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葵マガジン*山に坐す神 6

発行日: 2005/7/9


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      ◇◆◇◆葵マガジン 2005年7月9日号◆◇◆◇

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                         葵むらさき

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          ◇◆◇◆山に坐す神◆◇◆◇

             第6話(全19話)


             えめらるどの海 3


 天帝はゆっくりと、その腕を頭上に伸ばして私の体に触れた。
 私はすんでのところで気絶しそうだった。
 縊り殺されるのに違いない。
 そんな予感が私全体を占めていた。
 天帝の命じたことの他に、余計な「楽しみ」を勝手に付け足した代償は、
きっと死なのだ。
 天帝は私を抱え上げ、腹の上に乗せた。
 私は震え、それは乳白色に染まった天帝の海の表に縮緬を生じさせた。
「あいつを、どう思う?」
 天帝は静かにお訊ねになった。
「――」
 私の口から答は出てこなかった。
「私の見たところ、あいつはお前を気に入ったようだ」
 天帝はそう云って、ほくそ笑んだ。
 私はやはり無言だった。
「あいつに、お前の本来の姿を見せてやったのか? リ=リ=ツェル」
 天帝はまたしてもお訊ねになった。
「――いえ」
 私は震える喉から声を絞り出した。
「――戻れ」
 天帝はお命じになった。
 次の瞬間私は元の姿――女の姿に変わった。
 天帝は私の身を包んでいた綾絹を剥ぎ取るや、私の体を彼の下に組み敷い
た。
 私は腕ごと抱き締められ、苦痛に眉をしかめたが、抵抗するほど愚かでは
なかった。
 天帝は私を束縛したまま、私のうなじを強く吸った。
 彼がその気になれば、私の生命の血脈はそのまま噛み切られてしまっても
不思議ではないのだ。
 私はいけないと思いながらも、全身を固く緊張させた。
 天帝は私に安心と弛緩を与えるつもりはないようだった。
 そのままの私を神は強引に貫き、私は苦痛に呻き声を挙げた。
 行為は荒く激しいものだった。
 乳白色に変わった海にさらなる縮緬が走った。
 それは長らく治まることを知らなかった。

 鎮守の森に降り注ぐ日の光は衰えることなく、日増しに強くなっていった。
 中々降らぬ雨に、愚かな山人達は天を仰いで不安げに眉を寄せた。
 とはいえ私も、もしかしたら天帝は今年、この山里に雨を降らせずにいる
おつもりなのではないかと不図考えたりもしたのだ。
 山神への威嚇として。
「ばら撒く氷の粒の数をまちがえぬよう」にするとは仰った、けれど「まち
がいなく氷をばら撒く」とは仰せにならなかったのだ。降らせぬ粒であれば
それは、なるほど間違えようもないことだろう。
 ともあれ、氈の黒衣を纏った人々は幾度か山頂に集い、山神に捧げ物をし
祈りを繰り返した。
 馬鹿め、と私は心で罵った。
 お前達が祈るべきは、天帝なのだ。
 山神に一体如何ほどの力がある?
 精々が、お前達を慰め励まし、共に笑い酒を呑む、ただそれだけだ。
 何の役にも立ちはしない。
 しかし人々には解らないのだ。
 愚かにもほどがあるというものだ。
 それでも人々は一心に祈り、汗を流すほどに真剣に、雨を願った。

