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十字架の道行き

発行日時: 2008/3/21

カトリック教会では、今日の夕方から十字架の道行きが行われるでしょう。それに倣って、イエスの死と復活について、福音書の註解書に従って、整理・復習します。

  イエスの死と復活(マタイの福音書26:1‐28:20)

 マタイの受難物語は,イエスの主導権のもとに事態が進行する様を明瞭に描いている.イエスの権威は復活の報告においても際立っている.

  (1) 受難の序曲(26:1‐46)
 イエスはこれから起ることすべてを知っている.彼の静かな受難予告と指導者たちの陰謀,1人の女性の献身とユダの裏切りが対照的に語られる.続く「最後の晩餐」,ゲツセマネ行き,そしてそこで逮捕されるまでが「受難の序曲」である

  a.第4の受難予告と暗殺計画(26:1‐5)
  b.ベタニヤでの油注ぎ(26:6‐13)
  c.ユダの裏切り(26:14‐16) 
  d.過越の食事(26:17‐30)
  e.ペテロのつまずきの予告(26:31‐35)
  f.ゲツセマネでの祈り(26:36‐46)
 
  (2) 逮捕と裁判(26:47‐27:26)
 イエスはゲツセマネで捕えられ,大祭司カヤパのところに連行され,そこで死刑の判決を受けた.続いてローマ総督に引き渡され,十字架刑に処せられることになった.しかし,事の進展をリードしているのはイエスご自身である.

  a.逮捕(26:47‐56)
  b.ユダヤ人による裁判(26:57‐68) 
  c.ペテロのつまずき(26:69‐75)
  d.総督への引き渡しとユダの後悔(27:1‐10) 
  e.ローマ人による裁判(27:11‐26)

  (3) 十字架刑(27:27‐56)
 十字架刑は奴隷や外国人にのみ科せられる恥辱に満ちた極刑であるが,どの福音書もその悲惨さを詳しく説明して読者の感情に訴えたりはしていない.マタイはローマ兵による辱め,あざけりの言葉,そして息を引き取る前後のことを記している.

  a. 兵士たちによる陵辱(27:27‐31)

  b.十字架刑(27:32‐44)

 囚人は自分がつけられる十字架の横木を刑場まで担いで行かなければならなかった.イエスは前の晩に逮捕され,眠る暇もなく裁判を受け,むちで打たれ,たたかれて憔悴し切っていたから,兵士たちは通りがかりのクレネ人(マルコ15:21)に強制的に負わせた.

刑場が〈どくろ〉(33)という名で呼ばれる理由は定かでない.〈苦みを混ぜたぶどう酒〉(34)は兵士たちによる辱めの一部ととる者もいるが,多分苦痛を和らげるためのものであろう.イエスは十字架の苦しみを味わい尽すために飲むことを拒んだ.

囚人の着物は刑を執行した兵士たちの役得となった.くじを引いたのは縫い目のない「下着」であった(ヨハネ19:23‐24,詩編22:18).

ここで詩篇22のダビデの賛歌を開いておいてください。その冒頭の1節に(後に引用する)

 22:1 わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。

があり、さらに18節に、

 22:18 彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじ引きにします。

とあることを覚えて置いてください。

頭上に掲げられた〈罪状書き〉(37)はヘブル語,ギリシヤ語,ラテン語で記されていた.祭司長たちは「(王と)自称した」と加えるよう求めたが,ピラトは取り合わなかった(ヨハ19:20‐22).

イエスと共に十字架につけられた〈強盗〉(38)は,反ローマの熱心党員であったかもしれない.2人に挟まれたイエスの姿はイザヤ53:12を想起させる.

ここでイザヤ書の「主のしもべと苦悩の死」も開いておきましょう。

イザヤ53:1 私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現われたのか。

 53:2 彼は主の前に若枝のように芽生え、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。

 53:3 彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

 53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。

 53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

 53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

 53:7 彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。

 53:8 しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、生ける者の地から絶たれたことを。

 53:9 彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。

 53:10 しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。

 53:11 彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。

 53:12 それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。

(マタイの福音書の註解−27章−に戻ります)
 
イエスはさげすまれた主のしもべ(イザヤ53:1‐3)として,ののしりの言葉を浴びせられる.27:39節の〈ののしって〉〈ギリシャ語〉ブラスフェーメオーは「冒涜」と訳される語.

彼らは自分たちが何をしているのかわかっていない.それに,イエスは〈神殿を打ちこわして3日で建てる〉(27:40)と言ってはいない).〈もし,神の子なら〉はかつてサタンがイエスを誘惑した時の言葉(マタイ4:3,5).

ユダヤ人の指導者たちも無力なイエスをあざける言葉を互いの間で交した(27:40節は2人称だが,42‐43節は3人称).イエスが自分を救わないからこそ他人を救う者であること,イスラエルの王であり〈神のお気に入り〉(43)であるからこそ,十字架から降りて来ないことを,彼らは知らなかった.

十字架上の強盗がののしったのは,イエスが奇蹟を行い自分たちも助かるかもしれないという期待が裏切られたからであろう(ルカ23:39).イエスはひたすら黙して十字架の苦しみに耐えていた

  c.イエスの死(マタイ27:45‐56)

 正午から3時間〈全地が暗くなっ〉(27:45)た.過越の季節に日食は起らない.砂嵐か厚い雲が覆ったのか,どのような現象にせよ,神のさばきを象徴する暗闇である(参照イザ13:9-10,ヨエル3:14‐15).

