にあり、ヴェトナ
ム国境に近い。
棚田の面積は約1.2万haもあり、標高600〜1,900mに分布している。展望台か
ら見下ろすと前面に、標高1,800m付近から谷底まで、一面に広々と棚田が連な
っていた。500段はあるという。段差1〜2m、幅2〜5m程度で、区画の大き
さは日本の棚田よりは少し大きい。人力と水牛で耕作し、機械は使用していな
い。シロカキ前の修復が一番苦労するという。1期作で、田植えを4〜5月に
おこない、収穫は8〜10月。水田内で魚を養殖する。キレツを防ぐために1年
中湛水する。無農薬で堆肥を使用している。豚や水鳥も飼っている。
上部の水源の森を大切にし、水を運ぶ水路をきちんと管理している。棚田の
中に集落があり、棚田とともに生きている。民族衣装を常用し、棚田での農耕、
民族の生活と文化が一体となって素晴らしい景観を維持している。棚田の記録
は2,400年前までさかのぼれるという。
政府は世界文化遺産の登録を目指し、棚田保全に努力している。法律で森林
の伐採や家畜の放牧を禁止し、2年以上耕作しない場合には使用権を没収する。
経済的援助のための税金免除を3年以内に実施するという。現在、中国は高度
経済成長のさなかにあるが、若者の都会志向が問題で、この素晴らしい棚田地
域を存続できるかどうかが懸念されている。日本の経験から何らかの助言をと
乞われたが、簡単に答えることはできなかった。日本でも棚田オーナー制度や
棚田サミットなど、棚田の存続には大勢の人が取り組んでいるが、なかなか容
易ではないのが実情である。
田渕 俊雄
山崎農業研究所顧問、元東京大学教授
y.nouken@taiyo-c.co.jp
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<旬を食べる―野良からの便り・26> “西瓜(スイカ)”
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豪雨と旱魃の爪痕を残し、やっと、今年の梅雨が過ぎた。本格的な夏の到来
である。夏といえば、やはり、西瓜だ。縁側に腰をかけ、足をブラブラしなが
ら、真っ赤な西瓜を頬張る。西瓜は、井戸に吊るして冷やした。縄に結び深さ
4〜5mの井戸水に浸した。この時は、遊びに遠出はしない。井戸の周りで引
き上げられる時間を待った。
程よく冷えた西瓜は、よく母が切割った。包丁の刃が、堂々とした丸みにあ
たると、パリッとひびが入った。新鮮でしかも熟れている証拠である。西瓜は、
甘さがいのちだが、緻密な肉質、しゃりっとした歯ざわり、そして、何より緑
と白と赤のコントラストが、眼を楽しませてくれる。切り方は、半月に切るか、
三角に切るか。醍醐味は、半月の真中をがぶりとやることだ。三角に切り分け
られた時、西瓜のどの部分が自分のところに配られるか。中ほどが甘く、量も
多い。子供達の真剣な目が注がれる。母は、その美味しい部分をまず子供達に
配った。
ほんの少し塩をかけるのは一緒だが、食べ方は賑やかである。種子にお構い
なくかぶりつき、種子を吐き出す者、そのまま飲み込む者、見える範囲の黒い
種子をていねいにゆっくり落としてから口に運ぶ者とさまざまだ。また、子供
達は、赤い部分を全く残さず食べてしまうが、大人は、赤い部分を随分残して
いた。当時、都会から疎開していた叔母は、半分以上も残す。横目で見ながら、
あれが上品な食べ方か、もったいないなと思った。
西瓜は西瓜でよいのだが、種子が無ければさらによい。種子無し西瓜が1950
年代に成功した。甘さが出ないことや白い未熟種子が残ることが課題であった
が、最近、品種改良の成果が出てきている。大きく重いのも難点だ。冷蔵庫に
丸ごと入る小玉西瓜は、1960年代から普及した。高齢化が進む生産者には軽く
て作業がしやすい、核家族の消費者には、1回で食べきれることから、かたい
人気に支えられている。
そんな流れに抗してか、大きく重く種子の多い西瓜が人気を博している。富
山県入善町の「ジャンボ西瓜」だ。重さは平均14〜15kg(ふつうの倍)大きい
ものは25kg以上になる。さん俵と荒縄で包装され全国へ出荷されている。
小泉 浩郎
山崎農業研究所事務局長
y.nouken@taiyo-c.co.jp
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<山崎農業研究所情報>
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◇山崎農業研究所2004年度第30回山崎記念農業賞記念フォーラム速報
2005年7月9日(土)太陽コンサルタンツ3階会議室
1)受賞は埼玉県 榎本牧場(榎本 求氏ご夫妻)