 いつもは活気に溢れ、やんちゃ坊主が跳ね回り舞い踊るように苔むした岩
の上を滑ってゆく渓流も、今は病に臥した体に鞭打ってでもいるかのように、
のろくさと細々と、やっとのことで流れていた。
 苔も、葉も、皆渇き、しおれ、茶色く変りかけている。
 岩だけは変らずどっしりと存在しているが、その体は余りにもからからと
していて、怒っているのかと思わすほどに熱を溜めていた。
 私は烏の姿で檜の枝に止まっていた。
 山神が、花畑で綿更紗を纏った人間の娘と共に花を眺めていたのだ。
 娘は花を摘み、両手にいっぱい色とりどりのそれを抱えていた。娘の纏う
更紗の絵もまたたくさんの小さな花模様だった。持ちきれぬほど摘んでも尚、
娘は花を欲した。山神はにこにことして、娘の様子を見守っている。
──ふん。
 私はその笑顔を睨みつけた。
 虫であってもこの世に生まれたからには生かす義務があると云っておきな
がら、娘が花の首を手折ることを止め立てはせぬというのか?
 奴はその矛盾に気付いておらぬのか?
 娘は頬を染め、山神のもとへ花を抱えて駈け寄った。山神は娘の腕の中の
花に顔を寄せ、香りを嗅いだ。
 二人は笑いながら、何事か言葉を交し合っていた。
 私はごく高いところの枝に止まっていたので、二人が何と云っているのか
聞き取れなかった。
 聞きたくもない──
 だが私の目は二人から、山神のその笑顔から、離れられなかった。
 胸が騒ぐ。
 どうしてそんなに笑っているのだ?
 その娘のために?
 花を殺した娘であるにも関わらず、お前はそんな風に笑って見せるのか?
 許すのか?
 一体なぜ──
 不意に娘は、抱えていた花束をばさりと足許に落とした。
 それから彼女は、山神の首に両手を回してしがみつき、山神の体は前に傾
いだ。
 それでも山神は笑っていた──微笑みを浮かべたままだった。
 彼の褐色の、逞しい腕もまた娘を抱き、二人は色とりどりの花の中に折り
重なって倒れこんだ。
 それから二人が花々の中で交わし始めた行為を、私は凍ったように身じろ
ぎもせず枝の上から一部始終眺めていた。
 山に坐す神の褐色の胸が露になった。
 娘の、小さな胸も。
 二人はそれを重ね合い、唇を触れ合って、髪に指を絡ませ合った。
 彼らは幾度も口づけを繰り返した。
 私の胸に、不意に柔らかな塊が生れ、それは私の拍動を阻もうとした。
 なんて──優しい──滑らかな──行為なのだろう。
 私は抗うすべもなく、切なさの波にのみ込まれていった。
 山の神を迎え入れる娘と同じように、それは私の内にも熱を湧き起こし、
氷を融かしていった。

                      
                       ◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇


ひとこと感想ノート
http://blue.candybox.to/murasaki/phello/phello.cgi

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──ジェネローペ。
 その名を彼は心の内でそっと呼び、そして、
──ジェネローペ。ジェネローペ。ジェネローペ!
 それは次第に大きな声となってゆき、最後には、
──お前か!

●長編SF小説「闘人サヴィニウス 〜紫焔フィリア2〜」第33話UP
http://aoi.peewee.jp/long_story/phyria2nd/phyria2nd33.htm

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         ◇◆◇◆葵マガジン文庫◆◇◆◇

私は我が脳内におけるドーパミンの大量一斉放出を感知した。
「ちょっと、坂本」ルルドールが横目で私を睨んだ。「あんたすごい、嬉しそ
うな顔してるわよ。いい加減にして」

平和な銀河に突如として現れた謎の怪物。生き物が、ヒトが次々に襲われ始める。
そして宇宙の運送屋・坂本たちに、その捕獲が依頼されたのだった──
長編スペースドライヴアクションストーリー。

●「スペースドライヴァー坂本」(2004年6月〜2005年5月連載)

http://aoi.peewee.jp/aomagabunko/sakamoto/sakamoto.htm

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         ◇◆◇◆BOOK in POCKET◆◇◆◇

お父さんは、天に召された。そしてそこで、お父さんは天使に出会い、女神様
のもとへ連れて行かれた。これからお父さんは、天国へ行くか地獄へ行くかの
裁きを受けるのだ。ちょっぴり不安なお父さんに向かって、女神様の問いかけ
が始まった──辛かった事楽しかった事、お父さんの半世紀に及ぶ人生が今、
浮き彫りにされていく──

●葵むらさき著「お父さん昇天記」掲載中

            EZweb公式コンテンツ
EZトップメニュー>カテゴリで探す>TV・メディア>マガジン>ブック in ポケット
            http://www.bookin.jp/

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       ◇◆◇◆葵のおすすめメールマガジン◆◇◆◇

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            ◇◆◇◆後記◆◇◆◇

葵むらさきです。ご購読ありがとうございます。

葵マガジン文庫 1「スペースドライヴァー坂本」の発売日が7月29日に決まり
ました。
定価1575円。Amazonはじめネット書店のほか一般の書店さんでもご注文いただ
けます。

本のページの上に、その章の名前が小さく横書きで書いてあるの、あれって
「柱」っていうんですね。今回初めて知りました。

詳細情報は、

e-ペンギン
http://www.e-penguin.net/

でどうぞ。
どちら様もよろしくお願いいたします。

執筆中のバスケ小説の試合シーンが異様に白熱してきて、ふっと読み返してみ
るとみんなファウルとフリースローばっかししています……
そのうちきっと、空跳んで光球発したりするんでしょうね。

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           それでは次回をお楽しみに。

             発行者:葵むらさき
             aoi@xi.peewee.jp
       ◇◆◇◆葵むらさき言語凝塊展示室◆◇◆◇
            http://aoi.peewee.jp/

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