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力(1)はじめに
発行日時: 2006/12/26(一日遅れの送信になりましたことをお詫びします。本日の分は引き続いて送信します)
聖書では、「力」という言葉が頻繁に用いられています。
この言葉の意味について、シリーズで考えます。
力(ちから)の定義は、常識的に次のようになります。
1.静止している物体に運動を起し、また、動いている物体の速度を変えようとする作用。
2.自らの体や他の物を動かし得る、筋肉の働き。
3.気力。精神力。根気。
4.能力。力量。実力。
5.労力。努力。
6.効能。
7.権力。腕力。暴力。
しかし聖書で用いられている「力」という言葉は、今日用いられている言葉をはるかに越えて、深い意味があります。
主題に入る前に、聖書の言葉について、いくつか取り上げましょう。
申命記 6:5 「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」
は、よく知られている教えですが、ここで、「心」、「精神」、「力」それぞれの言葉の意味を深く考えると、なかなか難しいのです。
今日の私たちが日常的に使う日本語とはかなりかけ離れた使い方が、聖書には見られるからです。
新約聖書はギリシャ語で書かれて、それが各国語に訳されたのですから、日本語の感覚でそれらを理解すると、誤った理解に導かれる恐れもあります。
例えば、聖書で言う「愛」は、古来の日本語にはなかった意味で使われていますから、初期の翻訳者は苦労したと伝えられています。
「愛」という言葉を、日本の古典の徒然草(鎌倉時代の随筆。兼好法師が出家前の1310年頃から31年にかけて断続的に書いたとされる思索的随想や見聞など)から引用しますと、例えば次のような用例があります。
「誉れを愛するは、人の聞ききをよろこぶなり」:好き好む。
「夕の陽に子孫を愛して」:いつくしみ、かわいがる。
日本では、異性間で相手を慕う意味では、「愛」でなく「恋」が使われていました。万葉集「恋するに死しにするものにあらませば、わが身は千遍ちたび死にかへらまし」とあるようにです。
日本古来の愛という言葉は聖書で用いる愛とはかけ離れて、仏教の教えにある愛欲(対象に強く執着することで、生死界に流転する原因となるもの)に近いものでした。
聖書意用いられている愛とは何でしょうか。よくご存知でしょうが復習します。
あいく愛>agape,あいする〈愛する>agapao
新約の「愛する」はギリシャ語アガパオーであるが,フィレオーも同義的に使われている(ヨハ16:27,21:15-20)。
愛を表わすもうひとつのギリシャ語エロース(eros)は新約にはない。
アガペーは本来神の愛である。エロースが美・善・真理・富など,それ自身価値あるものに向かう人間の本来的な動きを指すのに反し,アガペーは神が価値のない罪人たる人間に対して自身を与える神のあわれみの行為である。
したがって,それはキリストにおいて顕わされた神の愛,「キリストの愛」である。この愛に教えられ,励まされて,人間ははじめて神と人とを愛するようになる。
(続く)
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