イスラム教(9)
発行日時: 2006/12/15聖書が教える天国、すなわち神の国とは、聖書事典によれば、次のようです。
神の国の実現は,病苦,肉体的障害,貧困からの救いをも意味していた(マタイ11:5,6).また,霊的には罪の結果である神との交わりの断絶の中から救い出されて,神との交わりを再び回復することができることを意味した(マタイ5:8).
それは神の国で交わりの食卓に着くことを意味し(ルカ13:29),喜びの時であり,イエスが再び弟子たちとともにぶどう酒を飲む祝宴である(マルコ14:25).
そこにはユダヤ人だけでなく異邦人も世界の各地から集められ,旧約の聖徒たちと食卓に着く(マタイ8:11,12,ルカ13:29).イエスは当時のユダヤ人からは罪人同様に忌み嫌われていた取税人とも食事をすることによって,彼らにも神の国の福音を伝え,失われた者が救われるように機会を与えられた(ルカ19:9,10).
ルカ15:11‐32においては,失われた息子が父親のもとに返って来た時,父は祝宴を開いて息子を歓迎したたとえが記されている.これに対し,神の国の福音を受け入れなかった者の道は滅びであり(マタイ7:13),そのような人は自分のいのちを失う者である(マルコ8:35,36).
イエスはまた,神の国に入る道をも示された.神の国に入るのは「心の貧しい者」(マタイ5:3)であり,パリサイ人や律法学者に勝る義を持つ者でなければならない(マタイ5:20).
しかし,それは困難な道ではなく,罪を悔い改めて神に全く信頼するなら(マルコ1:15),子供でさえも神の国に入ることができる(マルコ10:14,15).そのために,人は新しく生れることが必要である(ヨハネ3:3).それは*聖霊の働きによって人間にもたらされた(ヨハネ3:5).
このような聖書の天国のイメージを持って、コーランの天国すなわち楽園について読んでみましょう。
コーラン4章
57しかし、信仰にはいって諸善を行なう人々なら、われらは下を河川が流れる楽園に入れてやる。
彼らは、そこに永遠にとどまるであろう。そこには清純な妻が何人もいる。また、すずやかな木陰にはいらせよう。。また、すずやかな木陰にはいらせよう。
ここで驚くのは、「清純な妻が何人もいる」というきわめてこの世的な描写です。妻が何人いてもイスラム教では問題ありませんが、この世の妻は清純でなくても天国へ行けば代わりの清純な妻がいるのでしょうか。
(続く)
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