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葵マガジン*穴ぼこの話

発行日: 2005/11/19


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      ◇◆◇◆葵マガジン 2005年11月19日号◆◇◆◇

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【お知らせ】次回の配信は、12月3日(土)です。

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           ◇◆◇◆穴ぼこの話◆◇◆◇


 現代人は心に、ぽこぽこ穴の開いたフィールドを持っていて、その穴ぼこを
埋めてフィールドを平らにしながら生きているのだと思う。
 穴ぼこはたとえば、気になる商品の情報を得たときや、街で新しい店を見つ
けたり、はたまた家の中に目を転じてみて、何か足りないもの、必要なものが
あることに気づいたときなどに、発生する。というか、あく。
 そしてその穴ぼこを埋めることが、すなわち心のフィールドをより満足のい
くものに仕立て上げていく作業であり、人はその穴ぼこを埋める材料を手に入
れるために、一生懸命働くのだ。
 穴ぼこの数は不変ではなく、どんどん増えていく。
 理想はそのすべてを一気に埋めつくしてしまうことなのだが、それは決して
できない。
 それには莫大な費用がかかってしまうからだ。
 その穴ぼこを一つも埋めることができない人もいるだろう。
 さまざまな理由で「我慢」をしなければならず、穴ぼこは放置されたままで
ある。
 しかし見て見ぬふりをしたとしても、多分穴ぼこは自然に埋まって減ったり
なくなったりはしないのだ。
 埋めることができない事情などお構いなしに、それはぽこん、ぽこんと増え
ていく。
 もしかしたら、そうやってほったらかされた穴ぼこたちはその内、一つの巨
大な穴としてその人の心のフィールドを埋め尽くすかも知れない。
 そうなった時、果してその人はどうなってしまうのだろう。そうなってもま
だ打つ手はあるのだろうか。

 時々テレビでやっている「公開家出人捜査」だが、そういうのに出てくる
(というか引っ張り出される)家出人の人たちというのは、もしかしたら心の
フィールドが穴ぼこフルになってしまった人たちなのかも知れない。
 穴ぼこが心のすべてを占めているから、もう理性だとか、他者への配慮だと
か、そういうもののための余地は文字通り、ないのだ。土地はすっかり痩せて
しまっているのだ。
 そんな状態の心の迷走が、非社会的行為となってしまうのかも知れない。
 これがまさに「衣食足りて礼節を知る」ということだ。

 しかしそれならば、修験の道などを極めれば、穴ぼこはできぬものなのだろ
うか。
「悟りの境地」とは、心のフィールドがまったいらで、穴ぼこどころか段差ひ
とつない、バリアフリーの心境だということか。
 私は自作小説「闘人サヴィニウス」の中で、宗教に生きる人間にも「欲を捨
てたい」という「欲」がある、と書いた。
 そういう「欲」がほんとうにあるとしたら、それはじゃあどんな形状のもの
なのだろう。普通の、世間一般に認識される欲を否定するわけだから、もしか
したら穴ぼこじゃなくて、逆に土が盛り上がって小山を成しているのかも知れ
ない。しかしそれでも最終的に解脱し涅槃に達したあかつきには、絶対的静寂
の中、まったくフラットなフィールドがそこには拡がっているのだ。この場合
「欲」を捨てることすなわち、山を引っ込めることなのだから。
 それでも修行中は、引っ込めても引っ込めてもぽこぽこ小山が浮き出てくる
のだろう。そのたび修行者はスコップを持って、ざく、ざくとその山の土をひ
とすくい、またひとすくい、けずりとって捨ててゆくのだ。そうするうちほか
の場所にぽこん、といつの間にか新たな小山が突き出してきている。
 さらに想像を発展させて、そのフィールドを「裏側」からみてみると、欲を
捨てた結果穴ぼこの逆状態として盛り上がっていた小山が、実は穴ぼこであっ
たりするのだ。

