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聖書教義:啓示(9) 啓示の与えられ方(その1)
発行日時: 2007/12/27神はどのようにして啓示を与えられたのか?
このことについては、すでに聖書をよく読んでおられる皆様はご存知でしょうが、もし系統的に把握しようとすれば、神学的・聖書学的研究によらねばなりません。
私たちがそれらを知ろうとするならば、聖書講解書でなく、聖書辞典が役立ちます。
以下は引用ですが、私が多少編集しました。
そこにでてくる聖書部分は、繰り返しになりますが、お読みになってください。
(1)歴史における行為や出来事を通して、神はご自身を啓示される。
聖書に記録されている神の啓示活動を見ると,まず,神は歴史における行為や出来事を通して御自身と御旨とを啓示している.生ける神は人間と人格的に出会い,その実在を啓示された(創35:7).
また,出エジプトにまつわる一連の大きなみわざを通してイスラエルに啓示を与えた(出20:2,第二列王17:36).
イスラエルは,「主の正しいみわざを知るため」に,過去の歴史を思い起すよう呼びかけられている(ミカ6:5).
詩78篇は「主の行なわれた奇しいわざ」(4節)の復唱(recital)の詩である.
一方,福音は「神の大きなみわざ」の物語であると見られており(使2:11),マリヤの賛歌においても,神のもろもろの行為が浮彫にされている(ルカ1:46以下).
このように,神は歴史における具体的な行為(多くの場合神の救済的行為と密着している)を通して御自身の啓示を与えられた.
(2) ことばによっても、神はご自身を啓示される。
もう一つの面はことばによる啓示である.聖書の啓示理解において,行為とことば,出来事と解釈とは一体となっている.行為や出来事という面をいくら強調しても,そもそもそれに関する記録がなければ,それを知ることも,それにふれることもできない.
また,ことばを通して与えられている解釈は,啓示にとって不可欠な要素である.たとえば,疑いもなくあの出エジプトの出来事は,当時のエジプト人にはイスラエル人の場合とは違ったものとして映ったに違いない.
つまり神の啓示とは見られなかったに違いないのである.その決め手は,どのような解釈を手にしていたかである.
実は,神の啓示活動において,イエス・キリストの受肉を除けば,神の語りかけ,つまりことばによる啓示が最も中心的な位置を占めている.聖書の神は「語られる神」であり(アモ3:8),これがイスラエルの神を他の異教の神々から区別している決定的な点でもある.
神は啓示において,御自身がどのような方であるか,過去において何をしたか,現在何を行っているか,未来に何をしようとしているかについて,また人間に何を求めているかについて,はっきりと語り,それに関する情報を与えられる.(続く)
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