イザヤ 13:9 見よ。主の日が来る。残酷な日だ。憤りと燃える怒りをもって、地を荒れすたらせ、罪人たちをそこから根絶やしにする。
 13:10 天の星、天のオリオン座は光を放たず、太陽は日の出から暗く、月も光を放たない。

ヨエル 3:13 かまを入れよ。刈り入れの時は熟した。来て、踏め。酒ぶねは満ち、石がめはあふれている。彼らの悪がひどいからだ。
 3:14 さばきの谷には、群集また群集。主の日がさばきの谷に近づくからだ。
 3:15 太陽も月も暗くなり、星もその光を失う。

〈エリ,エリ,レマ,サバクタニ〉(46)は,マタイが記している十字架上の唯一の言葉.

これが詩22篇の冒頭の言葉であるため,イエスはやがて賛美に至るこの詩篇全体を唱えていたとし,この叫びは見捨てられた苦悩ではなく賛美と信頼を表していると理解する者もいる.

詩篇 指揮者のために。「暁の雌鹿」の調べに合わせて。ダビデの賛歌

 22:1 わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。

 22:2 わが神。昼、私は呼びます。しかし、あなたはお答えになりません。夜も、私は黙っていられません。

 22:3 けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。


しかし,もしそうなら,福音書記者はこの詩篇に含まれる賛美の言葉を加えたのではないか.やはり,神から見捨てられた者の叫びと見るほうが自然である.

天の父との親密な交わりの中にあったイエスが(マタイ11:27,ヨハ10:30)そのように見捨てられたのは,神に対する人間の罪を負い,のろわれたものとなったからである(イザヤ53:6,コリント第二5:21,ガラテア3:13).

マタイ11:27 すべてのものが、わたしの父から、わたしに渡されています。それで、父のほかには、子を知る者がなく、子と、子が父を知らせようと心に定めた人のほかは、だれも父を知る者がありません。

イザヤ53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

しかし,その絶叫のただ中でもイエスは〈わが神〉(27:46)と呼び,父に対する信頼を捨てていない.ある人々はイエスが〈エリヤを呼んでいる〉(47)と誤解した.他の者たちはエリヤが来るかどうか好奇心で眺めていた.

注)マタイの福音書にはないが、イエスの最後の叫びは、「父よ.わが霊を御手にゆだねます」(ルカ23:46)か「完了した」(ヨハ19:30)である.

ルカ 23:46 イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。

ヨハネ19:30 イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した。」と言われた。そして、頭を垂れて、霊をお渡しになった。

ヨハネの福音書註解から:

ここでは十字架のみわざを神の計画の「完了」という視点から記述する(ヨハネ19:28,30).ここに記される一連の出来事が,どの聖書の言葉を成就するのか明示されてはいないが,詩69:21または22:15が候補として考えられる.

あるいは,特定の聖句を念頭に置いたのではなく,一連のメシヤ預言(と初代教会の人々が考えていたもの)を漠然と指しているのかもしれない.いずれにしても,本書が成就完成としてイエスの十字架の死を描く神学的な意図は明白である

(ここで、再びマタイに福音書の註解−27章−に戻ります)

〈息を引き取った〉(27:50)という表現は,直訳すると「霊を去らせる」で,この死がイエスの意志による自発的なものであることを示唆している(ヨハ10:18)

 続いて象徴的な出来事が3つ報告される.

(その1)は〈神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた〉(27:51)ことである.

この幕は至聖所と聖所を隔てる幕であろう.しかし,それは祭司以外の人々には見えないので,聖所の入口の幕とする見解もある.いずれにせよ,イエスの死によって人が神の臨在に近付くことが出来るようになったことを象徴している(ヘブ10:19).

(その2)は地震が起り死んだ聖徒たちが蘇生したことである.

蘇生が起ったのはイエスの復活の後であるが(27:53),十字架それ自体が死に対する勝利であること(ヘブ2:14‐15)を示すため,マタイはここで記しているのだろう.

(その3)は百人隊長以下処刑に立ち会った兵士たちが信仰を告白したことである.

3時間に及ぶ暗闇,十字架上の叫び,地震といった事態に彼らは恐れを覚え,イエスは神と特別な関係にある方だと直感したのであろう.
 
ヨハネは別として(ヨハネ19:26),男の弟子たちはみな逃げてしまった.対照的に多くの女の弟子がイエスの最期を見届けた.彼女たちはガリラヤでの働き以来イエスに仕えてきた者たちである(ルカ8:1‐3).

名前が記されているのは,復活の目撃者の中心になる〈マグダラのマリヤ〉,「クロパの妻マリヤ」と同一人物と思われる〈ヤコブとヨセフとの母マリヤ〉,〈ゼベダイの子らの母〉でイエスの母マリヤの姉妹であった可能性のあるサロメ,それにイエスの母マリヤである(56,マコ15:40,ヨハ19:25)

(4) 埋葬と復活(27:57‐28:20)
(明日に続く)

 
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