イスラム教(12)
発行日時: 2006/12/19教会で、キリスト教を仏教やイスラム教と比較して説教なさる牧師さんは少ないでしょう。
しかしその比較は、キリスト教がどんな宗教なのかを知る上で重要です。イスラム教の研究書は日本では少ないですが、例えば、大川玲子著「クルアーンの思想」はよい参考書です。
その書を紹介しながら、イスラム教とキリスト教の違いを見ます。
(以下大川著書引用)
クルアーンを聖書と比較した時、興味深い相違点の一つはアブラハムの二人の息子についてではないだろうか。二人とはイシュマエル(イスマーイール)とイサク(イスハーク)である。
聖書によれば、イシュマエルは長子だが女奴隷ハガルが産んだ子であり、アブラハムは妻のサラが後に産んだ弟イサクに家督を譲っている。だが、イスラームにおいては、イシュマエルがアブラハムの後継者だとされる。
さらにイシュマエルはアラブ化してアラブ人の祖先に、イサクはイスラエル人の祖先になったとされる。
(大川著書引用中断)
このことを、聖書を開いて、確かめましょう。
創世記 16:3 アブラムの妻サライは、アブラムがカナンの土地に住んでから十年後に、彼女の女奴隷のエジプト人ハガルを連れて来て、夫アブラムに妻として与えた。
16:4 彼はハガルのところにはいった。そして彼女はみごもった。彼女は自分がみごもったのを知って、自分の女主人を見下げるようになった。
16:5 そこでサライはアブラムに言った。「私に対するこの横柄さは、あなたのせいです。私自身が私の女奴隷をあなたのふところに与えたのですが、彼女は自分がみごもっているのを見て、私を見下げるようになりました。主が、私とあなたの間をおさばきになりますように。」
16:6 アブラムはサライに言った。「ご覧。あなたの女奴隷は、あなたの手の中にある。彼女をあなたの好きなようにしなさい。」それで、サライが彼女をいじめたので、彼女はサライのもとから逃げ去った。
16:7 主の使いは、荒野の泉のほとり、シュルへの道にある泉のほとりで、彼女を見つけ、
16:8 「サライの女奴隷ハガル。あなたはどこから来て、どこへ行くのか。」と尋ねた。彼女は答えた。「私の女主人サライのところから逃げているところです。」
16:9 そこで、主の使いは彼女に言った。「あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい。」
16:10 また、主の使いは彼女に言った。「あなたの子孫は、わたしが大いにふやすので、数えきれないほどになる。」
16:11 さらに、主の使いは彼女に言った。「見よ。あなたはみごもっている。男の子を産もうとしている。その子をイシュマエルと名づけなさい。主があなたの苦しみを聞き入れられたから。
16:12 彼は野生のろばのような人となり、その手は、すべての人に逆らい、すべての人の手も、彼に逆らう。彼はすべての兄弟に敵対して住もう。」
(中略)
21:9 そのとき、サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムに産んだ子(イシュマエル)が、自分の子イサクをからかっているのを見た。
21:10 それでアブラハムに言った。「このはしためを、その子といっしょに追い出してください。このはしための子は、私の子イサクといっしょに跡取りになるべきではありません。」
21:11 このことは、自分の子に関することなので、アブラハムは、非常に悩んだ。
21:12 すると、神はアブラハムに仰せられた。「その少年(イシュマエル)と、あなたのはしため(ハガルのことで、悩んではならない。サラがあなたに言うことはみな、言うとおりに聞き入れなさい。イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるからだ。
21:13 しかしはしための子も、わたしは一つの国民としよう。彼もあなたの子だから。」
21:14 翌朝早く、アブラハムは、パンと水の皮袋を取ってハガルに与え、それを彼女の肩に載せ、その子(イシュマエル)とともに彼女を送り出した。それで彼女はベエル・シェバの荒野をさまよい歩いた。
21:15 皮袋の水が尽きたとき、彼女はその子を一本の潅木の下に投げ出し、
21:16 自分は、矢の届くほど離れた向こうに行ってすわった。それは彼女が「私は子どもの死ぬのを見たくない。」と思ったからである。それで、離れてすわったのである。そうして彼女は声をあげて泣いた。
21:17 神は少年(イシュマエル)の声を聞かれ、神の使いは天からハガルを呼んで、言った。「ハガルよ。どうしたのか。恐れてはいけない。神があそこにいる少年の声を聞かれたからだ。
