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◇◆◇◆葵マガジン 2005年10月8日号◆◇◆◇
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「待ってたぜ、命知らず」対してナスルは、私の性向を古くから知っているの
で、逆に煽り立てた。「お前の剣さばきを見るのは久しぶりだ。ゾクゾクする
ぜ」
●「スペースドライヴァー坂本」
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◇◆◇◆山に坐す神◆◇◆◇
最終話
山に坐す神
黒衣を纏った人達はそれからもう二度と儀式を執り行おうとはしなかった。
人々はもう、黒衣をさえ纏おうともしなかった。
私の心もまた益々荒んでゆき、気が向いてはふらりと里へ行って女たちを襲
った。
若い女たちを、私は盗っていった。
憎かった。
理屈にならぬ、憎さであった。
彼女たちが生存して、誰かを愛し、誰かに愛されるなど、断じて許すことは
できなかったのだ。
若い女たちは愚かで、りりつえるに襲われるからと大人たちがいくら云い聞
かせても、こっそりと外へ抜け出すことをやめなかった。
彼女たちは、自分を見初めてくれる逞しい男がどこにいるか、知りたくて仕
方がないのだ。
私はいつものように木の上から、一人で山道を彷徨う愚かな女を見た。
ばさり、と予告もなくその目の前に降りてやる。
息を呑み、甲高い悲鳴が女の喉から迸り出た。
女を打ってその命を盗ろうとしたとき、私の目に真っ白のものが飛び込んだ。
それは、その女が胸に抱いていた、クチナシの花だった。
余りにも甘く濃厚に香るその白き花弁に、私は眩暈を感じた。
女を打つはずだった手が、いつの間にか下におろされていた。
クチナシ──
「お前の髪に、どうしてもクチナシを挿してやりたいんだ」
山の神の、褐色の肌。
白い歯を見せて屈託なく笑う、顔。
私の髪を梳いた、無骨な指。
私の体をしっかりと抱き締めた、逞しい胸。
私の頬に、額に、瞼にそっと触れた、唇──
私はその場に崩れた。
恐怖に打ち震えていた女は、その手の中のクチナシをばッとかなぐり捨てて
一目散に駈け去っていった。
白き花が、雨のように私の上に降りかかった。
山の神の、愛しげに私を見つめる微笑みを背景にして。
私は茫然とそれを見上げ、我知らず手を伸ばした。
しかし白き花弁のどれ一つ、私の掌に残るものはなかった。
涙が、頬を伝って落ちた。
もう、あなたはいない──
さらさらと渓流の音だけが、あの日と変らず聞こえていた。
「りりつえる様は、クチナシがお好きなのだ」山の民たちはすっかりそう思い
込んだようだった。
私の磐座には、溢れるほどのクチナシが供えられるようになった。
とても甘い香りは、私を慰めるのと同時に立ち上がれぬほどの哀しみをもも
たらした。
私は、女たちの命を盗ることをやめた。
それだから人々はますます、クチナシの効能を信じるようになり、本当にせ
っせと、真面目に私のもとにその花を届けた。
いろいろな料理や酒を、クチナシで飾り立てて私に捧げた。
私は、ぼんやりとクチナシを嗅いでいた。
もう、この体は動かないだろうと思った。
磐蔵の外に雨が降っているのが音でわかった。
私は眠りから目覚め、しばらくその音を聞いていた。
「居らぬか」磐蔵の外で、静かなる声が聞こえた。
女の声だった。
私は、眉をひそめた。
若々しい、女の声──
ゆっくりと、身を起こす。
何者だ?
