エゼキエル書から(3)1:5-14
発行日時: 2008/2/16エゼキエル書解説の続き、1章の5-14節です。
聖書を開かずに読めるように、ここで、関係する聖書部分を転載しておきます。もちろん読み飛ばしてくださって結構です。全体を眺めるためですから、ただちにその下の註解にお進みください。
聖書
エゼキエル1:5 その中に何か四つの生きもののようなものが現われ、その姿はこうであった。
彼らは何か人間のような姿をしていた。 1:6 彼らはおのおの四つの顔を持ち、四つの翼を持っていた。 1:7 その足はまっすぐで、足の裏は子牛の足の裏のようであり、みがかれた青銅のように輝いていた。 1:8 その翼の下から人間の手が四方に出ていた。そして、その四つのものの顔と翼は次のようであった。 1:9 彼らの翼は互いに連なり、彼らが進むときには向きを変えず、おのおの正面に向かってまっすぐ進んだ。
1:10 彼らの顔かたちは、人間の顔であり、四つとも、右側に獅子の顔があり、四つとも、左側に牛の顔があり、四つとも、うしろに鷲の顔があった。 1:11 これが彼らの顔であった。彼らの翼は上方に広げられ、それぞれ、二つは互いに連なり、他の二つはおのおののからだをおおっていた。 1:11 これが彼らの顔であった。彼らの翼は上方に広げられ、それぞれ、二つは互いに連なり、他の二つはおのおののからだをおおっていた。 1:12 彼らはおのおの前を向いてまっすぐに行き、霊が行かせる所に彼らは行き、行くときには向きを変えなかった。
1:13 それらの生きもののようなものは、燃える炭のように見え、たいまつのように見え、それが生きものの間を行き来していた。火が輝き、その火から、いなずまが出ていた。 1:14 それらの生きものは、いなずまのひらめきのように走って行き来していた。
(関連しますので、この後の節もも示しておきます。)
1:15 私が生きものを見ていると、地の上のそれら四つの生きもののそばに、それぞれ一つずつの輪があった。
1:16 それらの輪の形と作りは、緑柱石の輝きのようで、四つともよく似ていて、それらの形と作りは、ちょうど、一つの輪が他の輪の中にあるようであった。 1:17 それらは四方に向かって行き、行くときには、それらは向きを変えなかった。 1:18 その輪のわくは高くて、恐ろしく、その四つの輪のわくの回りには目がいっぱいついていた。
1:19 生きものが行くときには、輪もそのそばを行き、生きものが地の上から上がるときには、輪も上がった。 1:20 これらは霊が行かせる所に行き、霊が行かせる所には、輪もまたそれらとともに上がった。生きものの霊が輪の中にあったからである。 1:21 生きものが行くときには、輪も行き、生きものが立ち止まるときには、輪も立ち止まり、生きものが地の上から上がるときには、輪も共に上がった。生きものの霊が輪の中にあったからである。
1:22 生きものの頭の上には、澄んだ水晶のように輝く大空のようなものがあり、彼らの頭の上のほうへ広がっていた。 1:23 その大空の下には、互いにまっすぐに伸ばし合った彼らの翼があり、それぞれ、ほかの二つの翼は、彼らのからだをおおっていた。
1:24 彼らが進むとき、私は彼らの翼の音を聞いた。それは大水のとどろきのようであり、全能者の声のようであった。それは陣営の騒音のような大きな音で、彼らが立ち止まるときには、その翼を垂れた。 1:25 彼らの頭の上方の大空から声があると、彼らは立ち止まり、翼を垂れた。
1:26 彼らの頭の上、大空のはるか上のほうには、サファイヤのような何か王座に似たものがあり、その王座に似たもののはるか上には、人間の姿に似たものがあった。
1:27 私が見ると、その腰と見える所から上のほうは、その中と回りとが青銅のように輝き、火のように見えた。その腰と見える所から下のほうに、私は火のようなものを見た。その方の回りには輝きがあった。
註解
(註解書と辞典を引用しながら、私村川が編集しています。)
ポイント1.
5‐12節には,4つの生きものの描写がある.しかし,これは幻の中心ではない.
ポイント2.
その頭上には「大空のようなもの」(22節)がある.そして,そのはるか上のほうに「王座に似たもの」があり,更に,そのはるか上に「人間の姿に似たもの」がある(26節).
ポイント3.
4つの生きものは,これらの下で仕えているものである。
<生き物についての説明>
生きものの顔は,正面が人間,右側が獅子,左側が牛,後ろが鷲の顔で(10),それぞれ人間,野生動物,家畜,鳥を代表している.4つの生きものは,地上のすべての生きものの代表的集約として,主の栄光の臨在の下で仕えている.生きものは2つの翼で互いに連なっている(11).
これにより,4つの生きものが四角に連なり,全体としては人間の顔が四方のどの方向にも向いていて,すべてを見渡していることになる.4つの生きものは,主の栄光の臨在を表示しつつ,それを守っているケルビムである。
ここで、ケルビムについて、同じエゼキエル書の10:15-19を参照します。
エぜキエル 10:15 そのとき、ケルビムが飛び立ったが、それは、私がかつてケバル川のほとりで見た生きものであった。
10:16 ケルビムが行くと、輪もそのそばを行き、ケルビムが翼を広げて地上から上るとき、輪もそのそばを離れず向きを変えなかった。 10:17 ケルビムが立ち止まると、輪も立ち止まり、ケルビムが上ると、輪もいっしょに上った。それは、生きものの霊が輪の中にあったからである。
10:18 主の栄光が神殿の敷居から出て行って、ケルビムの上にとどまった。
10:19 すると、ケルビムが翼を広げて、私の前で、地上から上って行った。彼らが出て行くと、輪もそのそばについて行った。彼らが主の宮の東の門の入口で立ち止まると、イスラエルの神の栄光がその上をおおった。
<ケルビムとは?>
〈ヘブル語〉kerubim, kerubim,〈ギリシャ語〉Cheroubin)であるが、これは複数形で,単数形は「ケルブ」(出エジプト25:19)である.