 小さい穴ぼこ、大きな穴ぼこ。
 小さい穴ぼこが次々に際限なく現れては次々それを埋めつづける生き方もあ
るだろうし、小さいのなんかは無視してすぐに存在を忘れ去り、それを埋める
に費やすエネルギーをもっと大きな穴ぼこに一気に費やしたいとする生き方も
あるだろう。
 穴があきすぎるとスカスカの土地になってもろくなり、身動きが取れなくな
るかも知れないし、また、若いうちは穴ぼこも簡単に、小さくて浅いのがどん
どんあいていき、だんだん年取って経験を積んでくると、本当に埋めるべき穴
ぼこを見極める目というものが養われて、少々の穴ぼこの発生には心を惑わさ
れたりしなくなるのかも知れない。
 大人にとっては取るに足らない、ほんの小さな穴ぼこにしか見えなくても、
小さな子どもの目にはとても大きな、ものすごい穴ぼこだったりもするのだろ
う。

 その穴ぼこの正体が物品や夢などであればほほえましくもあるが、人間、そ
れも異性だったりするとなんだか話がややこしくなりそうである。
 自分のフィールドに開いた穴ぼこは、自分ひとりが責任をもって埋めていく
ものでなければならないのだとわかったとき、人は「大人」になっているので
は、ないだろうか。


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目を閉じると、リュートの音が耳に蘇った。
自分をこの上なく安心させ深い眠りに導き、そして守ってくれた、あの音色──
自分は、もしかしたらもう一度、あの音を聞きたいのかも知れない。
リーザはふとそう思って目を開けた。
途端、胸がとくん、と高く鳴った。

●「サモンズ・リュート」
http://www.bookin.jp/data.php?gid=0000000230

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            ◇◆◇◆後記◆◇◆◇

葵むらさきです。ご購読ありがとうございます。

穴ぼこといえば、「ラス・マンチャス通信」で日本ファンタジーノベル大賞を
受賞された平山瑞穂さんが、早川書房「S-Fマガジン」の2005年7月号で、
「野天の人」という、ちょっと不思議でちょっと恐怖でちょっと苦悩な感じの
短編を発表なさっていて、その中に、出てくるのがあります。

おばさんが大きな穴ぼこを地面に掘って、素っ裸になってその中に入り、自分
の周りを砂で埋めて、しばらくじーっ……としているのです。
そうすると、日常生活を送るうち知らず知らず体に溜まっていった「毒」が、
大地によって浄化されるという……そのくだりを読むときは、なんだか肩とか
腕とかのあたりに湿った土が触れているような、冷たい感触を感じたりしまし
た。

それにしても、エッセイというものは、本当にしんどいです(笑)。
エッセイを定期的に書く人、書ける人というのは、すごいなあ……と、本心か
ら思います。
私にはやっぱり、小説を書く方がずっと楽にできるようです。

あ、上に出しました「S-Fマガジン」の中で、イラストレーターの水玉螢之丞
さんが「SFまで100000光年」というエッセイを毎月書いていらっしゃるのです
が、私はこれが大好きです。
水玉さんの言葉のセンスは、すごいです。かわいらしくて、面白い。
何度読んでも飽きずにくすくす笑いつづけられます。癒されてます。

というわけで、来週は配信を一回お休みさせていただき、次回は12月3日の配
信となります。よろしくお願いいたします。
もしかしたら、エッセイ版じゃなくなってるかも、知れません……(細笑)

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「お前は昔から弱かった──いや、今だって弱いんだ」ドレクシスは、弟の顔
を指さした。「その伊達眼鏡が何よりの証拠だよ。それがないと、怖くて俺た
ちにものをいうこともできないんだ」

●「闘人サヴィニウス」
http://aoi.peewee.jp/long_story/phyria2nd/phyria2nd01.htm

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           それでは次回をお楽しみに。

             発行者:葵むらさき
             aoi@xi.peewee.jp
       ◇◆◇◆葵むらさき言語凝塊事務室◆◇◆◇
         http://murasaki.aoi.peewee.jp/

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