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葵マガジン*山に坐す神 16

発行日: 2005/9/17


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      ◇◆◇◆葵マガジン 2005年9月17日号◆◇◆◇

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          ◇◆◇◆山に坐す神◆◇◆◇

             第16話(全19話)


             封じられしもの 2


 天帝を構成する粒のひとつひとつが、彼の内部から何処へか飛び出して行き
つつあった。
 私には、そのように見えた。
 天帝の顔には、恐怖の色が浮んだ。
「これは――」
 彼は己の掌を見、髪を掬いとって見、体を見下ろし、そして私を見た。
「リ=リ=ツェル、私は一体――」
 私も充分すぎるほどの驚愕に打たれて、ただ天帝の消え行くのを見守るしか
なかった。
「一体――」
 その言葉を残して遂に、天帝は全ての色を失い、すべての粒を失った。
 彼は、消失した。

 私は烏に姿を変え、闇雲に山の上空を飛びつづけた。
 山の神はどこにいるのだろう。
 私は中型の四つ足を見つけ、驚かさないように気をつけながら降りていった。
 四つ足は多少警戒していたが、私が烏で、少しおずおずと近づいてくるので、
まったく相手にしない訳でもなさそうだった。
「あのう、山神さまはどこ?」
 私は訊いた。
「雫のしたたる岩」
 四つ足は、未だ幼さの残る声で教えてくれた。
「それって遠いの?」
 私は首を傾げた。
「あんたの翼で真っすぐ飛ぶなら、すぐだよ。この峠のてっぺん」
 四つ足は鼻でその峠をさした。
 私もそれを見上げた。
「どうもありがとう」
 私はそう云って羽ばたいた。
「どういたしまして。山神さまによろしく伝えておくれよ」
「うん」
 頂上に向かって飛びながら、私はくすぐったいような、不思議な想いにとら
われていた。
 私が、四つ足にこんなに優しく語りかけるなんて。
 精神を操作するだけで仲間の烏をくびり殺していた私が、こんなに生き物を
慈しむようになるなんて。
 山の神のおかげだ。
 彼の優しさに出会い、触れなければ、こんな私にはなっていなかっただろう。
 それもまた、私にとっての幸福だったのだ。
 私が呼吸する為には、山の神の存在が必要だと悟った。
 もはや、それをさえぎる天帝はいない。
 私は好きなだけ羽ばたいて、好きなだけ山の神のそばにいればいいのだ。
 ちろちろちろ、と、石に指を這わせる清浄な水の流れ。
 かたくなな石のこころも、そうされ続けるうちいつの間にか溶けてくずれ、
水のこころのままにかたちを削りとられていく。
 四つ足の教えてくれた通り、彼はそこにいた。
 渓流の傍、柔らかい緑の苔に覆われた石を愛でるように、語りかけるように、
慈しみに満ちた目で佇んでいた。
 山の神の微笑みは、あの日とまったく変わりなかった。
 私は彼の頭上でばさりと翼をはたき、すぐに女に戻って地上にすとんと降り
立つなり、その褐色の胸に飛び込んだ。
 彼の体の温もりがすぐに私を包み込み、眩暈がするほどに私を至福へ押し上
げた。
 私は湖面に浮かぶ蓮花の色のようなこの幸福をしっかりと抱きとめ二度と離
すまいとするかのように、山の神の体に回した腕でもっと彼を抱き締めた。
 山の神の息が髪にかかり、耳にかかり、そうして頬に、唇にきて私たちは口
づけした。
 何度も、何度も私は山の神の唇を求め、何度も、何度も山の神は私の唇を求
めた。
 せせらぎと、梢の擦れる音、時折通りかかる四つ足の葉を踏む音、小鳥の羽
ばたく音──山のすべてのものの奏でる音の中、私たちは満たされ溢れかえる
ほどに、愛を確かめ合った。