ケルビムは天的存在の象徴で,一般に手足を持つ有翼の像として表現された.彼らは人間の理性と動物の威力を合せ持つと考えられ,超人的な力を象徴している.
創世記でケルビムはエデンの園にあるいのちの木を守るために置かれていた
創世記 3:24 こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。
幕屋の至聖所にある契約の箱の「贖いのふた」の両端に互いに向かい合うように純金製のケルビムが置かれ,同様の象徴的役割が帰されていた(出エ25:18‐22,ヘブル9:5).彼らは契約の箱を安置した聖所を守るものと考えられていたからである.
またケルビムの翼が上の方に広げられているさまは,見えない神の御座の見える台座と見なされた(第一サムエル4:4,第二サムエル6:2,第二列王19:15,詩編80:1,99:1など).
エゼキエル書10章には,ケルビムに支えられた神の王座の移動できる車が描かれている.
この翼のある生きもの(ケルビム)の像は,幕屋の垂れ幕にも織り出され,神殿の壁やとびらにも刻まれた(出エ26:31,第二歴代誌3:7).
ソロモンの神殿には,高さ10キュビト(約4.45メートル)の2つのケルビムの像がそれぞれ翼を広げて,契約の箱を安置した至聖所の奥の壁に配置された.各ケルブの翼は5キュビト(約2.23メートル)あるので,2つのケルビムが翼を広げて並び立つと,その長さは20キュビト(約8.9メートル)ある至聖所の奥の壁全体を覆った.
このケルビムはオリーブ材で作られ,金をかぶせてあった.その他の神殿の壁や幕にもケルビムの意匠が施された(第一列王6:23‐35,7:29).
その他の旧約における言及では,特に詩書において,ケルビムは天の激しい風の象徴として描かれている.それで第二サム22:11では,神は「ケルブに乗って飛び,風の翼の上に現われた」と言われている.(詩18:10にも同じ記述があります。)
第二サムエル記
22:7 私は苦しみの中に主を呼び求め、わが神に叫んだ。主はその宮で私の声を聞かれ、私の叫びは、御耳に届いた。
22:8 すると、地はゆるぎ、動いた。また、天の基も震え、揺れた。主がお怒りになったのだ。
22:9 煙は鼻から立ち上り、その口から出る火はむさぼり食い、炭火は主から燃え上がった。
22:10 主は、天を押し曲げて降りて来られた。暗やみをその足の下にして。
22:11 主は、ケルブに乗って飛び、風の翼の上に現われた。
22:12 主は、やみを回りに置かれた。仮庵は水の集まりと、濃い雲。
22:13 御前の輝きから、炭火が燃え上がった。
22:14 主は、天から雷鳴を響かせ、いと高き方は御声を発せられた。
22:15 主は、矢を放って彼らを散らし、いなずまで彼らをかき乱された。
旧約聖書は,ケルビムの顕現や特性について明確には述べていない.一般には手足を持つ有翼の生きものとして描かれている.エゼキエルが見た新しいエルサレム神殿の幻では,ケルビムは人間と若い獅子の2つの顔を持つものとして描かれている(エゼ41:18‐19).
一方彼が神の栄光の幻のうちに見たケルビムは,それぞれ4つの顔(ケルブ,人間,獅子,鷲)と4つの翼を持っていた(エゼ10:14,21).ケルビムは道徳的,倫理的性格を備えた存在と考えられるが,それがどの程度のものかは明らかでない.ともかく,彼らは神に近い天的存在であった.新約聖書の黙示4:6‐8には,天で絶えず神を賛美する生きものとして描かれている.
黙示録
4:6 御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。御座の中央と御座の回りに、前もうしろも目で満ちた四つの生き物がいた。
4:7 第一の生き物は、ししのようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人間のような顔を持ち、第四の生き物は空飛ぶわしのようであった。
4:8 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その回りも内側も目で満ちていた。彼らは、昼も夜も絶え間なく叫び続けた。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神であられる主、万物の支配者、昔いまし、常にいまし、後に来られる方。」
注)最近の考古学的諸発見が,ケルビムと思われる生きものの諸表象に光を投じた.サマリヤで発見された象牙のパネルには,頭は人間,胴体は動物で4本の足と2つの精巧な翼を持つ生きものが描かれていた.古代フェニキヤの町ゲバル(ギリシヤ名「ビブロス」)の発掘で,前1000年頃のゲバルの王ヒラムの王座を支える,2つのケルビムに似た彫刻が発見された.翼を持った象徴的な生きものは,古代近東の神話や建築物によく見られる特徴的なものであった.この種の像はエジプトのアニミズムにも見られる共通の特徴であったし,メソポタミヤでは有翼の獅子や雄牛が重要な建築物を守護していた.ヒッタイト人は,頭は鷲,胴体は獅子の有翼の生きものであるグリフィンを普及させたが,その外観はスフィンクスに似ていた.
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