酪農の新しいあり方を求めて家族ですすめる未来の酪農を描く。
2)記念フォーラム 「牛の健康、人の健康−榎本牧場に学ぶ」
(1)みんなが支えあう牧場を目指して;榎本牧場・榎本 求氏
(2)榎本牧場に未来の酪農を読む;元全農技術主幹・小川政則氏
(3)榎本牧場の家族パートナーシップ;研究所会員・小井川敏子氏
(4)いのちと向き合った牧場の暮らし
写真家・写真絵本作家 星川治雄氏ご夫妻
写真絵本「ぼくじょうにきてね」読み聞かせ;ポプラ社編集部・仲地ゆい氏
(5)酪農体験で学んだもの;杉並区立和田中学校
意見交換
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講演要旨
1.みんなが支えあう牧場を目指して;榎本牧場・榎本 求氏
スライドを用いて牧場を紹介する。榎本牧場は埼玉県上尾市畦吉にある。終
戦直後に父が1頭の役牛を乳牛に換えたときから始まる。酪農専業農家となっ
たのは1961年であり、荒川河川敷で粗飼料自給を目指した。その後、都市化が
進み、周辺が牧草地に適さなくなって、1974年に現在のところに移転した。こ
こでロータリー・ミルキングパーラー、フリーストールを導入している。現在
の経営は成牛42頭、育成牛40頭、生乳生産、アイスクリーム(ジェラート)の
加工・販売施設は牧場内にあって来場者は年間約8万人。働き手は私と妻はじ
め、弟、長男夫婦とその次男、長女の家族7名とほか3名の構成である。牧場
面積は1.2ha、粗飼料(ラップサイレージ)は荒川の河川敷を用いて草地18ha
があり、完全自給出来ている。今後も観光農園的でない経営のあり方、お客さ
んが求めているものを取り入れながら、農業を体験できる牧場として内容を高
めたい。
2.榎本牧場に未来の酪農を読む;元全農技術主幹・小川政則氏
厳しい農業構造改革と激しい競争の時代に榎本さんは原乳生産部門に体験農
業、およびアイスクリーム製造販売を加えて、新しい複合酪農を確立したと思
う。これは同時に教育交流ファームの例となる。現在酪農農家数が減少してい
る折に榎本牧場のような地域に合った、多様な方法を取り入れて活躍されてい
るのは一つの特徴である。
第2の特徴は市街化区域から河川敷に近い調整区域に計画的に農地を集積し
て牧場を整備移転し地域の自然環境維持とオアシス牧場を目指したことである。
第3には酪農本来の伝統としての「永遠の産業」といわれている大地に根ざ
した自然の摂理に基づいていること。そして牛を通して最高の食料を生産する
という、使命感に満ちていることである。
第4は牧場を会社のような効率化を追う企業にせず、家内産業の優れた点を
生かしたこと。この法人化しない家族経営が農を基盤とした自然人間の、また
家族の大切さを教えている。この榎本牧場に未来の酪農を見ることが出来る。
(文責:安富六郎)
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<80才からのメッセージ>
大空襲を忘れない。−−戦時体験(その5) 松山大空襲と沖縄上陸作戦
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米軍の日本攻撃計画は、大きく2つに分かれていた。1つはマリアナ諸島から
の爆撃であり、もう1つは沖縄上陸侵攻であった。その2つが絡み合って行われ
たのが沖縄上陸作戦支援のためのアイスバーク作戦であり、その一環として行
われたのが、松山大空襲であった。
前回まで述べた東京大空襲は、マリアナ諸島(サイパン、テニアン、グアム)
からの焼夷弾爆撃であった。3月10日の東京大空襲の翌日には、早くも名古屋
の大爆撃、13日大阪、16日神戸、19日2回目の名古屋と大都市ばかりの攻撃が
続いた。
ここで大都市爆撃は一時中断された。沖縄上陸作戦準備のため、予測される
日本本土からの航空攻撃の先手を打って、西日本の航空基地を制圧しておく必
要があった。アイスバーク作戦である。
私が松山陸軍第三航空隊に入営したのは、1944年、昭和19年、12月であった。
陸軍には飛行場も航空機もなかったが、松山(現松山空港)には海軍航空隊
(司令源田実大佐)があった。新鋭機「紫電改」を中心とした戦闘機部隊が編
成されていた。
これがアイスバーク作戦の対象になって3月19日米グラマン150機の攻撃
を受けた。この第1回戦は、あらかじめ予測して迎撃した海軍戦闘機隊によっ
て米軍機42機を撃墜した。松山航空隊の被害は、喪失13機、大破4機、戦
死者17名であった。米軍は、予期しない反撃を受け、予想外の損害に驚いて、
作戦変更。B29による高々度からの爆撃に切り替えて、5月4日、B29、17機の爆
