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◇◆◇◆葵マガジン 2005年7月23日号◆◇◆◇
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「雪虫の、沼で待ってる」
小夜風に舞い乱れる雪のような想いを、このちいさな生きものたちは
知っているだろうか──
和風恋愛ファンタジー「雪虫」連載開始 ※R18
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◇◆◇◆山に坐す神◆◇◆◇
第8話(全19話)
布告 2
三日の後、雨は上がり空は再び晴れ上がった。
私は烏の姿で地上の様子を見るため飛んでいた。
空から峰々を眺める。
この空には、天帝がいる。
それに向かってそびえ立つこの山々には、山に坐す神がいる。
この二神は、そんな近くに位置し合いながらも、何とお互いに遠くにいるの
だろうか。
この二神が手を結び合い、お互いに心を許し合うことなど、決してないのだ。
たとえ天が下に落ち、山が上から生えてきたとしても、それは決して変わら
ないのだ。
私は飛びながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
ゴウウ、と遠くで水が渦を巻く音が聞こえた。
驚いて見やると、遥か彼方の河が叛乱を起こしていた。
それは水から竜が立ち上がったそのままの光景だった。水の竜は暴れ、身を
くねらせ、沿岸の人々と彼らの住む家々とを瞬時に体に呑み込み、狂ったよう
に海へと突き向かった。
人々の恐怖の悲鳴は、ゴウウ、という水の怒号にすべてかき消され、呑みこ
まれ、やはり海へと押し流されていった。
碧空に、竜のうろこのかけら──水のしぶきが散って弧を描いた。
無論それは、天帝がなしたことであった。
天帝は、河に竜が立つほどの量の氷を、地上の空にばら撒いたのだ。
河のほとりに住む、哀れな人達は今、天帝の大いなる意志によって篩(ふる)
われたのだ。
神威であった。
そして、私にはわかっていた。
河の民を篩った天帝はその次に、きっと山の民を篩うであろうと。
河の民が畏れる、彼らの神──即ち水から立った竜神は、やがて海の彼方へ
とその姿を消した。
私は河へ向かって飛んだ。
河辺の土地は、ぺったりと撫で付けられたように見えた。
のっぺりと、すべての凹凸を削られ平らにならされて、低くのされていた。
樹木は倒され、泥が町を覆い、人家も乗り物も織機も、市場も学問所も集会
所も、祭壇も聖域も、みな押し流され壊滅し失われていた。
むろん、多くの生きた人達も。
生き残った人々はのろのろと、村に起こったことが一体何であるのか、どう
してそうなったのかを考える力もないかのように、ほんの僅かずつ壊れたもの
たちを運び退けたり、差し向き身を寄せるための小屋を建てはじめたり、食料
を集めたり分配したり──そしてしばしば立ち止り、天を見上げていた。
嘆き哀しむためのこころのゆとりさえ、彼らには残っていないようだった。
私には彼らにかけるべき言葉もなく、無論手助けをするつもりもなく──そ
んな力もなく──そのまま黙って天界へと戻るしかなかった。
「山の神がお見えになりました」使いの精が告げた。
えめらるどの海の上に、彼はすっと立った。
褐色の貌はしかし、いつもの微笑をたたえてはいなかった。
「ひどいことをするな」山の神は嘆息して云った。「女も、子どもも、年寄り
も、皆無残に攫われていってしまった」
「土に潤いをくれたまでだ」天帝は横向きに寝そべり、手で頭を支えた格好で、
だるそうに答えた。「これで河の者たちの畑によく作物が実るだろう」
「なぜ犠牲を望む?」山の神はまた訊ねた。「人の命というのは、あんたにと
ってそれほどまでに美味いものなのか」
「美味い?」天帝は楽しげに眉を上げた。「これはまた、面白い表現を使う。
山の方式か」
「あんたは、食ってるんだ。民の命を」山の神はひるみもしなかった。「それ
もじっくりと味わって取り込むんじゃない。ただがつがつとむさぼり喰うだけ
だ」
天帝は笑いを止めた。
沈黙が、えめらるどの海の上に降りた。
えめらるどの海は、その沈黙によって凍らされたかのようだった。
そして、私も。
「次は、お前の人間達を貰うぞ」天帝は云った。
「貰ってどうする?」山の神は訊ねた。
「美しいものを造らせるのだ」天帝は、ほくそ笑んで答えた。「私の目を楽し
ませてくれるような物を」
「河の人間達のように?」山の神はまた訊ねた。「あんたの御機嫌をとって、
水の氾濫に怯え暮すあの河の人間達のようにか? 山津波で脅してか?」
山の神の口調は静かだったが、言葉は研ぎ澄まされた刃先の如く天帝の心臓
を繰り返し貫いた。
けれど天帝の語る口調もまた静かだった。
「彼らに、山を削ることを覚えさせよう」
「削る?」
「美しいかたちに、山を造形させ直すのだ」
「では」山の神は、首を巡らせた。彼は山を見ているのだと、私は思った。
「四つ足や虫たちはどうする?」
「さあな」天帝の答えはそっけなかった。「美しければ生かして貰えようし、
邪悪と見なされれば抹殺されような」
「今あるままの山では、あんたの気に入らないか?」山の神は、再び天帝に目
を戻して云った。
「暗くて湿ったあの山がか?」天帝の声は、可笑しそうに笑いを帯びていた。
「苔や茸がびっしり生えて、歩くとぬめぬめして黒い小さな者たちが肌にまと
わりついてくる、あそこが、私の気に入らぬか否かと訊くか?」
そこまで云うと天帝は、呵呵と笑い始めた。
こころもち、山の神のたてがみが、ぶわ、と浮んだように見えた。
私の全身に、粟が立った。
もし山の神が激昂して天帝に攻撃を仕掛けようとしたなら、私は当然ながら、
天帝の前にこの身を投げ出さねばならない。
彼は――
山の神は、私を打つだろうか?
だが山の神は何もせず、何も云わずえめらるどの海の底へと沈んでいった。
山へ戻ったのだ。
私の体は無意識に、天帝の枕元からばさり、と飛び上がっていた。
「奴を追うのか? リ=リ=ツェル」天帝が静かに訊ねた。
はっとして、私は進退窮まった。
◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇
ひとこと感想ノート
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「人は、自分の性格に一番向いていない仕事に就くもんだっていう説を、知っ
てるかい?」ジェネローペは、暗くなった海を見やりながら二人に訊いた。
●長編SF小説「闘人サヴィニウス 〜紫焔フィリア2〜」第35話UP
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私は我が脳内におけるドーパミンの大量一斉放出を感知した。
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とかくこの世は腕任せ。効率よければすべてよし。
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連載第一弾は和風恋愛ファンタジー「雪虫」で、なんだか本メルマガのとジャ
ンル被っちゃってますが、内容は大分濃いです、一部……(汗)
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なお本『葵マガジン』はこれまで通り無料配信を続けて参りますので、どうぞ
よろしくお願いいたします。
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それでは次回をお楽しみに。
発行者:葵むらさき
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