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賢者の道 Vol.225
発行日: 2007/4/14
<賢者の道〜Vol.225 -Amazing Grace- 2007-4-14>
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■【今週のテーマ】「主の秘密の昇天」
■【聖書】 ヨハネ20章11〜18節
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多くのキリスト者と出会いましたが、キリストのよみがえりに
ついて満足のいく説明を聞いたことがありませんでした。
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確かに「キリストはよみがえられた、ハレルヤ!」と言う讃美歌や
「主が死んで三日間埋葬された後、よみがえったことは知ってます」
とは言うのですが、それはどういう意味なのか分かっている人は
少ないようです。
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それが自分とどういうかかわりにあるのかが問題なのです。
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よみがえりは内面的な経験であり、キリストとの合一の経験で
あるからです。
これはキリストの霊の命(復活された主)の内住と関係しています。
このことを更に良く理解するのに、ヨハネ福音書第20章が参考に
なります。
ルカ福音書やマルコ福音書では主の復活の何日か後に、主イエスが
天に昇られたと明らかに告げていますが、ヨハネ福音書ではその
ようには告げていません。
そこでは天に昇られたとは言っていないように見えます。しかし
注意して見ますと、朝早く、イエスは天に昇られたのでした。
これは「秘密の昇天」です。復活の弟子たちの目の前で起こった
主イエスの「公の昇天」(使徒19:9〜11)より、40日前のこと
です。
しかしこの同じ日、再び降ってこられました。これは、復活の享受
が父のためであったことを意味しまう。
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ちょうど収穫の初穂がまず神にもたらされたようにと同じです。
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朝マグダラのマリアが主イエスに触れようとしましたが、主は
「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上って
いないのだから」と言い、ヨハネ16:7、10で・・・告げたように
「神である方のところへわたしは上る」と言われたのでした
(20:17)。
それから全く同じ日の夕方、イエスは弟子たちがいる家に来られ、
手とわき腹とを見せられました。
更に、一週間後、同じように弟子の家に来てトマスに「手を伸ばし、
わたしのわき腹に入れなさい」と言われました(20:19、27)。
彼にはタッチすることを許し、マリアには許さなかったのですが、
それはまだ父のみもとに昇っていなかったからです。
しかし「秘密の昇天」を通して神の独り子は、多くの兄弟たちの
長子となられ(ローマ8:29)、命を分け与え、主の弟子たちを
ご自身と一つにされました。
ですから父なる神は弟子たちの父でもあり、神でもあったのです。
イエスが持っているのと同じ神の命と性質を弟子たちもまた持って
いるのです。
ですからイエスと弟子たちは兄弟となったのです(ヘブライ2:11)。
そして御子の地位を弟子たちに与えられたのでした。
ですからこの弟子たちの集会はペンテコステ前の教会の最初の
集会であったと言えます。それは詩編22:22の成就です。
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さてイエスは死なれる前、肉体を持っていましたが、復活の後、
弟子たちの中に入ることが出来ました。
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それは肉体から霊に変えられたからです。戸が閉ざされていたにも
かかわらず家の中に入ってきたのです。
そして「聖霊を受けよ」と言います。
以来、主は私たちと共にいるだけでなく、内にいるようになった
のです。これが「聖霊の内住」と呼ぶものです。
ここではっきりさせておくことがあります。
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それは復活は一つの命の問題であり、昇天は一つの地位、立場の
問題であると言うことです。
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それは私たちもまたキリストと共に「天の王座」に着いたという
地位のことです(エフェソ2:6)。天的立場を勝ち取ることを意味
します。
もちろん私たちは依然場所的には地上におりますが、身分、雰囲気、
性質によれば復活のキリストの中で天的性質、天的雰囲気に到達
しているのです。これが私たちの地位です。
同時に、昇天の地位は、昇天の権威を生じさせるのです。ですから
クリスチャンにとって主の復活の問題は、霊的命の問題です。
命は力をもたらします。また昇天の問題は地位の問題で、権威を
もたらすのです。そして祈りの地位は昇天の地位です。天の領域を
離れた祈りは地位を失います。
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今私たちは日本、アメリカ、北朝鮮、韓国のいずれの立場で祈った
らよいでしょうか。
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神はどの立場に立つ者に耳を傾けるでしょうか?
それぞれの国には願いがあります。しかし祈りにはただ一つの立場、
地位しかありません。それは天的立場です。
これはいつも喧嘩をしているクリスチャン夫婦の場合も同じです。
それぞれ神に対処を祈るのです。ですが神はどちらの祈りを聴き
入れますか。もし彼らが天から地に落ちているなら、その地位を
失っているのですからどちらの祈りも聴かれません。
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ですから祈りにおいてまず地位を安定させる必要があります。
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そうでないと祈りが成就しないのです。いらいらがあって自己弁解
や復讐、擁護などを神に求めてるなら、それは天の領域から離れた
ことを証明ます。
神の子どもたちはただ祝福すべきであって、呪うべきではありま
せん。いかに辛い目に合おうと、迫害を受けようと、ステパノの
ごとく依然として彼らを祝福できるなら天の領域におり、権威ある
祈りができ環境にさえ命じることが出来るのです。
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発行者:ジェームス親泊
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