成長するクリスチャン |
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「ヨブ記に見るカウンセリングのあり方」と言ったら、何のことかぴんと来ないとおっしゃる方もおられるでしょうね。
しかし、ヨブ記研究の中には、カウンセリングの立場からの見方があるのです。
ところで、信徒に対して牧師さんはもちろん、また成長なさっている皆様も、後輩のクリスチャンにカウンセラーとなってあげなければならないる場合があるでしょう。
カウンセリングにおいて最も重要なことは、相手との関係の樹立であり、相手への洞察と理解に基づいた真の援助であり、その背後には常に愛と思いやりがなければならない。・・これはカウンセリングの基礎です。
ドグマや,固定化したアプローチの仕方は,相手との関係を樹立し援助を与えるどころか,逆に相手に大きな痛手を負わせてしまう.
ヨブの3人の友人たちは,たとえて言えば、キリスト教のドグマと既成概念に立って真の援助を与えることに失敗する牧師のようなものである.・・こんな厳しい言い方もされています。以下も引用です。
彼ら友3人は,遠い所から犠牲と労苦をいとわず,友情に満ち,ヨブを慰めるためにやって来た.友人の苦悩を見て共に嘆き悲しみ,苦痛をも共有しようとする姿勢を持っていた。
2:11 さて、ヨブと親しいテマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人は、ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。
2:12 遠くからヨブを見ると、それと見分けられないほどの姿になっていたので、嘆きの声をあげ、衣を裂き、天に向かって塵を振りまき、頭にかぶった。
2:13 彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。
それにもかかわらず,彼ら友人たちは真のカウンセリングをすることに失敗した.初めに声をかけたエリファズは,4:2を見ると,慎重さと謙遜さをもって語りかけていることが分る.
4:1 テマン人エリファズは話し始めた。
4:2 あえてひとこと言ってみよう。あなたを疲れさせるだろうが/誰がものを言わずにいられようか。
4:3 あなたは多くの人を諭し/力を失った手を強めてきた。
4:4 あなたの言葉は倒れる人を起こし/くずおれる膝に力を与えたものだった。
4:5 だが、そのあなたの上に何事かふりかかると/あなたは弱ってしまう。それがあなたの身に及ぶと、おびえる。
4:6 神を畏れる生き方が/あなたの頼みではなかったのか。完全な道を歩むことが/あなたの希望ではなかったのか。
しかし,どこまでも応報主義の立場に立ち,その原則から一歩も出ようとしないエリファズの態度は逆にヨブを傷つけ,怒らせた.
それは肉体の苦しみに加えて,精神的な攻撃であるように感じられたのである.ヨブは友情が,「流れている川筋の流れのように」(6:15)裏切りと欺きに満ちていることを知った.
6:12 わたしに岩のような力があるというのか。このからだが青銅のようだというのか。
6:13 いや、わたしにはもはや助けとなるものはない。力も奪い去られてしまった。
6:14 絶望している者にこそ/友は忠実であるべきだ。さもないと/全能者への畏敬を失わせることになる。
6:15 わたしの兄弟は流れのようにわたしを欺く。流れが去った後の川床のように。
6:16 流れは氷に暗く覆われることもあり/雪が解けて流れることもある。
6:17 季節が変わればその流れも絶え/炎暑にあえば、どこかへ消えてしまう。
6:18 そのために隊商は道に迷い/混沌に踏み込んで道を失う。
エリファズが教師タイプの教条主義者であるとすれば,ビルダデはすべてを簡略化するタイプで,カウンセリングの基本姿勢として不適当である.
さらにツォファルは,自分の感情をむき出しにするという,カウンセラーとしては最も不適当なタイプを示している.3人の友人たちの弁論は,結果から見れば,沈黙のうちに共に居た方が,はるかにまさっていたことを示している.
しかし,エリフの場合は違っている.彼はまず「待つ」ことのできるカウンセラーであった(32:4).次に謙遜であり(32:6),公平な立場を保持することのできる人物であった(32:21‐22).
こうした態度が,相手との間に関係を樹立するための,カウンセラーの基本的姿勢である.(以上引用)
(続く)
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