「天帝は消え失せたのに、どうして日は昇っているのかしら」山の神にもたれ
かかるようにして石の上に座り、私は訊ねた。
「天帝に代わって、それを動かすものが現れたんだろう」山の神は天を仰いだ。
「誰?」私も彼に倣って上を見た。
「俺には、わからないな──もしかしたら俺たちよりも、遥かに大きな存在か
も、知れない」
「それは、一体──?」私は驚いて愛する神の顔を見た。
「宇宙さ」
「宇宙?」
「リ=リ=ツェル、一つ教えておいてやろう」山の神は私を見下ろして云った。
「はい」
「天帝と俺とは、本当はひとつのものなんだよ」
「ひとつのもの?」
「そう、ひとつのもの――」
 私は、山の神の言葉を待った。
「俺も天帝も、創造されたものであり、生かされているものなんだ」
「誰に?」
「宇宙に」
「――?」
「今は天帝が像の中に閉じ込められてしまったけれど、彼は俺でもあるわけだ
から、まったく閉じ込められてなどいないと云うこともできる」
「でもあなたは山の神で、天帝ではないわ」
「そう。俺は部分で、天帝も部分」
「何の?」
「宇宙の」
「――」
 私の恨めしそうな視線に、山の神はくすりと笑い、私の手を取って口づけし
た。
 私の胸は甘く高鳴り、私は引かれるまま彼の肩に頬を預けた。
 彼が部分だろうと、誰に生かされていようと、この褐色の胸の温もりさえあ
ればそれでいい、と思った。
「天帝はもう、二度とあの像から出られないのかしら」
 私はうっとりと眼を細めながら呟いた。
 山の神は、暫く答えなかった。
 私が頭を動かして彼を見上げると、彼の頬にひと筋光る涙があった。
「出て来るだろうな」
 山の神は低く答えた。
 私は、天帝の復活を怖れて彼は泣いているのかと思ったが、そうではなかっ
た。
「出て来るけれども、それまでに人は……河の者も、山の者も、たくさんの死
と苦しみと哀しみを味わわねばならない」

                      
                       ◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇


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●葵むらさき著「魔法野菜キャビッチ2・キャビッチと聖なる雫」連載中

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EZメニュー>カテゴリで探す>TV・メディア>マガジン>ブック in ポケット
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         ◇◆◇◆葵マガジン文庫◆◇◆◇

私は我が脳内におけるドーパミンの大量一斉放出を感知した。
「ちょっと、坂本」ルルドールが横目で私を睨んだ。「あんたすごい、嬉しそ
うな顔してるわよ。いい加減にして」

平和な銀河に突如として現れた謎の怪物。生き物が、ヒトが次々に襲われ始める。
そして宇宙の運送屋・坂本たちに、その捕獲が依頼されたのだった──
長編スペースドライヴアクションストーリー。

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●作者(sarumaji)が書いている小説をお送りするメルマガです!!
●連載されている小説は現在『ラブラルの狩人』と神崎物語』です!
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            ◇◆◇◆後記◆◇◆◇

葵むらさきです。ご購読ありがとうございます。

ささやかな「ストレス解消法」を発見しました。

某ピザ屋さんで宅配を頼むたびに、マグネットシートというんでしょうか、表
にお店の広告がついてて裏面が磁石になってるシートをもらうのですが、これ
を、冷蔵庫に向けて輪投げのように投げるのです。

もう磁石ったら哀れなほど真面目にぴたっ! とくっついて動かないんです。
なんか、嬉しいです。「へへへ」と、笑いが漏れてしまうのです。

前は表面の広告、お店の名前と電話番号が書いてあるだけのものだったんです
が、このたびの引越し荷物の中から、その2倍の面積を持ち、しかも表に、か
のペ・ヨンジュン氏の写真がついているものが掘り出されました。

さっそく試投です!

「ヨンちゃんペ!」と掛け声をかけ、思いっきり投げると、ドシッ! と重々
しい音がして、ヨン様シートは見事冷蔵庫の扉に密着しました。
あ〜〜気持ちいい!

これで世の中の腹立たしい事柄や悲しい出来事からほんのいっとき、心が解放
されるような、そんな気がかすかにします。
皆様も、自己免疫力低下を招く前に、ぜひお試しになってみてください。

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           それでは次回をお楽しみに。

             発行者:葵むらさき
             aoi@xi.peewee.jp
       ◇◆◇◆葵むらさき言語凝塊展示室◆◇◆◇
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