子供の成長を願わない親はいませんね。同じように神様は、その子となったクリスチャンが、聖書の全てのみ言葉を栄養にして、大人に成長するように願っておられます。これは成長なさりたいクリスチャンのための励ましのメ−ルマガジンじんです。
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成長するクリスチャン:聖書教義「神の国」(5)
発行日: 2007/12/7マタイ12:28では、悪霊につかれた人々が主イエスによっていやされた時、神の国が、すでに人々のところに現実にきていることが明言されています。
◆ベルゼブル論争
マタイ12:22 そのとき、悪霊に取りつかれて目が見えず口の利けない人が、イエスのところに連れられて来て、イエスがいやされると、ものが言え、目が見えるようになった。
12:23 群衆は皆驚いて、「この人はダビデの子ではないだろうか」と言った。
12:24 しかし、ファリサイ派の人々はこれを聞き、「悪霊の頭ベルゼブルの力によらなければ、この者は悪霊を追い出せはしない」と言った。
12:25 イエスは、彼らの考えを見抜いて言われた。「どんな国でも内輪で争えば、荒れ果ててしまい、どんな町でも家でも、内輪で争えば成り立って行かない。
12:26 サタンがサタンを追い出せば、それは内輪もめだ。そんなふうでは、どうしてその国が成り立って行くだろうか。
12:27 わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出すのなら、あなたたちの仲間は何の力で追い出すのか。だから、彼ら自身があなたたちを裁く者となる。
12:28 しかし、わたしが神の霊で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。
神学者たちは、すでに神の国は主イエスの宣教活動において現実となっているという記述(マタイ10:7,ルカ10:9,11,11:20,16:16,17:20以下)に焦点を合せ、「現実となった終末」(realized eschatology)という理解を提唱しています。
マタイ
10:5 イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。
10:6 むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。
10:7 行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。
10:8 病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。
ルカ
10:9 その町の病人をいやし、また、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。
10:10 しかし、町に入っても、迎え入れられなければ、広場に出てこう言いなさい。
10:11 『足についたこの町の埃さえも払い落として、あなたがたに返す。しかし、神の国が近づいたことを知れ』と。
10:12 言っておくが、かの日には、その町よりまだソドムの方が軽い罰で済む。」
ルカ
16:16 律法と預言者は、ヨハネの時までである。それ以来、神の国の福音が告げ知らされ、だれもが力ずくでそこに入ろうとしている。
◆神の国が来る
ルカ
17:20 ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた。「神の国は、見える形では来ない。
17:21 『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」
17:22 それから、イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたが、人の子の日を一日だけでも見たいと望む時が来る。しかし、見ることはできないだろう。
17:23 『見よ、あそこだ』『見よ、ここだ』と人々は言うだろうが、出て行ってはならない。また、その人々の後を追いかけてもいけない。
17:24 稲妻がひらめいて、大空の端から端へと輝くように、人の子もその日に現れるからである。
17:25 しかし、人の子はまず必ず、多くの苦しみを受け、今の時代の者たちから排斥されることになっている。
17:26 ノアの時代にあったようなことが、人の子が現れるときにも起こるだろう。
17:27 ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていたが、洪水が襲って来て、一人残らず滅ぼしてしまった。
17:28 ロトの時代にも同じようなことが起こった。人々は食べたり飲んだり、買ったり売ったり、植えたり建てたりしていたが、
17:29 ロトがソドムから出て行ったその日に、火と硫黄が天から降ってきて、一人残らず滅ぼしてしまった。
17:30 人の子が現れる日にも、同じことが起こる。
つまり,主イエスの出現と宣教は、人間の救済のための神の最終的行為であり、神の王権は、歴史の終りに何か力強い黙示的行為によって表されるのではなく、主イエスにあって、人々を贖う神の主権的な恵みのみわざによって明らかにされるのであり、その意味での終末的出来事はすでに起ったと理解される。
これが神の国の教義です。つまり、「すでに、でもまだ。」の教義です。
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