撃、5月14日、戦闘爆撃機および艦載機の攻撃を行った。
3月19日の空襲は激しい空中戦となり、広く愛媛、高知の地上からも観戦で
きた。
私たち陸軍の航空隊は、飛行機も飛行場もなく、本土防衛決戦に備えて松山
市郊外の小野村演習池で訓練中であり、松山基地の爆撃を遠くから眺めている
だけだった。
やがて6月23日、沖縄守備軍の組織的戦闘は終結した。米軍のアイスバーク
作戦は解除になり、再び日本の中小都市33を選定し、B29による爆撃に移っ
た。その中に松山も含まれていたのだった。
いよいよ運命の日は近づいていたが、私たち陸軍の予備士官候補生は、7月
下旬に東北・仙台の飛行学校に転属することになった。したがって松山大空襲
の当日は、不在で、詳細は戦後に知ったのである。
ほとんど無防備の松山に、7月26日、午後11時8分、多くの市民が床につこう
としているところへ、無数の小型焼夷弾が落下し、城山を中心にしたドーナツ
状の市街地が燃えだした。爆撃2時間、最後尾のB29機は27日午前1時ごろ、
250キロの大型焼夷弾を60発投下したので、松山市内は大火災となり、多く
の市民は市外へ逃げだし町中が大混乱になった。
大火災は27日午前5時ようやく鎮火した。
全市の73%は焦土となり、死者は251人(男子117人,女子134人),
行方不明8人,負傷者数は全く把握できない状況という大きな被害を受けた。
松山市の全人口117,400人のうち53%の62,200人が罹災すると
いう大惨劇となった
四国軍管区司令部の発表によると、「B29約50機が2時間にわたり焼夷弾攻撃」
とあるが、後の米軍資料によると128機により、896トンが投下されて、当初計
画に対し、122%の焼夷効果を上げたとある。
翌日(1945年、7月27日付)のニューヨークタイムスは、その第1面で松山爆
撃について詳細に報道した。
「松山は、人口12万人。西四国で最も重要な都市及び港である。軍事に関連
する織物工場と、第九歩兵旅団司令部がある。爆撃に参加したジェラルド・ス
ミス中尉の談話『これまでに私が見たベストのものだった。全市が燃えていた。
煙はゆうに上空6000メートルに達していた。』」
この時、日本の陸海軍はどうしていたか。松山の郷土部隊歩兵二二連隊は、
かつて上海事変で武勇を轟かしていたが、この時は沖縄に派遣されていた。沖
縄戦終結のとき、連隊旗を焼き玉砕したのだった。松山第三航空教育隊は、国
土防衛軍に編入され四国軍管区司令部の指揮下にあった。空襲で兵舎の一部は
焼けたが、陸軍病院は対象外だった。
海軍の航空隊は何をしていたか。米機の爆撃時、松山には居なかった。沖縄
攻撃の特別攻撃隊として鹿屋→大村と転戦し、松山空襲の時は長崎の大村飛行
場にいたのだ。
今思えば、戦争の最終段階では、陸軍の海軍も、一般市民の助けにはならな
い。これは今後の戦争でもこうなるのか、という教訓であろう。
<参考リンク>
松山大学法文学部田村譲教授のホームページ
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/
の『 敗 戦 前 夜 の 松 山 』
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/SENZEN--MATYUYAMA.html
の
3.松山空襲のはじまり
4.(1945)7.26松山大空襲
の項
<参考資料>
松友正隆 著『松山城は残った』松山大空襲の記録 愛媛ジャーナル 1989
『電子耕』100号記念企画「戦争を語り継ぐ」
http://nazuna.com/tom/war/
6、松山陸軍航空教育隊
http://nazuna.com/tom/war/06matuyamakuu.html
訂正*162号記事中、「適当味方の区別なく」は「敵と味方の区別なく」の
誤りでした。
<キーワード:B29 で検索して見つけた、
是非ご覧いただきたい大空襲記録サイト>
◎「川崎・横浜大空襲の記録」
http://www.history.independence.co.jp/ww2/
日本人とアメリカの元B29搭乗兵とのメール交換から生まれた平和の願いが
込められた体験記です。
<戦時体験(その3)後日談>
『電子耕』No.161-2005.06.23号
http://blog.mag2.com/m/log/0000014872/106125797?page=1#106125797
で触れた7月10日、西東京市での不発弾処理の詳細と戦時体験の取材記事が、
◎「サンデー毎日」7/19(火)発売 7月31日号
http://www.mainichi.co.jp/syuppan/sunday/news/20050719-154726.html
