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義認−>聖化−>栄化 のプロセス
発行日時: 2008/4/11 完全な「救い」のプロセスとは、「義認−>聖化−>栄化」 のプロセスであると言えましょう。
別の言い方をすれば、イエス・キリストによる贖いは、ローマ6‐8章にある、義認・聖化・栄化(justification, sanctification and glorification) の図式として展開されます。
そしてさらに言えば、救いの過去としての義認、現在としての聖化、未来としての栄化ということになりましょう。
聖書辞典や解説書を引用・要約・編集して書き込みます。
1.義認の教義
人間は罪に支配されているゆえに、律法を行おうとしても行えず、かえって罪の下に閉じ込められる。律法の行いによっては、「神の義」は達成できない。
ローマ3:20 なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。
律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。
しかし、神は、人間の姿でこの世に遣わされたそのひとり子イエス・キリストの十字架処刑において、罪を処罰して人間の罪を贖い、こうしてご自身の義を貫徹された。
そしてキリストを信じてこの神の義を受け容れるとき、人は神によって義と認められる、すなわち義認される。それは律法を遵守する自己努力によって達成されるのではなく、神が罪人を義とされる。
という、神の恵みの行為が義認です。
義認とは人を善良な者あるいはきよい者に造りかえることを意味するものではない。「 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。(ローマ3:24)」
ローマ 3:21 ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。
3:22 すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。
3:23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、
3:24 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。
3:25 神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。
3:26 このように神は忍耐してこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。
2.聖化の教義
キリストは、贖われた者が真理によって聖別されるように父なる神に祈っておられる。
ヨハネ 17:16 わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。
17:17 真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。
17:16 わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。
17:17 真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。
それは、キリストが、キリストを信じる人々の生活の中において、キリストご自身にふさわしく、ご自身の主権を行使されることを意味する。
さらに、新約聖書においても、旧約聖書におけると同様に、キリスト者は,神が聖であるように、自らを聖別し,きよい生活を追い求めるよう命じられている(第一ペテロ1:15‐16)。
第一ペテロ1:15 あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行ないにおいて聖なるものとされなさい。
1:16 それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない。」と書いてあるからです。
レビ記 11:43 あなたがたは群生するどんなものによっても、自分自身を忌むべきものとしてはならない。またそれによって、身を汚し、それによって汚れたものとなってはならない。
11:44 わたしはあなたがたの神、主であるからだ。あなたがたは自分の身を聖別し、聖なる者となりなさい。わたしが聖であるから。地をはういかなる群生するものによっても、自分自身を汚してはならない。
キリスト者の生活における聖化は、新生時に瞬間的に聖とされる側面と、そのキリスト者としての生涯を通じて、その状態がよりキリストに似たものとなるという意味において漸進的に聖とされていく過程を意味するものとの2通りがある。
言うまでもなく、後者の場合でも、ただ単にキリスト者の側の努力や熱心だけで達成されるものではない。すべてのキリスト者に与えられている「聖霊のみわざ」があってこそ、そのことが可能になってくる。
3.栄化の教義
「栄化」とは、贖いの適用における最終段階を指す神学用語です。
召命に始まる贖いの信仰者への適用が、キリストの再臨に際して、信仰者がキリストの復活のからだに似た栄光あるからだによみがえることにより、あるいは、変えられることにより、完成に至ることを言う。
栄化が他の贖いの諸段階と異なる点は、それがキリストの再臨の時にすべての信仰者に同時的に起る点である。
また信仰者が死に際して与えられる状態とも、概念上区別される。なぜなら,最後の敵である死そのものがまだ滅ぼされていないので、死後の状態における信仰者は、栄光の状態にあるとは言えないからである。
従って,死が滅ぼされるという意味において、栄化と不死性とはしばしば同義的に用いられる。
以上の教義学的叙述は、主としてパウロ書簡によって構成される。
ローマ3:23アダムにおいて人間は罪を犯した結果、神の栄光を受けることができなくなっている
−しかし新しいアダム、神の似像であるイエス・キリストにおいて、神の栄光が回復される。−
コリント第一15:43「栄光あるものによみがえらされる」
コリント第二3:18「栄光から栄光へと,主と同じかたちに姿を変えられる」、4:17「重い永遠の栄光をもたらす」
ピリピ3:21「ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださる」
コロサイ3:4「キリストとともに,栄光のうちに現われる」
テサロニケ第一2:12「ご自身の御国と栄光とに召してくださる」
テモテ第二2:10「とこしえの栄光を受けるようになる」
以上をまとめれば、キリストによる贖罪は、罪の赦し、神の子としての身分、聖霊による自由を与え、罪と死から解放し、完全に救われた状態になるという、多様な意味内容を持っていると言うことができるのです。
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