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洗礼−その教義ではない教義−

発行日時: 2008/4/15

洗礼(バプテスマ)については、私の知っている範囲では、その意味を深刻に考えてなかなか受洗なさらない方と、救い主イエスについて学んだあと、素直に洗礼をお受けになる方とがあります。

さて次は、聖公会と言うカトリックとプロテスタントの中間的な教会での洗礼のときの約束です。

 −洗礼志願者は信仰を告白する−

司式者:あなたは、天地の造り主・全能の父である神を信じますか?
答:はい

司式者:この世の贖い主・み子イエス・キリストを信じますか?
答:はい

司式者:命の与え主・聖霊を信じますか?
答:はい

この告白、すなわち信仰告白が、洗礼を受けるための条件です。

ところで、「信じる」という日本語は、国語辞典では、次ぎのように説明されています。

(1)まことと思う。正しいとして疑わない。「霊魂の不滅を—ずる」「身の潔白を—ずる」「勝利を—ずる」など。
(2)まちがいないものと認め、たよりにする。信頼する。信用する。「部下を—じて仕事をまかせる」など。
(3)信仰する。帰依きえする。「仏法を—ずる」など。

信仰告白で用いる「信じる」という言葉の意味について、その言葉をどこまで深い意味に捉えるかで、求道者が洗礼に進む時期が早いか遅いかの違いを生ずるとも言えるようです。

さて、初代教会では、洗礼はどのように行われていたのでしょうか。

使徒の働き
 2:40 ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい。」と言って彼らに勧めた。

 2:41 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。

 8:12 しかし、ピリポが神の国とイエス・キリストの御名について宣べるのを信じた彼らは、男も女もバプテスマを受けた。

つまりペテロやピリポの言葉を受け容れれば、初代教会においては、洗礼を受けることができたのです。今日の教会でのように何ヶ月もの教育を受けないでもよかったのです。それこそ1日、いえ半日でよかったのです。

私はこのことに注目し、こだわります。

次に、もうひとつのことを考えます。

バプテスマを受ける資格については、初代教会のバプテスマ以来、イエス・キリストを救い主と信じる信仰が要求されて、また、その信仰に基づいて、イエスのみ名によって施行されてきました。

難しくいえば、バプテスマには3つの意味があります。

ある求道者は、この洗礼の意味についてこだわりすぎて、その結果、「まだ十分納得できないので」と、牧師に勧められても洗礼を受けることを躊躇します。

バプテスマの3つの意味とは、

(1)自分の心に神が行われた霊的な変化を、告白として、水のバプテスマをもって、人々(会衆)の前で明らかにする。

(2)それは、すでに罪の体である古い自分が、キリストと共に十字架につけられて死に,今はキリストのいのちにあって生きる者とされている(ロマ6:6‐9)という告白である。

(3)キリストと共に生きることを告白した者は、それにふさわしい聖書的生き方(ロマ6:12‐13)を決意する。それは、信仰者としては未完成であるという意味をも含む。

この3つは、聖書に教えられていることの要約です。聖書を引用します。

ローマ
 6:4 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

 6:5 もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。

 6:6 私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。

 6:7 死んでしまった者は、罪から解放されているのです。

 6:8 もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。

 6:9 キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。

 6:10 なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。

 6:11 このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。

 6:12 ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従ってはいけません。

 6:13 また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。

 6:14 というのは、罪はあなたがたを支配することがないからです。なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。

 6:15 それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。

洗礼は、その学校のカリキュラムを知って、入学を決意することに似ています。

カリキュラムを知るには、入学案内や学校案内を取り寄せてよく読む、あるいは一日入学などで体験する2つの方法があります。

前者は時間をかけて、読んで納得するのですが、後者は、見学をして、その学校が好きになって入学を決意するというケースです。
前者は聖書研究、後者は神体験と言えるのではないでしょうか。

なんでそんな喩えをするのかと言いますと、最近は文書伝道に代わるゴスペル伝道が若い人たちの心に訴えることが多いからです。

また、信じるか信じないかを問うのではなく、本人が自ら進んで、「イエスさま、どうか私の心に入って、私を支配してください」という告白のほうが、信仰告白としてふさわしいと思われているからです。
(続く)

 
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