カラーグラビア:戦後60年/緑の都市の秘められた<緑>−不発弾処理事件
記事:西東京・不発弾処理でよみがえる秘められた記憶
衝撃証言 中島飛行機 消えた軍都
人間が肉塊となった「武蔵野」の戦後60年
取材・記事:葉上太郎 (地方自治ジャーナリスト)
に掲載されています。週刊誌は店頭からすぐなくなってしまいますが、図書館
でとっているところもあるかもしれませんので是非、ご覧ください。
原稿:山崎農業研究所会員・『電子耕』編集同人
原田 勉
http://nazuna.com/tom/
リンク挿入:原田太郎
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<日本たまご事情> 鳥インフルエンザ 全国一斉サーベイランス(7/8)
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6/26 茨城県水海道市A養鶏場に鳥インフルエンザ H5N2が確定し
て以来今日(7/9)で二週間になるが、その間関係機関のとられた行動は迅
速果敢であった。
半径5km以内の移動禁止に始まって、そこに含まれる17農場の抗体調査、
抗体陽性農場のウィルス検出作業、ウイルスが検出された2養鶏場と感染歴の
ある4養鶏場で鶏149000羽の殺処分、移動制限区域内で感染が確認され
なかった養鶏場の迅速な鶏卵出荷再開……
特に茨城県の場合は鶏卵生産日本一ということもあり、力の入れ方も違った。
昨年の京都府での鳥インフルエンザの経験が生かされたとは言え、移動禁止区
域の設定から毎日生産される鶏卵の出荷再開にいたる日数の短縮、死鶏の処理
法(コンポスト法及び焼却法の採用)などなど画期的な方策が果敢に採用され
た。
あの暑い最中、防御服に身を固めた人たちによる鶏の殺処分作業は想像に絶
する。慣れている私ら養鶏場の者にとっても厳しい作業 なのに、まして日頃
鶏など触ったことのない人たちにとっては如何ばかりであったろう。約15万
羽の殺処分に必要とされた人員は延3000人を超えたと言う、大変ご苦労さ
までした。
このように手際よく作業が進められたのは、事前に官と民による綿密なシミ
ュレーシォンが行われていたからである。「現場のことは現場に聞け」と言わ
れる、今回官が民間の知恵を大いに活用した成果ともいえる。油断はならない
が、現在のところ表面上感染が拡大していることはない。7/8鳥インフルエ
ンザ 全国一斉サーベイランスが農水省からアナウンスされた。
齋藤 富士雄
(株)愛鶏園
http://www.ikn.co.jp/
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<玉川上水の謎> その4 台地を測る
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都立小金井公園内に武蔵野の林地の一部がそのまま保存されている。これが
全面に拡がっていたら、見通せる限界はせいぜい数十メートルだろう。地形を
測るには図の作成の要所に少なくとも樹木高を超える高台または櫓が必要であ
ろう。
野火止用水の建設には測量のために三角山を造ったらしいという話もあるか
ら、玉川上水にも測点の記録が見つかってもおかしくはない。玉川上水沿には
それらしき高台は見あたらないし、工事絵画にもこのような櫓は描かれていな
い。直線水路がカーブしているところには両直線を見渡せる観測台があってよ
い。ただ1カ所だけ(立川砂川)にそれらしき台地はあるが、はたしてそうか、
わからない。
路線計画には、広範囲の地形の測量が欠かせないのだが、このためには見通
しのよい多くの観測点がいる。この地形の図化や水路設計には平板測量の技術
が必要であったと思われる。平板測量とは水平台に乗せた平板上にその場所を
原点として定め、この原点から目的とする地点(測点)を眺め、方向を定め、
そこまでの距離を測り(測点の高さも同時に観測する)、相似形の原理で図上
に測点の位置を確定する測量である。描かれた図の向きを磁石で定めれば、縮
尺地図ができる。観測点の標高から地形が描ける。
平板測量は古代ローマの水路設計(紀元前)にも使われたという記録もある
。しかし、わが国でいつ頃かは不明である。すくなくとも伊能忠敬時代(18
世紀)にはあった。上水工事(17世紀)より100年も前(16世紀)にヨ
ーロッパでは土木工事に広く用いられていた。このような技術をわが国でも編
み出し、あるいは中国や韓国などから入手し、使ったとしても不思議はない。
玉川上水のように1年たらずの短期間の工事完了には掘削以前にすでに地形は
分かっていなくてはならないはずだ。
水路の掘削には計画路線の状態を詳しく設計図として描かねばならない。昔
