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◇◆◇◆葵マガジン 2005年8月13日号◆◇◆◇
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◇◆◇◆山に坐す神◆◇◆◇
第11話(全19話)
「彼女は、天帝のところから来たんだ」山神は悪びれるところもなく──それ
はいつものことだが──娘に説明した。
「彼女──あれは、女、なのですか?」娘の声は、沸き出ずる清水よりも冷た
く、私の耳に矢のように届いた。
「ああ」山の神はそう答えてからやっと、娘の心に私への敵愾心の生まれてい
ることを知ったようだった。「茉莉(まつり)」包み込むように、その名を呼
ぶ。
それを聞いたとき、私もまたその人間の娘を厳しく睨みつけた。
山の神がそんな風に、自分ではない女の名を呼ぶことが口惜しかった。
けれど私はすぐに首を振ってその想いをかき消した。
今は、それどころではない──女として盲いている場合ではないのだ。
「山神さま」私は空中から声をかけた。「天帝が、山を攻めに降りて参ります。
今すぐにご準備を」
「──」山の神は、目を細めた。「山を、攻めに?」
「はい」
「天帝が?」
「はい」
「──ここへ」山の神は、すっと褐色の腕を差し出した。私に、そこへ止まれ
というのだ。
私はそれに従った。
茉莉と呼ばれた娘の息が荒くなった。
「殺して」彼女は、悲鳴に近い声で叫んだ。「この烏を、殺して」
山の神は答えなかった。
「私を愛して下さるのならば、今ここで、この烏を縊り殺してくださいまし」
「茉莉」山神は静かに云った。「リ=リ=ツェルはどうやら山のために、山を
救おうとして大事なことを伝えに降りてきてくれたようだ。それなのにおまえ
はどうして、そのようなことをいう」
「山神さまは、その者が好きなのですか?」茉莉は引き下がらなかった。「そ
んな、真っ黒い烏が」
山の神は、私を腕に止まらせたまま茉莉を見た。「うん、好きだな」
私は、心臓が跳ね上がるような気がした。
「どうして──」娘は泣き出した。
「どうしてか──放っておけない」山の神は、足元の花々を見下ろして呟いた。
「私には、そんな言葉を云ってくださったことなどないのに」娘は流れる涙を
拭こうともせず、震えて立ち尽くした。
ああ、この娘も──
私はなんだか、不思議な思いに捕われていた。
私が、自分は本当には天帝に愛されていないのではないか、と肌に感じてい
たのと同様この娘もまた、山の神に抱かれながら本当には愛されていないので
はないかということに脅えていたのだ。
だからこそ、私を一目見ただけで憎悪の念を轟と燃やしたのだろう。
「茉莉、今はそんなことを云っている時ではないんだ」山の神はまた云った。
「天帝がどうするつもりでいるのか、リ=リ=ツェルによく話を聞かなくては」
茉莉は突然背を向けて走り去った。
山の神は、ただそれを見ているだけだった。
「追わなくてよいのですか」私はそっと訊いた、だが山の神が追わなければい
いと思っていた。
「──いいんだ」山の神は、穏やかな瞳で私を見下ろした。「それよりも、お
前の話をもっとよく聞かせてくれ」
「──はい」私はうつむき加減で話した。「天帝は、以前からあなた様を快く
思っておいでにはなりませんでした」
「──うん」山の神は、小さくうなずいた。「俺にも、それはなんとなく判っ
ていた。だけど──なんでだろうかな」
「それはたぶん、あなた様が」私は顔を上げて山の神の褐色の、引き締まった
顔を──美しい顔を、なかば息をひそめるようにして見た。「お優しい方、だ
からでございます」
「優しい?」山の神は目を丸くして訊き返し、それから少し恥かしそうに笑っ
た。「俺がか」
「はい、あなた様は人間にお優しい」私はまたうつむいた。胸の鼓動が私の烏
の体のすべてを揺らめかしていた。「他の、生き物にも」
「──烏にも?」山の神は、私の頭上からそう訊いて寄越した。私はいよいよ
うつむいた。
「烏にも、でございます」小さく答える。
「それで、天帝は怒ったのかな」ふっ、と山の神の洩らした笑いの息が、私の
小さな額にかかって、それは益々私の内部を不安定に揺らめかせた。
このまま、この花々の上に倒れてしまいたい──
「わ、わたくしのことなどは関係ございません」私は慌てて首を振った。「天
帝はただ、あなた様が山人たちと同じ位置に居て同じ酒を呑み交わし、共に笑
