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葵マガジン*多重人格の急須 30

発行日: 2008/7/7

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      ◇◆◇◆葵マガジン 2008年7月7日号◆◇◆◇

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          ◇◆◇◆多重人格の急須◆◇◆◇

              第30話(全32話)


              舞子、命令する 1


 ちり、ちりちり……
 舞子は"主"を見た。
 笑っているのか?
“主”はうなだれて、その顔はよく見えなかった。
 身にまとうローブが、震えている。
 笑っているのではない。
 彼(彼女?)は、泣いているのだ。
 ああ、そうか。
 舞子は、やっと理解した。
“主”は、恐かったのだ。
 自分のことを、自分の正体を、自分の望みを要求を表にさらし出すのが、恐
くて震えていたのだ。
 どうせ受け入れてはもらえない望み。
 蹴られるとわかっている、土台が無理な注文。
 自分なんて、何も要求することなく、ただ死を待っていればいいのだ。
 そうなったところで、哀しむ者とていないのだから。
 孤独で、恐くて、寒くて、温もりが欲しくて、でも恐くて──
「あ、あたしたちならいいわよね?」舞子は自分でも気づかないまま“主”の
方へと歩み寄っていた。無意識のうちに“主”の震えるローブを掴む。
“主”は、皺だらけの顔を上げて舞子を見た。
 舞子の心に、恐怖はもはや存在しなかった。
 小さな、弱い生き物。
 可哀想で、人と話したくて、生きたくて、欲しいもの、したいこと、山ほど
あるくせに、何ひとつ手に入れられない──「欲しい」とさえ言えない、臆病
な生き物。
 でもあなただけじゃない。
 大丈夫──ただそう言ってやりたかった。
「もし何か用事があるんなら、いつでもあたしのとこに人格を派遣すればいい。
もちろんあなた自身が来てもいいし、別に用事がなくたって、ただ何か話した
いってだけでもいいし」
「──本当に?」“主”は舞子を見たまま、目から光を発することなく、そう
思念を送ってよこした。
「うん、うん」舞子は何度も頷いた。「あたしでよければ」
「ありがとう」“主”は、皺の中の黒い瞳を少し細めた。
「よかった! 舞子さんなら、きっとそう言ってくれると思っていたんです──
さあ、それでは地球へ向かいましょうか」急須くんが元気よく締めくくった。

         *

 ふた月あまりが、それからするすると過ぎた。
 舞子は、あの海水浴場にまた来ていた。
 五月なかば&#8212;&#8212;まだ海開きには間があるけれど、こんな天気のいい日には、
就学前の小さな子どもを連れて、若い親たちが水遊びをしにくる姿がちらほら
と見受けられる。
 きゃあきゃあと嬌声を挙げながらはしゃぐ親子連れを遠くぼんやりと眺めな
がら、舞子は砂の上に座っていた。
 学校へは──「行きそびれた」。
 そう、相変わらず舞子は舞子であり、世の中は世の中のままだった。
 しかし、波打ち際で笑っている母親と子どもの姿を見れば、彼女は遥香と真
央子を思い出すのだ。
 惑星ブライドから地球に戻ってきたのは、結局出かけた日の翌日の明け方に
なってしまった。
 遥香と真央子は山の上の自宅に運ばれ、玄関先で舞子および急須くんと別れ
を告げたのだった。
「正吾がいなくなってて、よかったかも知れない──このまま記憶を消しても
らって、私たちはまた以前と同じ生活に戻るのね」遥香は笑いながら、あるい
は自分自身に言い聞かせるためか、そう言った。
「ええ」急須くんは蓋をぱくぱく動かした。「あなたの記憶は、舞子さんが最
初にここに来た時のほんの手前のところから消去します。真央子ちゃんの方は、
エイリアンにさらわれたところから。真央子ちゃんは、どういうわけか無事あ
なたの手元に返されたというわけです」
「わかったわ──舞子ちゃん」遥香は、舞子の手を取り握りしめた。「本当に、
ありがとう」
「えっ、やだあ遥香さん、あたしは何も」
「でもあなたがうんと頷かなかったら、この急須は──真央子を助けに行って
はくれなかった」遥香は首を振りながら言い、その目からは涙が溢れ出た。
「ありがとう──幸せになってね」表情が泣き顔に崩れそうになるのを、必死
で堪えているように、舞子には見えた。
「遥香さん──」舞子は何も言えなかった。
 それから舞子と急須くんはその家を去り、去り行く途中で急須くんは術をか
け、遥香と真央子の記憶を操作したらしかった。
 それからあの親子には、一度も会っていない。
 たぶんもう一生、会うことはないのだろう。
 海辺でけらけらと楽しそうに水しぶきを上げる女の子が、真央子の姿と重な
る。
 舞子は遠くに目をやった。
 青く澄んだ水に浮ぶ島々。
 地球──この下のどこかには"主"が密かに棲息している筈だ。
“主”も一度、舞子の自宅の部屋を訪れたことがあった。
 人格を使わず、彼(彼女?)本人が、やってきたのだ。
 舞子は、嬉しかった。
“主”は本当に、友達が欲しかったのだ。
 そして舞子は“主”の友達になることができたのだ。
 魔法使いに、宇宙人──
 ちょっと他にはない、友人リストであった。
 舞子はくすっと笑った。
“主”は、会話方法の研究をさらに進めていた。
 舞子のもとに来たとき彼は、子どもの発する物質のみならず、植物が発散し
ている物質を介して思念を伝えるというやり方を編み出していたのだ。
 植物が仲間同士で、外敵など種族のピンチが迫った危急的事態の時、それを
伝え合うのに使うメッセージ物質を“主”の思念に反応させ震わせて、舞子た
ち地球人の聴覚器官に刺激として捕えさせるのだ。


                       ◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇

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            ◇◆◇◆後記◆◇◆◇

葵むらさきです。ご購読ありがとうございます。

はいっ、棚ボタサラサラ記念日号ですぅ♪

いえ、嘘です。配信遅れ、毎度のことながら本当にすみません。
ちなみに本日が七夕だということを、本メルマガ配信直前に知ったわたくし葵
でございます。

梅雨が明けたのかどうなのか、情報を入手すらしてもいない昨今ですが、とり
あえず暑いです。

ビールや発泡酒の飲みすぎに気をつけなきゃ気をつけなきゃと思いつつ、毎日
仕事を終え一風呂浴びた後には
「ちきしょうッ、うめえ!」
とか言いつつぐびぐびいってしまいます。

でもなんだか、年々アルコール類の「体内飽和量」が、減ってきているように
感じます。
つまり、飲み始めてから眠くてこれ以上呑んでも起きてもいられない、という、
限界状態に達するまでが、昔に比べてはるかに短くなってきているのです。

うーむ、体の為にはその方がいいのかも知れないが、それでもある種寂寞の想
ひが……

単なるワガママでしょうか。酔っぱらいの。つまみ代わりに何かこうしみじみ
したモノが欲しいのよねみたいな。大人だしとかって。ヨッパ理論。

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           それでは次回をお楽しみに。

             発行者:葵むらさき
             aoi@xi.peewee.jp
       ◇◆◇◆葵むらさき言語凝塊事務室◆◇◆◇
         http://murasaki.aoi.peewee.jp/

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