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つまづき(12)

発行日時: 2006/11/15

教会で私たちが繰り返し教えられることは、パウロの言葉です。

ローマ11:6 (私たちが救われたのは)もし恵みによるのであれば、もはや行ないによるのではありません。もしそうでなかったら、恵みが恵みでなくなります。

3:27 それでは、どういう原理によってでしょうか。行ないの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです。

 3:28 人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。

さらに、「私たちが救われるのは、行いによらず信仰によるある」を易しく教えようとするあるトラクトでは、こう書かれています。

(トラクトから)
なぜ多くの人たちが、クリスチャン生活は窮屈だというイメージを持っているのでしょうか。

それは、いつの時代にも、戒律的な教えを好む人たちがいて、聖書の教えにいろいな規則をあれこれと付け加えるからです。けれども聖書が本当に教えているのは、規則や戒律を守る生活ではなく、それとは逆の、自由で肯定的な、生き生きとした生活なのです。
(引用終わり)

つまり私たちは神の恵みの中にあるのだから、こうしてはいけない、そうすべきですなどと行いを縛るようなことは、神のみ心ではないというのです。

そのことに間違いはないのですが、それが極端になると、「私はイエス様を信じている。大切なのは、信じることだ。日曜日に教会へ行くだけがクリスチャンのすることではない。」といった詭弁に至ります。

「救いは取り消されることはあるのか」の議論もありますが、これは別に書き込みます。

いずれにせよ、「信仰」はキリスト者にとっては鍵となる教えです。

罪人は信仰によって救われる(エペソ2:89)。信仰によってキリスト者は歩まなければならない(2コリント5:7)。信仰がなくては神に喜ばれることはできない(ヘブル11:6)。信仰から出ていないことは、みな罪である(ローマ14:23)などと聖書にあるようにです。

ここで信仰と恵みについて触れておきます。聖書辞典にはこう書かれています。

(引用開始)
 パウロは「恵み」の聖書的概念の完成者であると言えよう。彼によると,恵みは全く価なしの神の賜物である(ロマ5:15,エペソ3:7)。

恵みは、信仰によってのみ神からいただくことができる。神は、イエスを救い主として信じる者にあふれるばかりにこの恵みを注がれるのであって、善行の報酬としていただくものではない。神からの一方的な賜物として与えられるのである(ロマ3:24)。

恵みをいただく手段は信仰である。しかし実は信仰そのものも神の賜物である(エペソ2:8)。
(引用終わり)

  賜物としての恵みが神から罪人に与えられるのは、人間の側に何かそれをいただくに値する値打ちがあるからではない。
そして信仰と恵みを強調するとき、それらは行いによるのではないと強調されるのです。

しかしヤコブはこう主張します。

ヤコブ 2:15 もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、

 2:16 あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい。」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。

 2:17 それと同じように、信仰も、もし行ないがなかったなら、それだけでは、死んだものです。

 2:18 さらに、こう言う人もあるでしょう。

「あなたは信仰を持っているが、私は行ないを持っています。行ないのないあなたの信仰を、私に見せてください。私は、行ないによって、私の信仰をあなたに見せてあげます。」

 2:19 あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています。

 2:20 ああ愚かな人よ。あなたは行ないのない信仰がむなしいことを知りたいと思いますか。

 2:21 私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇にささげたとき、行ないによって義と認められたではありませんか。

 2:22 あなたの見ているとおり、彼の信仰は彼の行ないとともに働いたのであり、信仰は行ないによって全うされ、

 2:23 そして、「アブラハムは神を信じ、その信仰が彼の義とみなされた。」という聖書のことばが実現し、彼は神の友と呼ばれたのです。

 2:24 人は行ないによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう。

 2:25 同様に、遊女ラハブも、使者たちを招き入れ、別の道から送り出したため、その行ないによって義と認められたではありませんか。

 2:26 たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行ないのない信仰は、死んでいるのです。

皆様を混乱させるかもしれません。あるいはそんなこと分かっているとおっしゃるかもしれません。しかしこの問題はここでもう一度考えてみる必要があります。

信仰に行いは不要とまで教えるパウロも、実はこういっているからです。

ローマ6:15 それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。

 
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