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聖霊のバプテスマ(4)
発行日時: 2008/4/24もう一度、くどいようですが、聖書や聖書辞典から重要な記述を復習します。
(復習その1)
ヨハネ 3:5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、<水と御霊によって生まれ>なければ (unless one is born of water and the Spirit)、神の国にはいることができません。
3:6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。
3:8 風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」
(復習その2)
使徒の働き 2:37 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか。」と言った。
2:38 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、<イエス・キリストの名>によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、<賜物として聖霊を受ける>でしょう。
2:38 Then Peter said to them, "Repent, and let every one of you be baptized in the name of Jesus Christ for the remission of sins; and you shall receive the gift of the Holy Spirit.
注)初代教会では、はじめユダヤ人を対象にバプテスマが「イエスの名によって」行われたようですが、その後間もなく、異邦人が教会に多く加わるようになって、今日のように、<父と子と聖霊の三位一体の名によるバプテスマ>が行われるようになりました。
(復習その3)
聖書辞典がまとめている洗礼(バプテスマ)の意味
1. バプテスマの持つ意味については、まずその人の心における霊的な<回心>と<新生>の出来事を象徴する行為(ロマ6:3‐5)としての意味が考えられる。
注A. 回心:
(1)神に背いている自らの罪を認め、神に立ち返ること。
この心と生活の変化は、聖霊の働きの結果である。真理の御霊はみことばによって、私たちに自らの罪と汚れを自覚させ、それを嘆き悲しみ、赦しと助けを求める心情へと導き、キリストにおいて現された神のあわれみを悟り、イエス・キリストを自らの救い主として受け入れ、彼により頼む信仰を起し、新しい服従と献身の道を神の御前に歩む努力をもたらす。
(2)回心は、罪の悔改めとイエス・キリスト信仰において神に立ち返ることであるが、この回心が漸進的に表れる場合と突然に表れる場合がある。使徒パウロの回心は後者の顕著な事例としてあげられる。
(3)回心は決定的な神への方向転換ではあるが、まことの回心者であっても姦淫を犯したダビデ王のように一時的に罪に陥り、神から離反することがある。
御霊によって新生した者であっても、その腐敗した性質のゆえに、一時的な背信と回心の繰返しが見られる。
注B. 新生:
新生は次にあげるような特色を見ることができる。
(1)新生は、キリストと結びつくことである。
すなわち,罪の中に霊的に死んでいた者を、神は「キリストとともに生かしてくださいました」(コロサイ2:13)とパウロは語っている。それはキリストのよみがえりによるのである(1ペテロ1:3)。
(2)新生は,朽ちることのない、生けるいつまでも変ることのない、神のことばによる(1ペテロ1:23)。ヤコブは「父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました」(ヤコブ1:18)と述べている。
(3)新生は,聖霊によるみことばをもってのわざであるが、バプテスマとまた密接な関係を持つ(ロマ6:4,テトス3:5)。イエスも「人は,水と御霊によって生まれ」(ヨハネ
3:5)と述べている。
(4)新生は、終末的な存在として生きることを求めている。
主イエスは「人は,新しく生まれなければ,神の国を見ることはできません」(ヨハ3:3)と語られた。
(注終り)
(バプテスマの意味の続き)
2. バプテスマとは、霊的にキリストと一体化されることによって古い自己の罪がキリストの十字架の死と共に滅ぼされて死んだこと、そしてキリストが死人の中からよみがえられたように新しいいのちを与えられた自分がキリストと共によみがえったことを象徴するものである。
バプテスマは、信じる者のうちに神が行われた霊の事柄を形に表して、公に人々の前で明らかにすることであり、公の告白としての意味を持つ。
バプテスマは、洗礼者ヨハネが行ったような水によるバプテスマによって象徴的に表現することであるが、そこには、
聖霊が罪人の心に働かれることによって罪の悔改めと十字架のみわざへの信仰が与えられ、滅びの子としての状態から救われて神の子とされるという信仰の出発が存在する。
そこで、「聖霊が罪人の心に働かれることによって罪の悔改めと十字架のみわざへの信仰が与えられ、滅びの子としての状態から救われて神の子とされるという信仰の出発がある」ことを、「聖霊によるバプテスマ」と呼び、「水によるバプテスマ」と対比することもある。あるいは同一視することもある。(ここが議論のポイントです−村川)
補注)
1.バプテスマは、すでに罪に対しては死んでおり新しいキリストのいのちに生きていることを告白した者の当然の行為として、それにふさわしい生き方をすべきである(ロマ6:12‐13)という聖書の主張を受け入れてこれから生きるということのあかしとしての意味を持つ。
バプテスマは信仰者としてすでに完成していることの保証印のようなものではないことを理解しておく必要がある。
2.バプテスマが教会への加入の儀式として今日定着するに至った理由はいくつか考えられるが、まずイエス自身が、昇天される前に弟子たちに命じられたことである(マタ28:18‐20,マルコ16:15‐16)。
さらにイエス自身がヨハネからバプテスマを受けることによって、イエスに従う者のために模範を残された(マタ3:15)。
またイエスの教えと模範に従って、バプテスマは初代教会において忠実に受け継がれ守られてきたこと(使徒2:41)などをあげることができる。
(補注終り)
以上の復習から、バプテスマには、「水によるバプテスマ」と「聖霊によるバプテスマ」の2つの要素があることが結論付けられるのではないでしょうか。
「聖霊によるバプテスマ」も含めて、「水によるバプテスマ」と呼ぶことができるでしょう。
あるいは、「聖霊によるバプテスマ」と「水によるバプテスマ」とが、バプテスマが与えられるときに、同時進行するのだとする理解に立つこともできるでしょう。
その一方で、「聖霊<による>バプテスマ」に加えて、「聖霊<の>バプテスマ」が強調されることがあるのです。
今日は完全な結語に至りませんでしたので、明日さらに書き込みます。
(続く)
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