は設計図面はなかったという考えもあるが、大きな土木事業では信じがたい。
地形の全体が把握され、仕様書が工区ごとに配られてはじめて同時施工ができ
るのである。このように考えると、玉川上水の謎は深まるばかりである。
安富 六郎
山崎農研会員・電子耕編集同人
y.nouken@taiyo-c.co.jp
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<高齢者の健康情報> ラジオに助けられて
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高齢になるにしたがって友人が少なくなり、外出の機会も少なく、話し相手
がいなくなる。クラスメートに電話をしても、耳が遠くなって長話もできない。
高齢になって目が不自由になったら、読書もままならない。テレビは10分以
上見ていると目が疲れて頭が痛くなる。80歳過ぎたらだんだん酷くなる。
老人とは孤独との戦いなり。
そんな時、お助けになるのがラジオである。2〜3年前まであまり聞かなか
ったラジオが今では必需品である。
早朝から目が覚めると、ラジオの天気予報とニュース、ラジオ体操の音楽で
起きる。近ごろは目が不自由になって、新聞も大きな見出しだけ拾い読みをす
る。
NHK第1放送では、刺激になったのは、「わたしの戦後60年」のインタビ
ューだ。第1回の新藤兼人から毎回欠かさず聴いていた。最近は、宇沢弘文、
鶴見和子、中村文子、加藤周一と続いている。これに刺激されて、私も「戦後
60年の体験」を書き始めた。
「わたしの戦後60年」
http://www.nhk.or.jp/radiodir/sengo60/
(現在、毎週月曜深夜午前1:05〜1:57 アンコール放送中、8月まで)
NHK第2放送のラジオライブラリーもお薦めである。「日曜喫茶室」「人
間大学選」「教養選集」「人と思想」「江戸文芸を読む」などの名物番組から
の選りすぐりアンコール特集だ。たとえば、雨月物語。谷崎潤一郎。録音でつ
づる戦後。蕪村の風景・森本哲郎。文化講演会と、興味深々、後はぐっすり眠
る。
同じくNHK第2放送の夜9:30で私が熱中しているのは、NHKカルチャー
アワー水曜日の芸能・演劇その魅力「上方芸能と文化」(木津川 計:立命館
大学教授・雑誌“上方芸能”代表)である。
同じ21:30NHKカルチャーアワーの月曜日、人と自然・われら地球家族・
鳥類。火曜日の歴史再発見・古代ローマ生活誌。木曜日の原書で読む世界の名
作。金曜日の漢詩への誘い。土曜日の文学探訪・芥川龍之介。
以上、ラジオの主な演目だけならべたが、ただ聴くだけでなく、メモを取っ
たあとで類書を図書館で探して自分の戦時体験を書くのに参考にしている。
インプット(入力)だけでなく、アウトプット(出力)して自分の意見とし
て発表すること。これが脳の老化防止に役立つものと考えている。
NHKラジオ第1放送週間番組表
http://www3.nhk.or.jp/hensei/r1/week.html
NHKラジオ第2放送週間番組表
http://www3.nhk.or.jp/hensei/r2/week.html
原稿:山崎農業研究所会員・『電子耕』編集同人
原田 勉
http://nazuna.com/tom/
リンク挿入:原田太郎
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<勉強会ご案内> 中国事情及び中国農業問題勉強会 東京農工大学にて
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中国と日本の文化・科学技術交流を目指す草の根運動
「東京農工大学中国同窓会と友好を深める会」(東京農工大日中友好会)
代表:板橋久雄(東京農工大農学部 都市型農業・農業技術生産学 教授)
http://jc-yuko.gr.jp/
では、今年も恒例の中国事情及び中国農業問題勉強会を開催します。
是非、ご参加ください。
◆日時:7月30日(土)14:00〜17:00
◆場所:東京農工大学府中キャンパス農学部2号館 多目的講義室
◆地図・交通アクセス
バス: JR中央線 国分寺駅南口2番乗場
「府中駅行」バス(明星学苑経由) 約12分 晴見町下車すぐ
バス:京王線 府中駅北口バスターミナル2番乗場
「国分寺駅南口行」バス(明星学苑経由) 約7分 晴見町下車すぐ
http://www.tuat.ac.jp/access/fuchu.shtml
(農学部2号館は2の建物です)
◆講演及び討論
第1報告 中国の農業事情と農学系大学の教育研究(仮)
講師 張鉄中氏(中国農業大学教授・中国大使館勤務)