そっと岩の裂け目から外を窺う。
果たして、すらりとした長身に、山では見たことのない草で編んだ衣を纏っ
た──というよりもからみつかせた、といった感じだ──女が、そこに立って
いた。
夜よりも深く黒い、髪。
血の色の珊瑚がそこには挿され、淡い桜色の貝殻が耳を飾っていた。
「誰?」私は低く訊ねた。
「童は、海の神じゃ」その女は名乗った。
「海──えめらるど、の?」私の脳裡には、懐かしき天界の、天帝が手を差し
入れけだるげにかき回していたあの動かぬ海の色が蘇った。
「違う」しかし女神は首を振った。「その、動かぬ海ではない──河が最後に
流れ込む、大地の隣に在る海じゃ」
「──」
「こちらへ、出て参るがよい」女神は小さく首を傾げて、片方だけのぞけた私
の目を見て云った。
私は少し考えてから、体を裂け目から滑り出させた。
しとしとと、冷たい雨が肌を濡らす。
私は女神を改めて見た。「あなたは──消えずに、いるのですね」何となく
そう云ってみた。
海の民、舟で沖へ漕ぎ出し魚や海藻を捕っている彼らは、この女神を封印し
ていないのだ。
「童はただ海の底に居るだけじゃからの」女神は答えて、真っ黒の瞳を細め面
白そうに笑った。「天帝は氷の粒や大気に渦を巻いて、海の表面だけを荒らす
こともしておったようじゃが、童はそういうのとすったもんだするのは面倒臭
いでの、ずうっと底で知らぬ振りをしておったわ。まあ奴の御陰で海の者ども
は、この童に祈りを捧げ供物をそなえてくれておったからの、何もせんでも喰
うに困ることはなかったのじゃ」カラカラと愈々楽しげに笑う。
「──」私はしかし、一緒になって笑う気にすらなれずにいた。「それで貴女
は、一体何用でここに?」
海の女神はふいと笑うのをやめ、少し不機嫌そうに私を見返した。ややあっ
て「これからは、そなたが山神となるがよい、と伝えにのう」と云った。
「私が、山神に?」私は驚いた。「けれど私は、烏の身で、神性など持っても
いないのに?」
「ほほほ」女神はまた少し笑った。「神性ならばもうすでに、山の民どもがく
っつけてくれておるではないか、そなたの翼にの」
「──」私は思わず自分の腕を見下ろした。
それから顔を上げ、ハッと息を呑んだ。
海の女神の背後に、何十人、何百人という人々──否──
神々が、静かに佇んで私を見ていた。
それがすぐに神だとわかったのは、彼らのいでたちの清々しさ、気高さ、高
貴さ、何か冒しがたい強さ、そういったものが半ば輝きを放ってありありと見
て取れたからだ。
私は気付かぬうち、大地にひざまずいていた。
「樹木の神たちじゃ」海の女神が静かに云った。「皆、そなたを山に坐す神と
して迎えることをゆるしておるぞよ」
「──はい」私は茫然としながらも、それをしかと身に承った。
やがて雨は上がった。
日が燦と照り、蒸気が立ち昇った。
私は烏の翼で、山の上空を飛んでいた。
山の民たちが神性を授けてくれた、烏の翼で。
私は山の全てを見届けた。
久しぶりに、山を見た気がした。
そしてそこに、久しぶりに温かな気配を──山の神が私の心と体にもたらし
たような温かいものを感じた。
日の光のせいかも知れない。
私は久しぶりに、少しだけ微笑むことができた。
心はいまだ寂しく、やせ細っている。
それでも──
山の神は、私も彼も、天帝も、そして人々も──すべてのものは一つなのだ
と云った。
いずれ一つになるのだと、云った。
私はここで、いつかそうなる日がくるのをじっと待とう。
そう思った。
この寂しさに、ひっそりと耐えながら。
◇◆◇◆了◆◇◆◇
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古い蓄音機から流れ出る、妖精と呼ばれたかつてのアイドル歌手の歌声。
それは透の記憶を呼び覚まし、そして“さらなるものたち”をも、蘇らせた──
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◇◆◇◆後記◆◇◆◇
葵むらさきです。ご購読ありがとうございます。
今週で「山に坐す神」の連載は終了です。
ご愛読いただき、ありがとうございました。
先だってお知らせしました通り、次週からは当分の間、エッセイや読書感想文
などを掲載して参ります。
この「後記」欄の拡張版みたいなものですね。
小説書くより結構大変だったりして(笑…ダガ目ハ笑ワズ)
あっそーだ最近ブックインポケットさんとこの「1行小説」にはまってます。
http://www.bookin.jp/1.php
もし、ワシはどうしても葵むらさきの「小説」が読みたいのじゃ!ガルル!と
禁断症状が出た場合は、しばらくはこちらを御覧ください……というのはさて
おき、真実気軽に読める超ショートが目白押しですんで、お楽しみください。
これからも、どうぞ「葵マガジン」をよろしくお願いいたします。
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竜は答えなかったが、カナーヴにはその方が都合がいいようだった。背の上
で、彼女は本当に迷子のように泣いているのかも知れなかった。
「きっとね、こういうのを、“好き”っていうんだと思う」
●「闘人サヴィニウス」
http://aoi.peewee.jp/long_story/phyria2nd/phyria2nd01.htm
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それでは次回をお楽しみに。
発行者:葵むらさき
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