21:18 行ってあの少年を起こし、彼を力づけなさい。わたしはあの子を大いなる国民とするからだ。」
21:19 神がハガルの目を開かれたので、彼女は井戸を見つけた。それで行って皮袋に水を満たし、少年に飲ませた。
21:20 神が少年とともにおられたので、彼は成長し、荒野に住んで、弓を射る者となった。
21:21 こうして彼はパランの荒野に住みついた。彼の母はエジプトの国から彼のために妻を迎えた。
(聖書引用終わり)
私は、聖書で創世記のこの部分を読んだとき、イスラム教の聖典コーラン(クルアーン)ではどう書いてあるのか、さらにこれに関連して記述されていることすら知らないでいたのでした。
だから私の信仰がどうのこうのということにはならないでしょうが、キリスト教を選んだ後に、あるいは先に、世界の三大宗教について知ることは、信仰を確固たるものにするための大きな助けになるのではないでしょうか。
仏教について学び、コーランを読み、さらに日本人の諸霊信仰について知れば知るほど、聖書の全てに確信が与えられた私でした。
(大川著書引用開始)
当然ムハンマドはイシュマエルの流れに、モーセやイエスはイサクの流れに属することになる。
クルアーンでは、ムハンマドは「アブラハムーイシュマエル」という直系の流れの到達点にある最後の預言者であり、聖書に記述されているモーセやイエスは、「アブラハムーイサク」という傍流にある預言者ということになる。
(クルアーンで言う)この「傍流」には、ダビデやソロモンも属し、(聖書に登場する)アブラハム以降の預言者たちは傍らの存在として認識されている。
このような認識が生じたのは、クルアーンでは、ムハンマドがアブラハムの教えを継承する者として定義づけされたことによる。
さらにアブラハムとイシュマエルについて、クルアーンの描写を見ていこう。
彼らはメッカに滞在し、カアバ聖殿を建立した(2章125-127節)。
(クルアーン引用)
125 また、われらが聖殿を人々のための集会所とし、安全地域としたときのこと。「アブラハムが足をとどめたところを祈りの場所とせよ」。われらはアブラハムおよびイシマエルと契約し、巡回者や参籠(さんろう)者やひれ伏して拝みに来る人々のために彼らがこの聖殿を浄めるよう命じた。
126 また、アブラハムがこう言ったときのこと、「わが主よ、ここを安穏の町となしたまえ。この住民の中で神と終末の日とを信ずる人々に木の実を糧として授けたまえ」。神は言いたもうつかた、「しかし信仰なき者には束の間の楽しみを与え、それから業火の懲罰へと追いたててやろう。行き着く先のなんと恐ろしいことよ」
127 また、アブラハムとイシマエルとが聖殿の基礎をすえたときのこと。「われわれの主よ、どうかお納めください。まことにあなたはあまねく聞き、よく知りたもうお方である。
(クルアーン引用終わり)
これは二人をイスラームの枠内に位置づけるのに有効なエピソードである。人々はメッカ巡礼時に、アブラハムの足跡やイシュマエルとハガルが埋葬された場所にある囲いといった「史跡」を目にすることになる。恐らくここでムスリムたちは、イスラームがアブラハムの宗教であることを体感するのではないだろうか。
(大川著書終わり)
このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます
- シオンとの架け橋・イスラエルニュース
- イスラエルの政治・宗教・社会・和平などに関して、日本国内では報じられない現地ニュースを中心に週2回配信します。3日分のニュースが5分で読めます。
- 宮崎正弘の国際ニュース・早読み
- 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析
- 今日もイエス様と共に
- 私たちはなんのために生きているのでしょうか?どうしたらもっと生きがいのある人生を送れるのでしょうか?それは聖書のイエス様と共に生きること。みんなで本...
- 【いざ、日本再生へ!】 日本再生ニュース
- 「わが国のあり方はこれでいいのか」「日本は国家としてのバックボーンが失われつつあるのではないか」との問題意識のもと、日本の伝統的な価値の「再建」を広...
- 暦のツボ
- 「○○の日」って、誰がどうやって決めたの?「旬の魚」って、どんな魚なの?生活や食、歴史の視点から、暦や記念日に関する疑問を一歩踏み込んでズバッと解決...
![メルマガスタンド[メルマ!]](/img/common/melma_logo.gif)








