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イエス・キリストを受け容れる

発行日時: 2008/4/18

私が、ながながと書き込んでいることのポイントは、

「イエス・キリストを信じます」と公に宣言することが洗礼ですが、その意味は、「イエス様、私の生活にお入りになって、私を支配してください」と決心することです。

そして、ジョン・ストット牧師は、その著書「これがキリスト教です」で、後者について強調します。

ここでもう一度、パウロの言葉を復習します。

ローマ
 6:4 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

 6:6 私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。

 6:8 もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。

 6:9 キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。

 6:10 なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。

 6:11 このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。

以上のことを自分自身の信仰告白とすることが、洗礼であると言うことができるでしょう。
しかしその信仰告白が、聖書の福音書とパウロの書簡を読んで、頭で理解した結果に過ぎないとしたら、それは真の信仰告白であるとは言えないでしょう。

しっかりした真の信仰告白が、洗礼準備の短い期間で得られるのは難しいでしょう。だとすれば、教会の門をたたいて、洗礼にいたるまでには何年も、いえそれ以上の年月がかかることになります。

ところで初代教会では、

使徒の働き 2:41 ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。

とありますが、それは何年にもわたってペトロの説教を聞いたからではありません。説教を初めて聞いたその日にです。

洗礼の決心をするのに何年もかかって、なおかつ決心がつかないというのは、本人にも教える側にも問題があるのではないでしょうか。それは、「信じますか?」にこだわる結果ではないでしょうか。

その一方で、何にも分らない幼児に洗礼を授けるカトリック教会の(儀式としての)洗礼にも問題があります。

求道者教育で引用される、

ローマ6:4 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

にたいして、

ジョン・ストット牧師は、一見して洗礼の教えとは思われない(生温い信仰を持つ教会への警告)である以下の聖書箇所を基本にしています。

黙示録 3:20 見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。

このイエス・キリストの声に応答することが、洗礼の決心であるとするのです。

洗礼は信仰告白の宣言でもありますが、そこに至る決心こそが重要で、その決心とは、
「戸口に立って、たたいているわたし(イエス・キリスト)の声」を聞いて戸を開ける者
になることだと言うのです。

ただし、黙示録 3:20を洗礼への決心とするのは、ジョン・ストット牧師の専売特許ではありません。

今日では、洗礼準備に入る前に、イエス・キリストを受け容れる祈りを牧師に導かれてする教会も多くあります。

しかもその祈りが、その人が初めて教会に来たその日に、というケースも少なくありません。

もちろんわけも分からないのにそのことを強制されて、逃げ帰る人、断固として断る人、分らなくても仕方なく頭をたれている人を見かけます。

それも問題なのですが、私は、イエス・キリストが戸をノックしておれれることに気づくことから、洗礼と信仰の道が開けてくると思うのです。

様々な動機や機会によって教会に導かれた−>牧師と共にするイエス・キリストを受け容れる祈り −> 洗礼に必要な聖書教義の学び −>会衆の前で信仰告白をする洗礼式 −>義認—聖化—栄化のプロセスに入れていただき、イエス・キリストの聖なる体につながる者となる。

このように今の私は思うのですが、私が洗礼を受けたときは、「信じられない、でも信じなければクリスチャンになれない、だから信じることにして教会のメンバーにしていただく」というまことに次元の低いものでした。

イエス・キリストを受け容れる祈りがあることを知ったのは、カトリック系の教会から福音派の教会へ、そして聖霊派の教会へと移ってからだったのです。

そして、聖霊派の教会に属すようになって、「聖霊によるバプテスマ」という言葉の意味を初めて知ったのです。

「水によるバプテスマ」と「聖霊によるバプテスマ」については来週、さらに書き込みます。

そしてそのこととも深く関係する、ジョン・ストット牧師の「洗礼の決心」の最後の部分を明日、引用します。
(続く)

 
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