第2報告 中国山東省の野菜産地形成と日本企業の役割(仮)
講師 早川潔氏(東京農工大日中友好会副代表・日本農業新聞論説委員)
*勉強会のあと中国留学生を囲んで懇親会を予定しています。
◆お問い合わせ
〒183-0054 東京都府中市幸町3-5-8 東京農工大学農学部
農業経営・生産組織学教室 助教授 淵野雄二郎
電話・FAX 042-367-5688
東京農工大日中友好会会員・『電子耕』編集同人
原田 勉
http://nazuna.com/tom/
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<編集後記> 農の意味とはなにか、公とはなにか
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福岡県では、今年から「県民と育む“農の恵み”モデル事業」が開始されて
いる。減農薬・有機栽培の水田にすむさまざまな生き物の分布を調べ、田んぼ
の環境保全機能を見つめ直そうという取組みだ。その仕掛け人の一人である、
福岡県農政部長・山田修嗣氏の講演を先日、「農と自然の研究所」総会で聞く
ことができた(「なぜ福岡県は環境支払いに踏み出したのか」)。
山田部長は農業改良普及員として県職員のキャリアをスタートした。そして、
最初に訪問した農家で言われたのが「おまえ(=県の職員)なんかいらん」と
いう強烈な一言であったそうだ。それから20年、自分の存在意義はどこにある
のか考え続け(山田部長は「トラウマなんです…」と言っていたが)、県の農
政の舵取りを行なうポジションについた今では、部下に対して「県民から“い
らない”と言われないような仕事をせよ」と常にはっぱをかけているという。
その実践のひとつが、上記の「県民と育む“農の恵み”モデル事業」である。
“農の恵み”という名称から連想されるとおり、この事業には「農と自然の研
究所」の宇根豊さんが深くかかわっている。農業の意義が食料生産にとどまら
ないこと、農の恵み(=農業・農村の多面的機能)を生み出しているのは農の
営みそのものであること、農は存在するだけで価値があること――これらはま
さに宇根さんの持論であるのだが、この事業は、「農」の意味とはなにか、さ
らには「公」とはなにかについて、あらためて県民に問いかけているのではな
いか。
2005年7月20日
山崎農業研究所会員・田口 均
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◎お願い「<読者の声>の投稿規定・メールの書き方」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1、件名(見出し)を必ず書いて下さい。「はじめまして」は省略して、言い
たいことを具体的に。
2、氏名・ハンドルネームは、文末ではなく始めのほうに。
3、1回1テーマ、10行位に。
4、ホームページを持っている人は、文末にURLを。
5、JIS X0208 規格外の文字(機種依存文字)のチェックを。
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/networks/check/jisx0208.html
インターネットで使えない丸数字や半角カタカナ、括弧入り略号などは文字化
けの原因です。
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◎投稿アドレス変更のお知らせ
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電子耕への投稿アドレスは、発行人の変更に伴い、
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次回 164号の締め切りは8月1日、発行は8月4日の予定です。
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★『メールマガジンの楽しみ方』発売中
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書名:岩波アクティブ新書45『メールマガジンの楽しみ方』
著者:原田 勉 定価:735円 発行日:2002年10月4日
発行所:岩波書店 ISBN4-00-700045-X
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2005.07.21(木)発行 山崎農業研究所&編集同人
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