復習:「祈り」(4)
発行日時: 2007/11/22祈りについて伝えるには、まず自分がよく祈ることです。。
しかし、時には「祈りとは何か」を言葉で、初心者の方に分かりやすく教えることが、皆様には必要となるかも知れません。
そんなときのために、「祈りの教科書」からの引用です。
( )は、私、村川のコメントです。
祈りは,神と人との交わりであり,私たちが神に帰さなければならない感謝の本質的表現である.
祈りを心理学的に,また宗教学的に研究し,単なる人間の宗教的欲求のように見てはならない.
(自分では、初詣でご利益を祈願するのに、クリスチャンの祈りを、祈るだけで何にもしない怠け者がすることだとか、自己満足だなどと批判する日本人がいます。)
キリスト者の祈りは,万物の創造者であり,主権をもってすべてを導き,私たちの祈りを聞いてくださる方であるという,明確な対象を持っている.
(初詣でで、神話の神が、明治天皇が、弘法大師が、庶民の祈りを聞き入れるでしょうか?)
祈りは何よりも,神が私たちに求めていることであり,また祈りこそ,神に生かされている者の信仰そのものの姿である.
初代教会は,主の約束を信じて待ち望む祈りから始まり(使徒1:14),みことばに聞き従うことと祈りが中心となっていた(使徒2:41‐47).
初代教会の目覚しい進展と成長の背後には,キリスト者たちの祈りがあった(使徒6:4,12:5,16:25).
(今日では、おざなりの祈りしか知らない、できないクリスチャンがいると聞きます。)
パウロの手紙は,祈りのうちに書かれたものである.
その手紙の書出しに,また締めくくりに,感謝と崇敬と願いと頌栄がほとばしり出ている.
パウロの祈りは,何よりもまず,キリストをかしらとする教会の礼拝の秩序ある祈りを強調している(エペソ5:19‐20,コロサイ3:16‐17).
また,聖霊による祈り(ロマ8:26‐27,エペソ6:18)や,とりなしの祈りを強調し,自らも諸教会のために祈っている(第二コリント13:7‐9,エペソ1:16以下,ピリピ1:4,コロサイ1:9以下,第一テサロニケ3:12‐13).
ヘブル人への手紙では,大祭司である神の御子イエスのとりなしがあるので,大胆に恵みの御座に近づくことができること(ヘブル4:15‐16),また, ヤコブの手紙では,疑わず信じて願うべきこと,すなわち信仰の祈りが強調されている(ヤコブ1:6,5:13‐18).
ペテロは,苦難と終末の時代に祈るべきことを教え(第一ペテロ4:7,5:7‐10),ヨハネの黙示録は,「しかり.わたしはすぐに来る」とのことばへの応答として「主イエスよ,来てください」という祈りによって閉じている(黙22:20).
祈りの場所としては、公同の祈りの場所、個人の祈りの場所、その他すべての場所で祈るようになれることが望ましい。祈りは信仰生活に不可欠である.祈りの生活こそ信仰の勝利の秘訣である(第一テサ5:17,第一ヨハネ5:4‐5).
キリスト者は何よりも,主イエス・キリストの祈りの生涯に学ぶことから始めるべきである.日々の生活における個人の祈り,教会における祈祷会等を積極的に守ることが重要である.
パウロは,祈りの真の力を知っていたからこそ,祈りの重要性を語り,また自らも祈り,福音の宣教のために,祈りの要請をしているのである(エペソ6:18‐20).
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