い、語り合う、そういう風にすることを、快く思わぬのでございます」
「嫉妬、というやつかな」山の神はまた訊いた。
「そう……かも、知れませぬ」私は答えた。
寂しげに、えめらるどの海の水を手でかき回す天帝の姿が目の前に浮かぶ。
「しかし天帝は、山をどうするんだろう?」山の神は首を傾げた。「あのお方
は天界にいるからこそ天帝であって──特に、山を必要としているとも思えん
が」
「けれど天帝は、山を盗る、とはっきり申しました」私は告げた。「一刻も早
く、戦いに備えてくださいまし」
「──」山の神は、じっと私を見た。「リ=リ=ツェル、お前はとても大事な
ことを教えてくれた──しかし、お前は天帝が恐くはないのか?」
「──」私は返答に詰まった。
恐い。
それは恐いに決まっている。
それなのにどうして私は、こうまで天帝に逆らうことをしてしまうのだろう?
どうして──
「俺のそばにいればいい」山の神は微笑んだ。「そうすれば、天帝はお前に指
一本触れることはできない」
「山神さま──」幸福が、私を包み込んだ。
温かい、山の神の手の温度が、私に安心感を与えた。
その時、一天俄にかき曇り、冷たい風が私たちを打った。
見上げるとそこには黒い雲たちが押し合うようにして集まってきており、そ
の真中に黄金(きん)の光明がさして、白い氷の粒の霧を纏った天帝がゆっく
りと降りてきた。
私は、山の神の手の中で小刻みに震えた。
山の神は私を両手で包み込み、胸に押し当てた。
眩暈がするほどに、私は彼を感じた。
◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇
ひとこと感想ノート
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「無礼な」真は怒り心頭に発し、ずかずかと秋那の傍を通り抜けようとした。
その腕を、突然しなやかな腕がからめとり、ハッとする間もなく真は杉の幹
に背を押し付けられていた。
秋那の顔が、すぐそばに迫っていた。鋭い眼がじっと向けられている。
真は、息もできぬほどに体を強ばらせた。
●和風恋愛ファンタジー「雪虫」連載中 ※R18
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◇◆◇◆葵マガジン文庫◆◇◆◇
私は我が脳内におけるドーパミンの大量一斉放出を感知した。
「ちょっと、坂本」ルルドールが横目で私を睨んだ。「あんたすごい、嬉しそ
うな顔してるわよ。いい加減にして」
平和な銀河に突如として現れた謎の怪物。生き物が、ヒトが次々に襲われ始める。
そして宇宙の運送屋・坂本たちに、その捕獲が依頼されたのだった──
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なんとなく不登校の高校生・舞子は、いつものように学校をサボってふらりと
やって来た海辺で、不思議な「急須」を拾う。
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そんな中、UFOによる殺人・誘拐事件が巷に起こる。
誘拐されたという幼い女の子――それは実は、なんと急須の中の魔法使いの一
人、正吾の娘だという。
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ことになる舞子。果してその結末は――
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◇◆◇◆後記◆◇◆◇
葵むらさきです。ご購読ありがとうございます。
このところ、いろいろと考えに考えてまいりましたのですが、現連載「山に坐
す神」の連載終了後、本メルマガはしばらくお休みをいただこうと思います。
その後、HP上での連載と同時進行、という形で配信を再開してまいります。
再開時期は、平成18年初頭の予定です。
約三ヶ月ほど、間を置かせていただくこととなります。
はなはだ勝手を申しましてまことに申しわけないのですが、理由は、多忙とい
うことでどうかご理解をお願いいたします。
すいません!
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それでは次回をお楽しみに。
発行者:葵むらさき
aoi@xi.peewee.jp
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